放課後――。
今日もまた、山北西部高校の帰宅部部室には、奇妙な帳簿(活動記録ノート)が置かれている。
その隣で、俺・秋山翔太はノートにペンをトントンと置いた。
「さて…今日は部長の正体を暴くってことだけど、まず何すりゃいいんだ?」
俺は窓から差し込む夕日の光にまぶしさを感じながら、無造作に投げやりに呟く。
しかし、その横で副部長・風間ルイの目がひらりと輝いた。
「翔太くん、いい問いだね! まずは“部長からの手紙”を徹底解析するのさ!」
ルイは例の封筒を取り出し、得意げにスライドリモコンを操作する。部室の壁に映し出されるのは、これまで届いた部長メッセージの“抜粋”だった。
「君たちのアクシデント、実に面白い。さらなる創意工夫を期待している」
「制服とは心の自由を着こなすもの。君のブレザー、意外と似合っていたぞ」
「スライドにハートが足りない。次回はもっと愛を」
「帰宅部とは、自由への扉。扉はすぐそばにあるはずだ」
「この“扉”って何なんだ? まさか部室の裏に隠し扉が…?」
と俺が言うと、山田ゴンザレスがドヤ顔で言い放った。
「それなら俺が先に蹴破ってやるでござる!」
ゴンザレスは体育会系メガネ男子のくせに、いまだに「でござる口調」を貫いている。今朝、忍者装束で「生還した」と豪語していたあの彼だ。
「蹴破るって、壁に穴開くぞ?」
ゴンザレスは無言で壁を指さす。確かに、部室背面の壁は古びたベニヤ板が張られているだけだ。
「よし、運動部の筋力で一気に!」
ギュッと拳を握ったゴンザレスは、勢いよくベニヤ板に飛びかかろうとしたが、その瞬間――
「ダメだめだめ!」
猫山みけが慌ててゴンザレスを止めた。猫耳カチューシャ(ただの飾り)が揺れる。
「壁は壊しちゃダメにゃ! 部長が怒ったら帰宅部解散にゃ!」
「お、お前、本気で部長を恐れてるのか!?」
俺はあきれたが、みけの言い分も一理ある。だって去年、ゴミ置き場に貼られた「部長からの通告」には、確実に「帰宅部廃部」の文字があったらしい。
「じゃあどうすりゃいいんだよ…」
俺がため息をつくと、風間ルイが得意げに言った。
「秘密調査なら、まず“現場に足を運ぶ”ことが肝要だよ!」
ルイはそう言うなり、カバンから双眼鏡と手帳を取り出した。さすが観察眼を売りにしているだけあって、道具からして凝っている。
「現場って、どこに行くんだ?」
「部長が最後に“扉はすぐそばだ”って言ってたろ? つまり“通用口”とか…校舎裏とか…屋上とか…」
ルイは校舎の間取り図をノートに描き始めた。俺はその紙にのった校舎全体をまじまじと見る。確かに、校舎裏には古い倉庫があって、普段は鍵がかかっているはずだ。
「よし、倉庫を調べよう!」
山田ゴンザレスが真顔でうなずく。
「ちょうど体育館からの帰り道だから、迂回して行ってみるでござる!」
「ゴンザレス、その道、暗いから危ないぞ…」
俺は慌てて忠告しつつも、内心ではちょっと楽しくなっていた。帰宅部の調査に、自分も参加している実感がわいてきたからだ。
夕闇に包まれつつある校舎の裏手。
三人(俺、ルイ、ゴンザレス)と、一匹(猫山みけ)はひそひそ声で近づいた。
「…本当にここに隠し扉なんてあるのか?」
俺はぶつくさ言いながら周囲を見渡す。倉庫の壁は、埃をかぶった金属扉がぽつんとあるだけ。特に不自然な点は見当たらない。
「ふむ…ここは“古びた扉の前”ってことにしてみようか」
ルイは真剣そうな顔で金属扉を指さし、メモ帳に“要調査箇所①”と書き込んだ。
