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第12話

陸青儀リクセイギは、その言葉に胸が一瞬止まりそうになった。

無理に笑みを作り、あえて理解していないふりを装う。


「陛下……そんなご冗談を……? 私には、お言葉の意味がよく分かりかねます。

いもうと依霜イソウに、私が手をかけるだなんて、あり得ませんでしょう?

あの子が何度も私を……私を苦しめてきたとしても、私はずっと耐えてまいりました。

もし、私の血で妹が助かるというのなら、喜んで差し出します。ただ……」

彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。

「ただ、陛下のご身に何かあってはなりません。どうか……それだけは、ご理解いただけますでしょうか」


「あの頃、四皇子のもとに嫁がされたのは、私の本意ではなかったのです。ここ数年、私を恨んでいらっしゃるのは仕方ないとして……でも、今、私が願うのは、ただ陛下をお守りしたいということ。それだけなのです。それなのに……それほどまでに、私をお恨みなのですね?妹があんな形で亡くなり、父も北の寒地へ左遷されてしまった……それでも、まだ足りないとおっしゃるのですか?私が命をもって償わなければ、許していただけないのですか?」


「それなら、私が死んでお詫びいたします!胸を刺すような罪悪感を抱えて生き続けるくらいなら……死んだほうがましです!」


そう言い終えると、陸青儀は涙を湛えた目を閉じ、決意したふりをして、傍らの柱へと身を投げた。


額が柱に激突する寸前——

誰かの手が、その間に差し込まれた。


「あっ……」


目を開けると、そこにいたのは軒轅翊ケンエンヨクではなかった。


にっこりと笑みを浮かべながら手を引いたのは、道士ドウシだった。


「四王妃よ。お噂は聞いております。陸依霜リクイソウ様の実の姉君でいらっしゃるとか。ふむ……」


道士は意味ありげに首を傾げた。


「実のところ、魂を呼び戻す術において、肉親の血を使うのは有効な手段のひとつ。

効果もそれなりに高うございます。ご自ら進んで差し出してくださるのであれば、これほど適した供物はございません」


そう言いながら、道士は背後に控えた弟子に目配せした。


弟子は即座に頷き、一振りの銀針を取り出して、陸青儀の指先へと向かおうとする。


「まさか……本気で……!?」


陸青儀は反射的に手を引き、目を見開いて道士を睨みつけた。


「何をするつもり?! 私が何者か、分かっているのかっ!?」


その言葉が口を突いて出た瞬間——

陸青儀はハッと我に返る。


しまった……取り乱しすぎた……


「……っ」

彼女は一拍、間を置き、わざとらしく涙声で付け加えた。


「……ご、ごめんなさい……わたくし、痛いのがいちばん苦手でして……でも、自分でやりますから……」


軒轅翊は静かに目を閉じた。

心の底にわだかまる失望を、ただ静かに封じ込めながら。


口では無実を唱えている。

だが――

本当に、あの日のことを何も知らなかったと、言い切れるのか?


この女の本心が、決して優しさではないことなど……

陸依霜を心から救いたいなどと思っていないことなど、

誰よりも、彼自身が知っていた――!


再び見開かれた皇帝の瞳は、凍てつくような視線で陸青儀を射抜いた。


その眼差しには、侮蔑と確信が宿っていた。


「ふん……その芝居、見え透いているぞ。お前は最初から、陸依霜を助ける気などなかった……そうだろう? 陸青儀リクセイギ


軒轅翊の声は低く、だが剣のように鋭く突き刺さる。


「いつまで、偽りの姉妹を演じ続けるつもりだ?」


「そもそも……陸依霜は、お前の血など必要としていない。

彼女が、お前に対して、何かを償う理由などない。

たとえかつて過ちがあったとしても……」


その声は、わずかに揺らいだ。


「……彼女は……すでに、その罰を受け終えている」


「来たれ!」


軒轅翊が声を張り上げると、数人の《宦官》カンガンたちが慌ただしく駆け寄り、陸青儀を取り囲んだ。


「控えの間へ連れて行け。朕の許しがあるまで、再び内廷への出入りを禁ずる!」


号令と同時に、陸青儀は宦官たちに囲まれ、押し出されるように退場させられた。


広大な宮殿の中に、再び沈黙が落ちる。


軒轅翊は深く息を吐き、ゆっくりと眉間を揉みながら、

氷の棺に横たわる骸へと、静かに語りかけた。


「……心臓の血とやらは、用意できているな? 始めるぞ。

《康海》コウカイも……陸依霜に関係する品を、そろそろ持ち込むはずだ」


道士は黙ってうなずき、きらびやかな《短剣》タンケンを恭しく差し出した。


「お手を煩わせますこと、誠に恐れ入りますが……

陛下、ご自身の心臓から滴る血を、どうかご自らお捧げくださいませ」


軒轅翊は黙って剣を受け取り、念のため医者を呼び、儀式に使う道具の安全を確認させた。


そして、その刃先を自らの左胸――ちょうど心臓の真上にあてがう。


ほんのわずか力を込めれば、肉は簡単に裂ける。


その刃の冷たさを指先に感じながら、

皇帝はじっと、自分の手元を見つめた。


ほんの一瞬、意識が遠のく。


かつての自分が、まさか――

陸依霜のために、自ら胸に刃を向けるような日が来るとは、思ってもみなかった。


これが……執着というものなのか?


答えは分からない。


ただ一つ――彼女を、永遠に自分の傍に留めたい。


命の炎が消えようと、魂だけは、誰にも渡さぬ。


それが、彼のただ一つの願いだった。


それはかつて、陸青儀に向けていた感情とは、まるで別物だった。


彼女が他の男のもとに嫁いだとき、彼は怒り、後悔した。


だが今、この氷の棺の前で覚えるこの衝動は――

遥かに深く、遥かに暗い。


帝位に就いたばかりの頃、

彼は本気で、陸青儀を力ずくで宮に留め、

永遠に自分だけのものにしようと考えたこともあった。


だがその頃は、政も国も乱れ、敵も多かった。

新帝としての立場を固めるには、

いったんその想いを封じるほかなかったのだ――。




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