白い陽が、ゆっくりと傾いていた。
女が目を覚ましたのは、柔らかい寝具の上だった。
薄い麻布をかけられた体が、わずかに震えた。
「……ここは……」
女は上体を起こし、周囲を見渡す。窓の外には、明るい陽光と町の喧騒が流れていた。あの終末の灰は消え、今は風の音すら心地よく響いている。
「うっ」
頭が痛い。視界が霞む。
それを和らぐためにゆっくりと瞬きを重ねては繰り返した。
目が慣れてくるにつれ、すぐ隣の“それ”に気づいた。
解体人がいた。
奇怪な姿勢のまま、まるで絵画のように一切動かない。
左手を高く掲げて、その手のひらは天の方を向いている。
対して右手は低く垂れ、手のひらは地の方を向いていた。
上げた片膝に全体重をのせ、右足一本で、建物の柱に巻きついていた。
女は思わず「何してるの」っと聞いた。
そんなときだった。
固く閉ざされた扉が、一切の傷もなく静かに開いた。
「やあやあ、お目覚めのようだね」
軽やかな声音。まるで演劇の開幕を告げるような、余裕と遊び心に満ちた声音だった。
この空間には嫌なほどに馴染まない。
男は大柄で、黒に近い藍色の服装をまとっていた。材質は滑らかでいかにも高そうなものであった。あまり丁寧には着られず胸まで開いていた。
肩には月の紋章を模したような銀の飾り板。滑らかな中短髪ほどの長さの青髪は白金の飾りをつけていた。
顔の片目には三日月型の眼鏡らしき飾り。
腰に下げた剣には刃がないように見えた。
「僕は子爵様禁衛のひとり
———月光のレウェイチョ・デ・ヒューマだよ」
名乗ると同時に、レウェイチョは軽く帽子を摘まんでお辞儀をした。芝居がかった仕草なのに、どこか気品がある。
その後ろから、もう一人の男がゆっくりと入ってきた。無言で。
同じく背が高く、肩幅もある。ひとり目より頭二つ分も大きい大男であった。
服こそは同じ系統に見えるが、きちんと着こまれ、紋章もない。
年齢もひとり目より少して上の感じで眉毛のような八字髭を生やしていた。
胸元には鎖のような装飾。
表情はなく、目だけが鋭い。
「メロオ・メロオ=二世・メロオ二世だ」
彼は名乗りだけを口にした。
重く、真っ直ぐな名乗りだった。
女が戸惑って言葉を失っていると、レウェイチョが隣の男を肘で突いた。
「ねぇ、メロオさ」
「メロオ=二世だ」
「メロオ? メロオ?」
レウェイチョは楽しげに繰り返す。
「メロオ・メロオじゃない。メロオ二世だ」
「ふふん、冗談だってば。長い付き合いだし」
「知ってる。だからやめろと言っている」
「……あ、なんかごめん」
沈黙が暫く続いたが、やがてレウェイチョはくすっと笑った。
「……妙な構えの護衛を連れてるね。何かの儀式?」
そう言ってレウェイチョは微笑んだまま、ゆっくりと女の方へ歩み寄った。
「さて。君に聞きたいことがあるんだ。そんなに怖がらなくていいよ」
「僕らはただ、ただ君に話をしに来ただけ」
「それにこっちのメロオさんも厳つい顔...まぁ...白銀の担い手...ってこれ聞いたらもっと怖いか...なんかごめんね」
ゴーン
ゴーン
ゴーン
窓の外では、鈍い金属音が鳴いた。遠くで鐘のような音が鳴り響いた。
「これで騒音を出しても誰も気づかないね」
レウェイチョ微笑みながら静かに言った。
その向かい側の解体人は、柱の上でゆっくりと、左手の指先だけをくいと動かした。