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第19話 増えた跡は死んだ証拠



「この目覚め方、デジャブすぎる」



 目覚め良く起きたのと同時に、自然とひとり言が口から出て行った。

 視界一面に豪華な天井が入ってくる。



(このお城ってお花が好きなんだな)



 ふかふかの寝具に包まれ、梓はそう思った。

 天井のレリーフは何度見ても素晴らしい出来だ。草花をモチーフに色んな形が施されている。そのレリーフの隙間には金色でこれまた小花が絵付けされていて。


 ステンドグラス風の窓も多彩な色遣いでかとどるのは植物だった。

 梓は記憶の中で蘇る、耳飾りを思い出した。

 王子の、キラの耳飾り。あれも花の耳飾りだった。



「よいしょっと」



 上体を起こして、深呼吸をする。肺に入ってきた空気が胸と腹を膨らませる。

 痛くない。きしむこともない。

 次に首を回し、肩を回し、とストレッチをする。そうすると滞っていた血が流れて、動かした部位がほんのりと温かくなった。



「頭痛はない、か」



 前回と類似した起き方だが、全てが似ているわけではなかった。

 頭痛や倦怠感はなく、むしろ清々しく感じる目覚めだ。もちろん理由など、梓にはわからない。


 梓はベッドの上に座ったまま、窓へと首を動かす。今日も窓から入ってきた日差しが部屋をカラフルにいろどる。

 詳細な時間の経過はわからないが、夜ではなく昼間だというのはわかった。

 きっと今回も部屋に誰かが運んでくれたのだろう。



「水でも飲もう」



 ベッド脇に置かれていたデカンタからグラスに水を注いで飲む。

 生ぬるい水が喉を通っていく。その際にあまり喉が潤った感じがしないので、体感では寝ていた時間は大した長さではないだろうと予測する。 

 ユーリにここが異世界だと説明を受けた時の方がもっと喉がカラカラだった。


 グラスの中にレモンに似た果実の種が浮かぶ。確認のためにデカンタに視線を向ければ、本体には桃っぽい、でも色が真っ黄色のフルーツが入っていた。



「やば。普通に飲んじゃった」



 慌てて喉元をさする。とりあえず異常はない。

 次に胃のあたりに手を添える。そちらも変化はなかった。



(リシアさんが置いていってくれたのかと思って、深く考えなかった。──て、あれ?)



 最初に梓に水を勧めてくれたのがリシアだったから。

 彼女に対してはそこまで警戒心を抱いていないのもあり、リシアが用意した物なら怪しい飲み物ではないだろう、と早合点して口にしてしまった。


 結果として普通の水で、フルーツによって微かに酸味が混ざっていて不味くもなかったが、ここは異世界。梓の常識も価値観も通用しない場所なのだ。


 自分の浅はかさを後悔しつつ、今後も体調が悪くならないことを祈る。

 と、脳内で考えて、一つのことが頭に浮かんだ。



(記憶がなくなってない)



 そう。記憶が消えていないのだ。ここに来てから出会ったリシアのことも、ユーリのことも覚えている。

 異世界だということも、今は帰る術を持っていない、ということも。


 起きて早々、キラの耳飾りを覚えていたのも記憶が抜け落ちていないためだ。

 梓は塔の中での出来事も今回ははっきりと思い出すことが出来た。



(じゃあ、最後のあの金髪の人はやっぱりキラ王子なのか)



 金色の髪に碧い瞳の男は、本当に王子然とした姿形をしていた。

 美術館に展示されている彫刻のように美しく、それでいてとても冷たい表情をした男。


 そんな男が梓が気を失ったあたりでは冷や汗を垂らして焦った顔をしていたのだから驚きだ。この変化は別人に見えるほど。



「優しい人なのか、優しくない人なのかわかんないや」



 梓の中でキラに対する見方がコロコロと変わる。どちらが本物で、どちらが偽物なのだろうか。それとも両方、本物なのか。

 唸りながら考えても答えは出ない。

 キラの人となりを判断するには、あまりにも接点がなさすぎた。


 梓は空になったグラスを元の位置に戻すと、起こしていた上半身から力を抜いた。

 ベッドに身体を預ければ、上質なシーツが梓を包み込む。



(でもなるほどね。“塔で会う前に会っている”から見覚えがあるってことか)



 だから彼の金色の髪や耳飾りを見た時に既視感があったのだ。

 キラとは塔で話をする前に会っている。つまり今回の出来事は二回目の出会いで起きたこと。


 だが、欠如していた記憶が元通りになったわけではない。クライツ王国に来たばかりのことは曖昧な部分が多く、断片的だ。

 バラバラになったパズルのごとくまだまだ完成には程遠い。

 梓は改めて天井を見た。



(この天井も死ぬ瞬間に見た。だから覚えてる。そう、私は死んだの。二回も……王子に触れて)



 シーツの上に放りだしていた手を首に持っていけば、ケロイド状の跡に触れる。

 稲妻型の跡は治っている気配がなく、しっかりと存在を主張していた。



「死んで、でも生き返った」



 塔で目覚めた時。身体に力を込めるのがとても難しかったのは、きっと身体が一度完全に死んだからだろう。


 脳の信号が分断されている、と例えたのはあながち間違っていなかったわけだ。

 耳筋から鎖骨にかけて何度も撫でる。足も膝を立ててみたり、かと思えば伸ばしてみたり。身体は思いのままに動き、余計にあの時の自分は死んでいたのだとわからせられる。


 梓は手を首から離す。そしてその手を目前に持っていく。

 右手には稲妻の形をした跡があった。その右手はキラの手に触れた手だ。



「これが聖女の力かぁ……」



 手の甲、手の平ともに跡が走っている。

 左手の人差し指で触れてみた。跡の分だけしっかりと皮膚が盛り上がっていて、痛みはやはりない。

 首もそうだが、青紫色はとても目立つ。部活で日焼けした肌だとしても。



「はは」



 ユーリの説明は本当だったのだ。

 乾いた笑いが出る。



(異世界、聖女、呪い、死、復活)



 熱くなった目頭を押さえた。

 涙が手の跡を沿って流れていく。塔であれだけ流した涙。もう出ないのかと思った涙。生きている身体だけに得られる現象。



「やっぱどれもこれも現実かぁ……」



 記憶を思い出したい。思い出せば日本に帰る手段が見つかるかも、と考えていたのに。むしろ思い出したことにより、自分の現状を理解してしまう。

 断片的な記憶は、梓は二回死んだと言ってくる。


 一度目はクライツ王国に来てすぐに。二度目は塔の最上階の部屋で。 


 そして、今こうして蘇って生きているのは、特別な力を持っているからなのだと。






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