「貴様ら! 起きろッ!!」
音の響きが兵士たちの頭を叩き、肉体の傷で動かないそんな、神経を無理やり繋ぎ直した。
ムハノの神術で兵たちの肉体が跳ねるように立ち上がる。
いや。
立ち上がったというより、立たされた。
「こ、ここは……!?」
「視界が……くら……っ」
混乱する兵士たちの声。
その混在する声をたった一人の男の声が止めた。
深紅の軍装に、腰の燃えてるように煙を出す容器から伸びたチューブが足までつけられていた。動けば全身の骨格と筋肉を締め上げるように連動している。
混乱は一瞬で戦闘本能へ転じる。
指揮を執る法務部の法佐警、ムハノ・マイブンが喉を裂くように叫んだ。
「戦闘配置ッ! 残存している敵を撃ち殺せ!!」
その叫びに、兵たちは反射的に銃を構える。
だがその時――
ズズズ……。
瓦礫の向こうから、うねるような音と共に姿を現したのは、“まだ生きていた異形”だった。
白い粘土のような皮膚、ねじれた脚部、骨盤から分岐した触腕。
それはかつて目の奥では知性があったかのような雰囲気を漂わせていたが、今はただの“動物”のようになっていた。
(こいつら、あの爆破の中でも生きていたのか。)
そう思った瞬間、異形の一体が咆哮する。
「ガアアアアッ!!」
その声に、爆音に群がるように、異形たちはムハノの方に向かって走り始めた。
ガルシドュースたちもいる方向だ。
「……くそッ、まだいるのかよ!!」
ガルシドゥースは杭打ち装置を抜き、即座に反応。
杭を斜め下へ撃ち込み、反動に乗って跳躍。
空中にいるまま裁断榴を打ち出す。
もちろん全てムハノの方に向けられている。
「えッ!!なぜ!?」
どっドッド
榴弾が爆ぜる。
ふと、視線がムハノに向く。
立っている。
倒れ込んでいたあいつは、先程の攻撃でさらに傷を負ったはずだ。なのにどうしてだ。
体中には返り血、震える指。
彼は、死にかけている。
にもかかわらず、背筋を伸ばし、兵士たちの前に立っている。
「私の労力を……ここで終わらせてたまるか……!」
(フリだ。全部、フリで持ちこたえてる。こいつも、あの異形も……)
そう言うもムハノの体は衰えるどころが、少しだけ光、血管や体の空洞が少しだけ透けて見える。
まるで、ベックオの焼結骨のように変な見た目をしていた。
(特異体質か...)
「うっ」
ガルシドゥースの頭がズキンと痛む。
激しく痛む。。
記憶が膨れ上がりすぎた。まだある。こう思い出しても、終わらない多くの記憶。そして全く覚えていたと言える。多すぎて覚えられない、一瞬にして思い出し過ぎた。
(あの場所で思い出した“すべて”が、神経に触る。)
(……もう限界が近い。俺もそれに)
ガルシドュースはアスフィンゼとリドゥたちに目を向けた。まだ立ち上がったばかりだった。
「……下がる!」
「ガルシドゥース!?まだ。」
「下がるっつってんだ!」
振り返らながらに叫ぶ。
「……!」
ガルシドゥースはアスフィンゼを担ぎ、セオリクがリドゥを馬に載せた。
「行くぞセルバーブ!」
皆一同走り出す。
「って...なんですか!うわぁ吐きそう。」
リドゥは横で馬の背に乗り掛かっているからか苦しそうな顔で愚痴が漏れている。
(杭も、もう残り一つ……。鉱石もないここじゃ補充もできない)
一歩踏み出すたび、記憶がズレるような感覚が走る。
偏頭痛が、魂の奥から刺す感覚だ。
背後では、ムハノの声が続いていた。
「……全員、立って戦え…無能どもめ」
怯えた怒り混じりな声であった。
その声を聞きながら、ガルシドゥースは口元だけで呟いた。
「……だから、もう休めよ……そんなに怯えてるなら」
ガルシドゥースは静かに撤退する。
その後振り返らなかった。
ただ、ただ、走った。
焼けた地面が遠ざかる。
