焚き火の残り火がくすぶる中、三人は遺跡の奥へと向かった。
壁に刻まれた文様はどこか植物的で、と言うよりさっき食べていた苔に似ていた。
進むとその見た目の苔はだんだんと減り、代わりに灰色の苔が天井壁まで奇妙な模様を描いていた。
詳しく見ようと火を翳してみたがあまり見えない。まるでそれは光をも飲み込むものであったかのように。
「...ん?なんか文字?絵...があるぞ。」
しばらく見て見ると何か書いてあるように見えたガルシドュース。
「私、読める。」
「ほう、頼む。」
アスフィンゼが、そっと掌を壁に充てた。
少し見えにくい文字の凹凸を探っているようだ。
「……かなり古い。言語構造が第一層の聖句体……いえ、それより以前。転語が混じってる」
苔を軽く払う。
しっとりと湿った感触が、手袋越しにも伝わる。文字の彫りは浅く、風化と共に読めない箇所も多かったが、それでも――アスフィンゼの目はその意味を拾い上げていく。
彼女は、無表情のまま、読み始めた。
⸻
「……抗する者、火より生じ、声より離れ、
ただ形のみを遺す」
「神は、生まれるものに非ず。
神とは、成りつつ、やがて壊れゆくものなり」
「ある者は夢に声を聞きて、瞳を朱と染め、
ある者は骨を捻り、血管を羽に変ず」
「ある者は皮膚を裂き、心を外に咲かせ、
息を吐くごとに風を歪ませ、
声を発せずして意を伝ふ」
「これらを、成り上がる道と称す。“見えない文字”
されど神にあらず。未だ、か 理の端にすぎず。」
「多くは変じて異形となり、
名を持たずして死に、そ に “これよく見えない...”
あるいは狂し、あるいは見当たらない。」
「変化とは道にして門に非ず。わ
渡らば、引き裂かれる。肉体が道を成すまで戻れぬ」
「されば、身は霊に語る。
神を慕うならば。
未だ神ならざる者、ことごとく異と化せ。」
「結構見えない文字あるけどまぁまぁ読めたよ、ガルシドュース。」
「...?な...?なんだ?」
ガルシドュースはまったく理解できずにいた。
その後ろで神妙そうに考えていたリドゥは何かを思いつくたかのように口を開く。
「身に、霊に、神、これって聖環連会の教義じゃないですか?」
「え?パンのとこ?」
「はぇ?パン...?ああぁ、確かにあそこは食べ物ただでおいてますが。違いますよ、宗教ですよあそこ。何か信奉してるんです。」
(信奉..?神?龍?もしかして。)
「食える?」
「え?」
リドゥは理解できずにいた。
「え?」
ガルシドュースはなんで?という顔だった。
「わからないならほかも探って見る、まだありそうだし。」
「……読めるんだな、お前は」
ガルシドュースの言葉にアスフィンゼは特に感慨もなさそうに、ただ一つ頷いた。
次に、そのまま、苔の縁をなぞり、分けてはほかの文を探すように動く。
その後ろでリドゥは悩んでいる顔をしていた。
ガルシドゥースは、その顔を見てこう思う。
(……そういえば。アスフィンゼはともかく、リドゥ━━)
(妙に博識だな)
苔の構造、神学、調理の知識、地層の特徴。
短い時間であったが彼が口にしてきた言葉はあまりにも膨大で異なる領域の知識だった。
そしてその数々は、普通の人間が知れるような知識じゃないはずだ。
(……何者なんだ、お前)
だが、口に出しては問わない。
問いとは、相手が答える意思を持ったときにしか意味を成さない。
詳しく過去を聞く、俺たちはまだその仲じゃないはずだ。
そう思いながらガルシドゥースはただ、静かに自分の疑問を、胸の奥に留めた。
「……これは絵。記録、なのか」
アスフィンゼの声がガルシドュースとリドゥの二人を思考から現実に引き戻す。
苔一面の壁に、苔を取り払ったその後ろには細密な線で異質な姿存在たちの絵がたくさんあった。
人型の輪郭。だが、身体には不自然なほどにや割れた跡がある。
また頭部が割れ、開いた頭部を見ると中で眼球がいくつも生じている。
さらに背中からは羽とも触腕ともつかぬ器官が伸びている存在もいる。
それらの周囲には、環の形をした石だか金属だかの装置のようなものが描かれていた。
「環境であの時にみた祭壇に似ているけど、大きさはこれが上。」
アスフィンゼが分析する。
「中央に『主座(しゅざ)』、四方に『供座(きょうざ)』。全て、何かの生体が収められている」
「そんなのまでわかるのか?」
「まだ書いてある部分で、祭壇の構造図があったから。」
「...んむぅ....」と唸り何か思い詰まるガルシドュース
「それ、内臓ですか……?」
リドゥがぽつりと言った。
供座の図には、それぞれ先ほどより異なるものが描かれていた。人の輪郭すらないもの
ひとつは大きく脈打つ心臓のようなもの。
拝んでいる周りの人間らしき絵、さらにさっきの人の輪郭を持つ存在よりもはるかに大きかった。」
