私は他言を好まない。
景久が私に向ける感情は、年齢でも、身分でもなく。ただ、
出雲国へたどり着いた当初、私は手元に残った唯一の耳飾りを売り、紙と墨を買った。草紙に絵を描き、それを生業にして暮らし始めた。
ある日、私の絵を見た国司の夫人が、「これはただ事ではない」と目を留めてくれた。
反対を押し切り、私を屋敷へ迎え入れ、姫君や若君たちへの絵の手ほどきを任せてくれたのだった。
翌年。
文人たちの集いにおいて、国司の次男が描いた絵が評判を呼び、その縁で斎宮親王・景久殿下が、彼の絵師を見たいと仰った。
その
その日、私はまだ顔に谷で負った傷が残っていたため、面紗を付けて王府を訪れた。
景久は高座に座し、白玉のように清らかな佇まいだった。
手にしていたのは
それを弄びながら、静かに私に尋ねた。
「汝は、どの師に学んだのか?」
記憶を失っていた私は、何も思い出せず、ただ静かに答えた。
「……独学です。」
景久は小さくため息をついただけで、咎めることもせずやがて立ち上がり、一枚の絵を私に見せた。
それは、未完成の一幅だった。
「この絵を、模写し、完成させることはできるか?」
その筆致には、見覚えがあった。幼いころの私が描いたような、未熟だが、確かに心がこもった線。
私はしばらく目を凝らして言った。
「……可能かと存じます。ただ、少々お時間を頂きます。」
こうして私は、斎宮親王の絵師となった。
もっとも、本当は二日もあれば描ける絵だった。だが、長く時間をかければ、その分だけ俸禄が入る。
景久は急かさなかった。時折絵の様子を見に来ると、ほんの少し話をして帰っていった。
「焦ることはない。彼女は才を持っていた。模写が遅くとも、仕方のないことだ。」
……そう言いながら、目を細めて微笑んだ。
次第に、私も遠慮なく口を開くようになった。
「殿下は、この絵をどこで?」
彼は少しだけ目を伏せ、答えた。
「
私は絵の隅にある署名に目を向けた。
――
私が裳着を受けた年。景久は、そのときまだ十二歳だった。
「……
と尋ねると、彼は一言だけ、こう答えた。
「……憧れた人だ。」
それは、恋というよりも、深い敬慕の念のようだった。