夕暮れが迫る中、夕鈴が灯りを手に先を歩き、私はあやめの手を引いて、ゆっくりと外へ向かった。
彼女は歩きながら、ぽつりぽつりと話してくれた。
「……父上は、私と彰忠が納得するように、母上に似た方をわざわざ探してきたの。」
「橘夫人は、私にはほとんど口出ししないの。でも、何かを学ばせようとはしなかった。」
そして、彼女はふと私を見上げた。
「でもね、母上。橘夫人自身は学び続けてた。書も、絵も、家のことも……」
安倍芙絵、彼女は、無知な女ではない。むしろ、あらゆることを心得ている女だ。
私はその意図を理解し、思わずあやめの手をぎゅっと握りしめた。
そして、まだ数歩も進まないうちに、もっとも顔を合わせたくなかった男が現れた。
澄信が、廊下の柱のそばに立っていた。
灯籠の明かりに照らされ、その表情は半分影に隠れている。
「芙姫はもう気にしてないそうだ。西院を整えさせたから、今夜はそこに泊まるといい。」
西院は、長らく使われていなかった離れだ。
私は眉をひそめた。
「……私は橘家には留まりません。」
澄信は鼻で笑った。その声には、怒りと呆れが混じっていた。
「橘家を出て、どこへ行くというのだ?お前は俺の妻だ。橘家の家系図にも名を連ねている。」
「戻ってきたお前が、また出て行けば、両家の顔に泥を塗ることになる。」
そのとき、あやめが私の袖を引いて、小さな声で囁いた。
「母上……出雲国へ行くんじゃなかったの?」
私は、澄信の言葉に応えることなく、あやめを見下ろして微笑んだ。
「そうよ、出雲国へ行くの。」