「それ、ただの荷物倉庫の扉だろ…」
ゴンザレスが首をかしげながらも、懐から小さな懐中電灯を取り出し、扉の隙間を覗き込む。
「やはり、ただの倉庫でござる。中には昨年の体育祭用のハチマキが詰まっているでござる」
「…ハチマキが来年にも役立つとは思えないんだけどな」
俺は吐き捨てるように言った。
そのとき――
「ギイッ」
物音とともに、扉が半開きになる。俺たちはいっせいに後退した。
「誰かいるのか!?」
ゴンザレスが飛びかかるように扉の奥を照らす。その光に照らされたのは、暗がりの倉庫内部と、そこに置かれたダンボール箱の山々。深い埃の匂いが鼻をつく。
「…どうやら異常はないでござる」
ゴンザレスは怪訝そうに首をかしげた。
「でも、扉が勝手に開いてるなんて…部長の仕業? それとも風か?」
俺が不安げに言うと、猫山みけがぴょこりと前に出た。
「もしかして、ここは“幽霊部長”のお気に入りの隠れ家にゃ…?」
みけはミステリアスな声色で言いながら、ダンボール箱をいくつかかきわけていく。すると、ひときわ大きな段ボール箱の上に、小さな封筒が置かれているのが目に入った。
「これは…部長からの新しいメッセージか?」
ルイが封筒を掴む。差出人欄には見覚えのない“黒いインク”で、かすれた文字が書かれていた――
『お疲れさま。
部長の正体を暴こうなんて生意気だが、君たちの探求心を鼓舞するためにヒントを与えよう。
そのヒントは“体育館の天井裏”にある。勇気ある者のみ、挑め。
P.S. 翔太くん、蛍光色のリボンを忘れるな』
「体育館の天井裏!?」
ゴンザレスは目を輝かせた。
「よっしゃ! 俺の忍術で一気に侵入するでござる!」
「待て、蛍光色のリボンって何だよ?」
俺は宙を指さしながら叫ぶ。
「蛍光色って、何色でもいいのかな?」猫山みけは首をかしげつつ、猫耳をカチカチならす。
「問題は“天井裏”への入り口だよな…体育館の天井裏って、どうやって入るんだ?」
ルイは再びノートを取り出し、体育館の内部図を描き始める。
夜間の体育館は、屋外よりもひんやり冷たい空気が漂う。
俺たちは暗闇の中、体育館の裏口から忍び込んだ。照明は切られていて、床に映る先行ランプの光だけが頼りだ。
「まるで廃墟みたいだな…」
俺は小声でつぶやく。
ルイは懐中電灯で天井を見上げる。
「ここだ…あの換気扇の隙間から天井裏に潜り込めそうだ」
ゴンザレスは脚立を探し、寸法を測って設置。
「でござる、俺がまず登るでござる!」
「無茶すんなって…」
俺は急いでゴンザレスの脚立を支えた。みけは手元で「にゃふーん」とつぶやきながら、蛍光色のリボンを首に巻いた。
「部長、あんたが仕掛けたこの謎、ぜってぇ解いてやるにゃ」
ゴンザレスが天井裏の小さな穴に頭を突っ込む。
「おお…見えた…天井裏の小部屋みたいな空間が…!」
ゴンザレスは器用に忍び込み、上半身だけ見えている。
「でござる!」
と叫んだその口元には、半年ほど前に廃棄されたと思われる教科書が積み重なっていた。
「まさか、部長はこの教科書の中に隠れているのか?」
俺は慌てて脚立を登ろうとしたが、みけに引き止められた。
「危ないにゃ。順番にいくにゃ」
みけはリボンが光る首を軽く左右に振った。
「そうか…じゃあ次は俺か?」
俺はゆっくりと脚立を手にし、懐中電灯で足元を照らしながら登り始めた。天井板をそっと開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた――
