無理に笑みを作り、あえて理解していないふりを装う。
「陛下……そんなご冗談を……? 私には、お言葉の意味がよく分かりかねます。
あの子が何度も私を……私を苦しめてきたとしても、私はずっと耐えてまいりました。
もし、私の血で妹が助かるというのなら、喜んで差し出します。ただ……」
彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。
「ただ、陛下のご身に何かあってはなりません。どうか……それだけは、ご理解いただけますでしょうか」
「あの頃、四皇子のもとに嫁がされたのは、私の本意ではなかったのです。ここ数年、私を恨んでいらっしゃるのは仕方ないとして……でも、今、私が願うのは、ただ陛下をお守りしたいということ。それだけなのです。それなのに……それほどまでに、私をお恨みなのですね?妹があんな形で亡くなり、父も北の寒地へ左遷されてしまった……それでも、まだ足りないとおっしゃるのですか?私が命をもって償わなければ、許していただけないのですか?」
「それなら、私が死んでお詫びいたします!胸を刺すような罪悪感を抱えて生き続けるくらいなら……死んだほうがましです!」
そう言い終えると、陸青儀は涙を湛えた目を閉じ、決意したふりをして、傍らの柱へと身を投げた。
額が柱に激突する寸前——
誰かの手が、その間に差し込まれた。
「あっ……」
目を開けると、そこにいたのは
にっこりと笑みを浮かべながら手を引いたのは、
「四王妃よ。お噂は聞いております。
道士は意味ありげに首を傾げた。
「実のところ、魂を呼び戻す術において、肉親の血を使うのは有効な手段のひとつ。
効果もそれなりに高うございます。ご自ら進んで差し出してくださるのであれば、これほど適した供物はございません」
そう言いながら、道士は背後に控えた弟子に目配せした。
弟子は即座に頷き、一振りの銀針を取り出して、陸青儀の指先へと向かおうとする。
「まさか……本気で……!?」
陸青儀は反射的に手を引き、目を見開いて道士を睨みつけた。
「何をするつもり?! 私が何者か、分かっているのかっ!?」
その言葉が口を突いて出た瞬間——
陸青儀はハッと我に返る。
しまった……取り乱しすぎた……
「……っ」
彼女は一拍、間を置き、わざとらしく涙声で付け加えた。
「……ご、ごめんなさい……わたくし、痛いのがいちばん苦手でして……でも、自分でやりますから……」
軒轅翊は静かに目を閉じた。
心の底にわだかまる失望を、ただ静かに封じ込めながら。
口では無実を唱えている。
だが――
本当に、あの日のことを何も知らなかったと、言い切れるのか?
この女の本心が、決して優しさではないことなど……
陸依霜を心から救いたいなどと思っていないことなど、
誰よりも、彼自身が知っていた――!
再び見開かれた皇帝の瞳は、凍てつくような視線で陸青儀を射抜いた。
その眼差しには、侮蔑と確信が宿っていた。
「ふん……その芝居、見え透いているぞ。お前は最初から、陸依霜を助ける気などなかった……そうだろう?
軒轅翊の声は低く、だが剣のように鋭く突き刺さる。
「いつまで、偽りの姉妹を演じ続けるつもりだ?」
「そもそも……陸依霜は、お前の血など必要としていない。
彼女が、お前に対して、何かを償う理由などない。
たとえかつて過ちがあったとしても……」
その声は、わずかに揺らいだ。
「……彼女は……すでに、その罰を受け終えている」
「来たれ!」
軒轅翊が声を張り上げると、数人の《宦官》カンガンたちが慌ただしく駆け寄り、陸青儀を取り囲んだ。
「控えの間へ連れて行け。朕の許しがあるまで、再び内廷への出入りを禁ずる!」
号令と同時に、陸青儀は宦官たちに囲まれ、押し出されるように退場させられた。
広大な宮殿の中に、再び沈黙が落ちる。
軒轅翊は深く息を吐き、ゆっくりと眉間を揉みながら、
氷の棺に横たわる骸へと、静かに語りかけた。
「……心臓の血とやらは、用意できているな? 始めるぞ。
《康海》コウカイも……陸依霜に関係する品を、そろそろ持ち込むはずだ」
道士は黙ってうなずき、きらびやかな《短剣》タンケンを恭しく差し出した。
「お手を煩わせますこと、誠に恐れ入りますが……
陛下、ご自身の心臓から滴る血を、どうかご自らお捧げくださいませ」
軒轅翊は黙って剣を受け取り、念のため医者を呼び、儀式に使う道具の安全を確認させた。
そして、その刃先を自らの左胸――ちょうど心臓の真上にあてがう。
ほんのわずか力を込めれば、肉は簡単に裂ける。
その刃の冷たさを指先に感じながら、
皇帝はじっと、自分の手元を見つめた。
ほんの一瞬、意識が遠のく。
かつての自分が、まさか――
陸依霜のために、自ら胸に刃を向けるような日が来るとは、思ってもみなかった。
これが……執着というものなのか?
答えは分からない。
ただ一つ――彼女を、永遠に自分の傍に留めたい。
命の炎が消えようと、魂だけは、誰にも渡さぬ。
それが、彼のただ一つの願いだった。
それはかつて、陸青儀に向けていた感情とは、まるで別物だった。
彼女が他の男のもとに嫁いだとき、彼は怒り、後悔した。
だが今、この氷の棺の前で覚えるこの衝動は――
遥かに深く、遥かに暗い。
帝位に就いたばかりの頃、
彼は本気で、陸青儀を力ずくで宮に留め、
永遠に自分だけのものにしようと考えたこともあった。
だがその頃は、政も国も乱れ、敵も多かった。
新帝としての立場を固めるには、
いったんその想いを封じるほかなかったのだ――。