かすかな風が冷たいほどに心地よく、しかし足元には熱を含んだ粉塵がまとわりつく。
ガルシドゥースが前を走る。
背後では誰も追ってこない。
場所は焼け野原の中にいた。傷だらけのガルシドゥースは仲間たちを引き連れて走り続けていた。
アスフィンゼは気絶から覚めてばかりで
リドゥは鼻を手で抑えていた。
「うっ、ひどい匂いだ。」
その匂いは空気であった。空気には硝煙の匂いと、焦げた皮膚の臭いが混じっている。
後方━━ムハノの法務部が戦う音が遠ざかるも続け様に聞こえる、どうやらまだ戦いは続くらしい。
なら、もう追ってくる余裕はない。
これでムハノの法務部も、野生化したあの青白い肌の異形も、すべて後方に置いていけたようだ。
「では貴公らに武運を」
そう言うや、かの騎士霧散するか。
「なんだ、あいつ...けど助かった。」
ガルシドュースはセオリクに疑問があった。
今一番はあれが瞬間にして、消えたことが一番だ。
「...?」
だがそうしてる暇のなく、爆破で怪物、異形たちはいろいろ飛ばされたのか、近くにもぞろぞろと数は多くいた。
いい場所を探していると石碑の破片を見たが、その先に繋がるものがある。
(破片というよりは、跡地?あれは幻覚でもないのがまた証明できたなぁ。)
手をかざして床に寝そべるリドゥを呼ぶ。
石碑の奥に進んで見ると階段があり、階段を数十段下りたところで、空間が広がった。
そこには、静かな石の間があった。
苔に覆われた石壁。
崩れた円柱。
割れた祭器のような皿や装飾。
「……古代の神殿跡か、ここ」
ガルシドュースがぽつりと呟く。
(いやよくわからないが、神の龍を解体していたところに似ていた。なんとなく。)
「これ、最近誰かが通った跡があります。埃が剥がれて、ここ……使われているんです、今でも」
その言葉に、場の空気が一瞬で張りつめた。
「伏せろ」
ガルシドゥースが手をあげてリドゥを叩いては落とす。
床の石がわずかに動き、何かが飛んできた。
ガルシドゥースは反射的に手元の杭を振りかぶり、飛来物を弾く。
刃付きのワイヤー。罠だった。
どうやら以前探索した誰かが残したものだ。
手にとってはそれを見てわかった。
「あっ、あっぶなぁ...」
「危ないが、怪物がいないだけマシだ。」
「そうだね。」 アスフィンゼがやっと話せるようになっていた。
「にしても腹減った。」
「私も。」
「...実は小生もです、へへ。」
「だが、こんな場所に食えるものはないはず。」
天井が低く、声を出せばこだまする場所。生き物が充分暮らすには少し足りないかもしれない。
「……ネズミもないな」
ガルシドュースが言う。軽く笑うが、その笑みには本気の焦りが滲んでいた。
「こんなよくわからんとこに食えるものなんて」
「案外そうでもないかもしれないですぞ!」
壁沿いには古びた皮の水筒に、焚き火の跡が転がってまして、探検してきた生活の痕跡があります。
リドゥが木の棚を突っついて、中を探る。
「……干し肉の干からびたやつが、かろうじて……いや、これはもう食えないですね。」
サッ
(ぬ?おっとこれははてさて、何ようでしょうか。)
「どうした、なんか踏んだのかお前。」
リドゥの足元を見ると床に苔があるのが目に止まった。
「……これは?」
リドゥがしゃがみこみ、それに触れりながら言う。
「一種の苔です、食えます。」
ぷにぷにとした感触で、青緑に光るキノコの形の苔だった。
「……熱があります。少し火であぶるべきですね。」
「そ そうか、そうしてくれ。」
「いえ、ガルシドュースにもお願いです、火を。」
杭打ち装置を神術で火加減を調節しては改造苔を炙ると、しゅわしゅわと音を立てながら縮み焼け、香ばしい匂いを放ち始めた
「神術で毒消しのつもりか?確かにこいつは俺が動けない時すらも役立つが毒は知らん。」