天井裏の空間は想像以上に広く、埃まみれの古い体育祭用の横断幕や、教科書、部活動のスローガンが描かれたボードなどが散乱している。
壁には小さな机と椅子があり、まるで“秘密のアジト”のようだ。中央には、無数の蛍光ペンで塗りつぶされた“部長の手帳”が置かれている。
「これが…部長の手帳?」
俺はそっと手に取り、ページをめくる。そこには、これまでの部長メッセージの原譜と、部活活動のさまざまな“謎指令ログ”が記されていた。
「お前…これ、自作自演の可能性があるぞ?」
ゴンザレスが俺の背中をバン! と叩いて言う。
「違う! この手帳には“黒川瑠璃”の名前も出てる!でも役者なんじゃ…」
俺はページの端に小さく書かれた文字に気づいた。たしかに「RURl304」のような暗号めいた暗号文の横に、“黒川”という宛名も見える。
「黒川だけは本物。新入生見といてって言った。」
みけが言った。
「まさか…部長の正体は黒川だったのか?」
俺は胸が高鳴るのを感じた。
ゴンザレスが手帳を持って天井裏から下りると、すでに廊下には体育館棟巡回中の先生の足音が近づいてきていた。
「急げ! 隠れよう、隠れよう!」
俺たちは慌てて脚立を片付け、床に伏せた。そこへ――
「カツン、カツン、カツン…」
黒川瑠璃が現れた。彼は秋のダウンジャケットに身を包み、手に小さな紙袋を持っている。
「おや? こんな遅い時間に、誰かいるね」
黒川は言いながら、俺たちと目が合った。
「黒川先輩!? お、お前が部長の正体なのか!?」
俺は思わず叫び出しそうになったが、すぐに声をひそめた。
黒川は困惑した顔で首をかしげる。
「部長の正体? えっ…私はただ、夜の体育館で“癒し用の植物”を研究していたんだけど…」
「癒し用の植物?」
「そう。暗闇でも育つ観葉植物を育成して、疲れた人にプレゼントしようと思って。だから夜な夜な来てたんだ」
俺たちはお互いに目を見合わせ、不思議そうに頷く。
「じゃあ、この手帳は?」
俺は手帳を差し出す。黒川は驚いたように目を見開き、ページをパラパラとめくる。
「これ…私の…字がある…?」
黒川は顎に手を当て、遠くを見つめるように呟いた。
「それでも先輩の字…なのか?」
「ううん、これは…誰かの真似をしたものかも。実は私、去年ヒマすぎて“部長ごっこ”をしたことがあって…でも途中でやめたはずだから、そこまで続けた覚えはないんだけど…」
「“部長ごっこ”…?」
俺は言葉を飲み込む。鳥肌が立つほどの偶然だ。
俺たちは黒川を囲み、部長の“正体”について話し込んだ。
誰が真正の“幽霊部長”なのか、まだ完全には分からない。だが、確かに黒川の関与が濃厚に思えた――しかし、それで全部解決というわけでもない。
「つまり、黒川先輩は途中で“部長ごっこ”をやめたけど、誰かが続きをやってるってこと?」
俺は眉をひそめる。
「うーん…本当は、もう一人、協力者がいるかも」
黒川は首をかしげながら言った。
「協力者?」
「うん。私の字を真似した人がいたとしたら、その人が“本物の幽霊部長”かもしれない」
「そいつを突き止めようぜ!」
ゴンザレスが腰を浮かせて言う。
「次は…誰の字を比べてみる?」
ルイはまたノートを取り出した。
「さあ、帰宅部の逆襲は続くってわけか…!」
俺は肩を組むみけとルイを見ながら笑った。
こうして、帰宅部は再び謎の核心へと一歩近づいた――。
部長の正体を完全に暴く日は、そう遠くないかもしれない。