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第8話 「開かずの紅封筒と、崩れゆく日常のフォーマット」

「……で。開けるの? それ」


帰宅部一行は、部長宅の前の歩道に正座していた。


一同が囲むのは、例の“紅い封筒”。


つややかな和紙の手触り、墨で縁取られた封蝋の印。やたら厳かだ。何が入ってんだ。辞令か? 異動か?


「……なんかコレ、俺が開ける空気になってない? やめない? こういうのって絶対フラグなんだって」


「翔太が持ってるんだから翔太が開けるに決まってるでしょ! 何言ってんのよ、勇者が宝箱を開けるのは常識だよ常識!」


まぴは腰に手を当て、勇者のように仁王立ち。


「いやそれ、だいたいミミックだろ中身。食われて終わるパターンだろ……俺まだ大学行きたいし、結婚もしてないし、冷凍餃子が冷凍庫に残ってるんだよ、死ねねえんだよ……!」


「だ〜いじょぶだって! 死ぬとしてもたぶん即死だから痛くないし!」


「慰めになってねえよォォォォ!!」


「ゴン……。(拙者にお任せを。爆発物であればすぐさま空き地に投擲し、なおかつ爆心地を撮影してTikTokに投稿いたしますゆえ……)」


「バズらせようとすんな」


「っていうかおかしくない?」と、ふと黒川が冷静な声で言った。


彼女はスカートの裾をぱたぱたしながら紅封筒を見つめている。


「“これ渡して”って言われて渡されたってことは……部長、この家にいたのか?」


「え、そこから!?」


「いやいやいやいや、だってさっきの人、明らかに“ああんもう、彰人ったら〜”みたいなノリで話してたじゃん!いたでしょ、部長!」


「それだよ。俺も思った。あの人の言い方、“あたかも彰人がすぐそばにいる”感あった」


「……でも、声は聞こえなかったよね?」


沈黙。


風が一瞬、ぴゅうと吹いた。どこか物悲しいような、そしてなんか知らんけどしょっぱい感じの。


「いや、シリアスな感じにすんなよ!!」

「ごめん! 無意識だった!!」


「ていうか、お前ら彰人って呼んでたけど……部長って、あきとって名前なの?」


「今初めて知ったわ」


「……謎、深まってるね」


深まらんでいいのよ。


「うう……こわいこわいこわい、なんかこわいよこの封筒! 早く開けて成仏させてあげて! 私の心の平穏がっ!!」


「ゴン……(翔太殿、もはや観念するしかないでござる……)」


「ゴンザレスてめぇ、人ごとだと思って……!」


だが、結局――開けるのは、俺だった。


封筒の口は、見た目に反してふわりと開いた。封蝋はただの飾りだったらしい。


中から出てきたのは、折り目一つない、真っ白な便箋。


そして、癖のある独特の丸文字。


「To 帰宅部の皆様。」

「……うん、間違いない、部長だコレ」


読み始める。なんとなく、全員が息を止めて。


『部室へようこそ。次の帰宅部活動は、明日の16:00です。

テーマは「ピンポンダッシュ」。


みんな一人ずつ、プレゼンを用意してきてね!

ジャンル不問。クオリティも不問。

でも“情熱”だけは、不問じゃありません。


P.S. ゴンザレスはぬか漬けの発酵レポート。異論は認めません。』


「……」


「……」


「な、なんか、思ってたよりどうでもいい内容だった……!」


「いやでも、全然こわくなかった! めっちゃ部長だった! すごい! なにこの、全力でどうでもいい企画!」


「さすが我らがカリスマ……!!」


「ゴン……。(拙者、ぬか漬け……光栄至極……!!)」


ぬか漬けでそこまで感動するやつ初めて見たよ。


「ていうか、ピンポンダッシュってまじかよ。小学生じゃあるまいし。」


「ゴン……。(拙者は味噌の発酵度と温度の相関についても併せてご報告する所存……)」


「ガチすぎるだろ!!」


「ていうか、ちょっと待って! 明日16:00って、普通に学校あるじゃん!? 放課後直後だよ!? 準備間に合わなくない!?」


「むしろそこが燃えるんじゃん。制限時間ギリギリで作る発表こそ、青春っしょ!!」


「それ青春の無駄遣いって言うのよ!?」


「青春とは無駄にするものなのです!!」


おまえらな……。

でも――。


「……いいな、こういうの」


思わず呟いてしまった。


日々、だらけた部活だと思っていたけど。

なんの役にも立たないことに全力で取り組むのって、案外楽しいかもしれない。


どうでもいいことに、本気で向き合う。

それが、俺たち帰宅部なのかもしれない。


「翔太がいいこと言ってるけど、そろそろ電車乗らないと帰れなくない?」


「うわほんとだ! やっば!! おかーさんに怒られる〜!!」


「ゴン……!(拙者も門限あるでござるぅ!!)」


「さあさあダッシュダッシュ!!!」

「地元民じゃないと乗り換え難易度ハードモードだからね!!」


「駅、あっちーー!!」

「って逆だよ逆!!」


「まじ!! 地図読めぇぇぇぇぇ!!!」


夜の目黒に、叫び声がこだました。


それは、紅い封筒から始まった、どうでもよくて最高に愛おしい日常の始まりだった――。



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