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第4話 招かざる影

時間が少し経ち、神の顎を越えた外縁部に戻ってきた。

男は打って変わって、いつもの無表情の硬い顔ではなくなっていた。 不変なのは良い顔をしていない。

顔を顰めて辺りを見渡しているからだ。


 相も変わらず薄明るい空の下で、灰の粉塵が舞い、かすかに風が流れていた。 

ここまでいつも通り。

しかし、ほかに違和感があった。


——“濃い”。


 灰の粒子の密度ではない。空気に混じる“何か”が、男の呼吸に引っかかる。


「……くる」


そう言って男は走り出す、それには目的がある。

目的地は前の解体人が休息地としてる小屋だ。


それは小屋と呼ぶにはあまりにも脆く、朽ち果て、荷物が大雑把に置かれた場所だった。


 この風化した拠点。そこには何代かの解体人の器具、防具、寝具などが散らばっていた。


いくつか今は使えないものがある。


「今使えるのは...」


大型はやめておこう、例えば杭を撃つ機械など。


小型なら、手に持てる解体用の器具がある、生物を殺すには十分だ。

防具も解体時に崩落してくるもの対策だが、ないよりマシだ。

そう思いながら。

俺は近くに置いてあった器具を手に取ると、掌に鈍い重みが伝わってくる。


「これは……」


錆びた解体用の皮剥ぎ鉤。


皮剥用と言っても、今じゃ分厚く、雑に増殖する神経の束を断つもの。

皮のほとんど風化しているからだ。

神経は増殖しているのに皮は腐っている。


 実際。最初にそれを切った時に感じた。

解体日じゃないし、皮の状態は見た目でもわかっていた、が、手にとってみないと気が済まない男だった。



そうして嫌な状況に追われた、こんな今も手触りを確かめるように、皮剥ぎ鉤を左手に持って何度も強く握り締めて、そして放す。


何回か繰り返すと

男の指の跡が、そこにくっきり残る。


「こいつを使ったのは、あの“記憶”の時……?」


依然として力は衰えていないことを実感する。


次に記憶の中みたくこの道具が硬いことを確信した。

こんな錆びている見た目をしていてもだ。


ギシ


 「……?」


風の音ではない。

何かが“近づいてくる”鈍い足音。

感覚的には、蛆虫が肉の中を食い進むような、湿り気のある嫌な音。


音の方向を探して数瞬。

そこに見えたのは人影。


女が言う。


「来てる……」


男は斧を左手に持ち直し、右手には皮剥ぎ鉤を持って一歩踏み出す。

いつものように落ち着いた声だったが、その眼差しだけは深く揺れていた。


「——おかしい」


 おかしい、おかしい、おかしいぞ。

体格はごく普通、足音が異様に大きい。

周りには、灰が波のように巻き上がっている。

全身黒い布や帽子で身を隠している人の姿。

少なくとも形は人。


「その女を渡せ」


黒い存在の声がはっきりと聞こえる。大きな声ではないが、周りの音を揉み消したかのように、そうはっきり聞こえる。


「断ると言ったら。」


「殺す。……闘争は好まない。逃げろ。」


「逃げろ、そうすれば許してくれるんだ。」


「そうだ、」 

相手の話が突然として切れる


話を遮るように男が笑ったからだ。

「いい提案だ。だがもっといい提案がある

——ここでお前が死ぬことだ」

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