澄信は、私をじっと見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
まるで、目の前に立つ私が、もう見知った女ではないとでも言いたげに。
橘彰忠もまた、呆然としていた。口を開こうとしても、言葉が出てこない。
そんな中、ただ一人、安倍芙絵だけが冷静さを装って立ち上がり、優美な笑みを崩さぬまま、私を見据えて言った。
「斎宮親王妃様は、確かに
澄信はようやく我に返り、嗄れた声で問いかける。
「そもそも、王府の門をどうやってくぐった? 斎宮親王ほどの方が、わざわざ身元の怪しい、年上の女など選ぶわけがない……」
その言葉に、傍らの夕鈴が思わず吹き出した。
「ふふ……橘大人、今さら自分をごまかしても、仕方ありませんのに。」
私は黙って彼を見つめた。証明の言葉を重ねることに、もはや興味はない。
「殿下は、あなたのような人とは違います。」
そのひとことを残して、私は奥女中に持参金の確認を続けさせた。
次々と唐櫃が担ぎ出されていく中、私は扉をまたぎ、外へと歩き出す。後ろで喧騒が広がっていても、振り返る気にはなれなかった。
そのとき、橘彰忠がつまずきながらも追いかけてきた。
「……母上、本当に……行ってしまうのですか?」
私は立ち止まり、ほんの一瞬だけ振り返る。
そして、その背後にいる安倍芙絵をひと睨みして言った。
「あなたの母上は、そこに立っているじゃない。」
彰忠は言葉を詰まらせ、肩を落とした。私は黙って牛車に乗り込んだ。
もう、振り返ることはなかった。