目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第22話 結婚の意思


 梓の頭で、髪の毛で遊ぶ光。

 触られている感覚や引っ張られる感覚があるから、見えはしないが髪をトンネルにして潜ったり、逆立てて遊んでいるのだろう。


 それでも、リシアとユーリの様子が変わることはない。目線が梓の頭に行くこともない。光が見えないだけでなく、光が起こした事象も見えていないらしかった。



「リシア、リシア」

「なに、兄さん」



 出会ったばかりの時と同じ。落ち着きを払った状態で立つリシアに、ユーリが名前を呼びながら手招きした。

 彼女は梓に向けて丁寧に会釈をするとユーリに近寄る。 



「私たちの前にロイドさんがいたでしょぉ? そっちが先だからさぁ。ロイドさーん、お先に用件どうぞ~。あれなら外で待ってましょうかぁ?」

「もう仕事に戻るから気にしなくていい」



 リシアに話しながらユーリが指さす先はロイドだ。

 ロイドは不躾に指をさされ、あからさまに嫌そうな顔をする。指をさすのを止めろ、と言わんばかりにため息を吐いた。



(仕事に戻るって……結局、ロイドさんは何の用事で来たの?)



 このまま何もせずに帰られたら、ただ単に気まずい空気を室内にもたらしただけだ。けれども梓はロイドに疑問など投げかけない。

 変に問いかけをして口撃をもらうだなんて。いわゆる藪蛇は御免だ。


 ロイドは尚も指をさし続けるユーリに今度ははっきりと「やめろ」と言うと、後ろに控えていた女の子を一歩前に出させた。

 ドアの前でロイドと長く会話をしていた女の子だ。

 梓と同じく黒髪の、でも瞳の色は灰色の女の子。彼女の腕には花束が抱えられていた。



「こちら、使用人のマヤです。何かあれば彼女に言ってください」

「えぇー。聖女様のお助けは神官がしますよぉ」

「……」

「ロイドさーん。無視は困りますよぉー? ロイドさんってばぁ」

「マヤ、挨拶を」

「はイ。マヤと申しまス。何かあれば言ってくださイ」



 ロイドが挨拶を促すと、女の子がリシアとはまた違ったスタイルの挨拶をする。

 リシアがするのは、外套がいとうを片手で持って膝と腰を曲げる挨拶。


 彼女がするのは、膝を真っすぐに伸ばした状態で腰を起点に前へ四十五度ほど曲げるという、日本でもよく見られる挨拶だ。

 瞳の色は違えど、久しぶりに見た黒髪に親近感が湧く。



葦原あしはら あずさです。よろしくお願いします」



 梓もベッドの上で姿勢を正してお辞儀をする。本当は立ってお辞儀をするべきなんだろうが、そこまで頭が瞬時に回らなかった。


 マヤは「でハ」と言うと、もう一度お辞儀をして暖炉のそばへと真っすぐ歩いていく。

 暖炉の上には何も生けられていない花瓶が置いてあり、彼女はそれを手に取った。持ってきた花束をそこに飾るのだろう。


 花束を包んでいた包装紙やリボンを解いていく動きは少しだけぎこちない。もしかしたらあまり使用人歴が長くないのかもしれなかった。

 しばしの間マヤの行動を見ていれば、花の存在に気が付いた光が梓の頭から花束へと飛んで行く。

 彼女も光は見えていないようで、光が花で遊び始めても気にした様子は見せなかった。



「異民族の子ですかねぇ」



 ポツリ。ユーリが言う。

 たしかにマヤには少し訛りがある。イントネーションもどことなく違う。



(あれ。そういえば、なんで言葉が通じるんだろう)



 親近感が湧くと言っても、マヤの顔立ちは彫りが深く、肌の色も小麦色だ。

 テレビなどで観る外国人らしい風貌の彼らが、日本語を流暢りゅうちょうに喋っているとは想像しにくい。


 かといって、自分が外国語をスラスラと淀みなく喋っているはずもなく。



(これも聖女の力? なら、読む力も備えてくれればいいのに。……まぁ聖女の力なんてまだ半信半疑だけどさ)



 前にユーリに見せてもらった地図に記してあった文字は、梓には読むことが出来なかった。どこで文章が切れているのかもわからないし、見たことのない異文化の字なので発音の仕方すらわからない。


 なぜ話すことは出来て、読むことは出来ないのか。謎だ。



(そもそも聖女ってなんなんだろう)



 漫画やアニメの知識であれば、聖女とは癒しの力を持つ者。聖なる知識を持つ者。

 対立するのは基本的に闇の王で、怪我を負った人たちを癒しつつ旅に出て、いずれ魔王を倒すってのが定石だ。


 もしかしたらこの国にも魔王がいるのかもしれない。そして、いつか旅に出ろ、と言われるのかもしれない。



(いや、でもそれならユーリさんが言う言葉は“魔王から世界を救ってください”とかだよね?)



 ならばキラが実は魔王なんだろうか。

 金髪碧眼という王子然とした男が、実は悪の親玉だとか……。

 梓は自身の手を見る。

 キラにがついた手。

 癒しだなんだの聖なる力が漏れ出てる気配はない。出来た跡に片方を宛がってみても、綺麗さっぱりに消えるなんてことは起きなかった。



(わかっているのは、キラ王子の呪いに対抗できるってこと。死後の世界を歩けて、光が目に見える。他には、枯れた花を触れている間だけ元に戻せる。あと……あの不思議な道具も)



 脳裏に蘇るのは、ランプ、電話、懐炉と不思議な道具たちのこと。

 特にランプのことを梓は思い出していた。塔の部屋で最後、ランプが荒ぶるように明かりを明滅させ、果てには割れた。

 動かしたのが聖女の力なのだとしたら、割れたのも聖女の力なのかもしれない。



(私の感情に共鳴していた気がする)



 癒しの力がないように、手から道具を動かすパワーなるものが出ている気配はなかった。

 かといってあの現象を偶然と片付けるのは早計で短慮だ。

 直感的なものだが、あのランプは梓の感情とリンクしていたと思う。窓に吹き付ける風も。



「では私はこれで」 



 考えに耽っていれば、ロイドの声がした。遠くへ行っていた意識が戻ってくる。

 梓は声がした方へ顔を動かす。


 いつの間にかロイドはドア近くに戻っていた。身体の半分がすでにドアの向こうに出ており、彼の半身しか見えない。



「あ、そうそう」



 あと一歩で完全に見えなくなる。

 その間際でロイドが歩みを止めた。

 そして、



「キラ様が貴方との結婚を承諾しましたよ。良かったですね」



 と、明らかな重大事項をサラリと言うと、梓たちの反応も見ることなく退出しきってしまった。

 いつの間にかドアマン役をしていたマヤが静かにドアを閉める。


 室内が静かになったことで、ドアを閉める音が大きく聞こえた。もちろん、静かになったのはロイドの発言ゆえだ。

 梓、リシア、ユーリ。三者三様の顔でみな、固まっていた。



「ええええええええ?! ほんとっ?!?!」



 石化をいち早く解いたのはリシアだった。

 部屋にこだまするほどの驚嘆の声。その声は黄色い、歓喜めいた声だ。


 リシアが高揚した状態で「そんな、そんな!」と言う。

 ちなみに上記の喜びの声をあげたのも、周りが耳を塞ぐほどの大きな声を出したのもリシアだった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?