「あっ、え〜そうでしたよ!」
適当にしてリドゥが自分の旅の荷物をを探っていると、ある小袋の中から乾燥させた香草の葉と、黒い粒の調味料が見つかった。胡椒のようだ。
「うん、これでスープ作れるぞ。ちょっと苦いけど“いける”やつだ」
ガルシドゥースがリドゥの説明を聞いてキノコの外皮を薄く削ぎ、食える部分をとっては縦に裂いて食べやすい大きさにしていく。
その音は、湿った紙を裂くような静かな音だった。
「なかなかの手つきですね。」
「まぁ、食えるようにするのは得意からな。」
そう言ってる間誰も手を休めていない
リドゥが裂かれる前の苔を地下水で洗う。
水は少し臭く、冷たい。
わずかに鉄分を含んでいたのか、うがいすれば舌に渋みが残る。
だが苔のぬめりを落とすのに充分だった。
「獣脂は、これくらい?」
リドゥが布に包まれた保存肉の脂身を削り取った。
手のひら大の塊を切り分け、鉄鍋に落とすと、ガルシドュースが杭の噴射で白く炎を吐いた。
脂が溶け始める。
そこへ香草と胡椒が入る。パチパチと小さく爆ぜ、熱気とともに香りが立った。
香ばしさと焦げたような苦みが、鼻腔をくすぐる。
均等に裂かれた苔が綺麗に鉄面に並べられている。
焼き目が付くたび、苔の表面がほんのわずかに膨らみ、香りが強まるばかり。
「いったん冷やして二度焼けばもっといい匂いするなこれ。」
「そうなんですよ、調理法としてあります、これ。
「あっ、水をお願いします
そう言って鍋に水が注ぎ込まれて、苔はたちまちに色が変わる。苔が、やがて半透明になっていき、スープの表面がとろりと光る。
最後に、岩塩をひとつまみ。
塩の粒が弾け、鍋の中に吸い込まれていった。
その後ひたすらかき混ぜながら、鍋の縁には気泡が薄くぶくぶく膨らむ。
――そして数分。
スープは完成した。
出来上がるったものを手に取ると、嗅いでみる雑味もない。
手に塗ってみる毒素反応を示す皮膚の変化はしばらくしても起こらない。
「食えるぞ。」
今度はしっかり味や匂いに集中する、香草の青さと、黒胡椒の刺激が鼻を突き上げる。
(見た目も綺麗だ。)
色は淡い。蜂蜜色の焦げ色が混ざり、湯面はわずかに揺れていた。
口を付ける。
最初に舌を撫でるのは、焦げた甘さだった。
そのあとすぐに、苔のとろみが口内を満たす。粘度のあるスープが、喉奥をゆっくりと下っていく感覚。
ガルシドゥースは咀嚼する。
キノコの繊維がほどけるように口の中でほぐれて、焦げ目の香りが濃くに残る。
味は濃厚。だけど、しつこくはない。舌にとどまらず、喉で香る。
「……うまい」
言葉が、自然に漏れた。
ほかを見てもリドゥは匙を止めず、苔とスープを混ぜながら食べている。
うまそうに噛んでいる。
噛む。噛む。
わずかに頬が動き、柔らかくも大きく頬張っていたそれがリドゥらの顎を押し返す。
そのたびに指の関節が緩むようにして、次の一匙へと続く。
アスフィンゼは、温かさで頬を赤らめながら、小さな息を吐いた。
そして器を下に置く。
手の甲で額の汗をぬぐい、そのまま、考えるように、懐かしむように、右手で顎を撫でた。その時口内では舌が何度も、口の内側をなぞる。味をいつまでも確かめるかのように。味を楽しむかのように舌で味合い思い出す。
「……この味、もう一度出せるか?」
ついにアスフィンゼが言葉を久し方に言う。
「もちろんです!えぇ。」
「よかったな、アスフィンゼ。」
「そうね。」
いつもみたく談笑は続いた。
音のない笑い。口角だけで交わす言葉。
唇で何かを語るたびに、手元の器がほんのわずか揺れた。
「いや、鳥が来たんです。そのあと」
「来たのかよ」
そうして、笑いと言葉は、先ほどみたく、さきほどに言ったように、いつもみたく続く
まるでこの夜が、永遠に続いていくかのように。