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第6話

夕暮れが迫る中、夕鈴が灯りを手に先を歩き、私はあやめの手を引いて、ゆっくりと外へ向かった。


彼女は歩きながら、ぽつりぽつりと話してくれた。


「……父上は、私と彰忠が納得するように、母上に似た方をわざわざ探してきたの。」


「橘夫人は、私にはほとんど口出ししないの。でも、何かを学ばせようとはしなかった。」


そして、彼女はふと私を見上げた。


「でもね、母上。橘夫人自身は学び続けてた。書も、絵も、家のことも……」


安倍芙絵、彼女は、無知な女ではない。むしろ、あらゆることを心得ている女だ。


私はその意図を理解し、思わずあやめの手をぎゅっと握りしめた。


そして、まだ数歩も進まないうちに、もっとも顔を合わせたくなかった男が現れた。


澄信が、廊下の柱のそばに立っていた。


灯籠の明かりに照らされ、その表情は半分影に隠れている。


「芙姫はもう気にしてないそうだ。西院を整えさせたから、今夜はそこに泊まるといい。」


西院は、長らく使われていなかった離れだ。


私は眉をひそめた。


「……私は橘家には留まりません。」


澄信は鼻で笑った。その声には、怒りと呆れが混じっていた。


「橘家を出て、どこへ行くというのだ?お前は俺の妻だ。橘家の家系図にも名を連ねている。」


「戻ってきたお前が、また出て行けば、両家の顔に泥を塗ることになる。」


そのとき、あやめが私の袖を引いて、小さな声で囁いた。


「母上……出雲国へ行くんじゃなかったの?」


私は、澄信の言葉に応えることなく、あやめを見下ろして微笑んだ。


「そうよ、出雲国へ行くの。」

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