「こんな大きな心臓は初めてみますが...芸術的な手法でしょうか。または彫刻でしょうか?アスフィンゼさん。」
「...違う」
淡々と答えたアスフィンゼ
「だって、次、見て。」
ひとつは、羽化途中の昆虫を思わせるにねじれた骨が体を突き破り、薄い皮膚で覆われている存在。
そして最後のひとつは――空白だった。
誰かの手によって削ぎ落とされたような見た目だった。
「老化によるものか、または誰かが取ったのか?」
「わからない、でも隣まだある。
その隣には、儀式の手順と思しき絵図が続いていた。
黒い液体を飲む人物。
頭を器具で固定され、背骨に何かを注入される様子。
しばらく見て聞いて分析していると、
ふとリドゥが、場所を指さした。
「……この彫り、焼かれてます。誰かが後からここを焼いたように見えます。もしかして儀式そのものを封じるためのものなのかもしれません」
その焼け跡の中央には、ひび割れた文字の一部が残っていた。
それは、こう読めた。
『カエル者 帰らず。オモウ者 我を棄てよ』
「キミ悪いな、いったん進もう。」
「背中に乗ってくれアスフィンゼ、リドゥも一緒だ。」
「え?僕ら小柄ですが、二人は流石に無茶ではな」
「いいから乗ってくれ、外の怪物とか思い出したからよ。」
「わかりました。」
そう言ってリドゥもガルシドュースの背に乗った。
「しかしこの場所にあれらが来るのは..もしかして?」
「ああ、あの壁画、なんとなく俺が倒してきた怪物に似ている。」
「もしかしたら魔女だけが脅威ではない」
(...あるいはその両方か、とりあえず影がいってきたことは少しわかってきた。)
ガルシドュースは心の中で思うに、影が言う脅威はもしかしたらこの神になろうとする奴らかもしれない、実際魔女の影が消えても、怪物は消えなかった。
(だからこいつらはほかの作りものかもしれない。)
「...まぁどの道、魔女の企みとかはあるだろうが、俺たちを殺しかけた時点で味方じゃないことは明白だ。」
コツン コツン
足音を立てながら素速い動きで奥に進むガルシドュース。
しばらくして空間は広がり、そこは大きな広間になっていた。
広間は、まるで地下の大聖堂のように広がっていた。天井は遥か高く、闇に飲み込まれるようにどこまでも伸びている。
壁には、先ほどの苔の文様がさらに複雑に絡み合い、まるで生きているかのように、蠢いているかのように見えた。床には、ひび割れた石板が敷き詰められている。
ガルシドュースは背中にアスフィンゼとリドゥを乗せたまま、広間の中央に足を踏み入れる。足音が反響し、空間の広大さを一層と際立たせた。
空気は重く、湿気と何かの古びた匂い、腐敗とも、金属とも、異なる何かが混じり合っていた。
「…ここ、なんか変だな。というか変なとこしか見てない、ここしばらく。」ガルシドュースが呟く。
そんな彼の声は、広間の壁に吸い込まれるように消えた。
アスフィンゼが背中から降り、広間の壁に近づく。彼女の手は再び苔に触れ、指先でその表面をなぞる。「…まだある。文様、文字、絵。さっきの続きだ。」
リドゥも降り、足がつく。広間を見渡しながら何かを探しているようだった。
「この場所…さっきの祭壇の話、みたいな気がします? 『主座』と『供座』。ここ、なんかその中心っぽくないですか?」
ガルシドュースは眉をひそめ、周囲を見回す。確かに、広間の中央には巨大な円形の台座があった。直径は100人分以上は座れそうな台座か、それ以上は余裕にあるだろう。
台座の表面には、複雑な紋様が刻まれ、中心には何か大きなものが収まるような窪みが彫られていた。その周囲には、四つの小さな台座
「いや三つだな。壁画より数は少ない。」
(もしかしたら、意外にも伝承あることかもしれないな。)
「…あれ、なんだ?」ガルシドュースの背をアスフィンゼが叩く、そして指差した。
その先は中央の台座の窪みだった。そこには、黒い液体が溜まっている。まるで生きているかのように、表面が微かに揺れ、時折小さな波紋が広がる。
アスフィンゼが近づき、しゃがんでその液体を観察する。「…これは、さっきの絵にあったものと同じ。飲むとされる黒い液体。儀式の一部。」
「うわぁ」ガルシドュースが顔をしかめる。
「ッ!」ガルシドュースはゾッとしたような顔であたりを見渡す。
「いねぇだろうな。」
「どうしました?あっ、もしかして壁画の怪物みたいのはいるかを観察しています?」
「ひぎぃ!〜ここ最近まずいと思えばそればかりだからもうやめてくれ!」
突然、甲高い叫び声のような音がして、広間全体が震えた。黒い液体が飛び散り、裁断上の石板が溶けるように腐食されいく。
「くそっ、やっぱこうなるか!動くぞ!」ガルシドュースが叫ぶが...
「止まった!?」
(本当に止まってるのか..?
試したいが、杭はもうないから、迂闊に近づいて殴るのも無理だ。何か手頃な武器でも、なんでも、棒でもあれば…ん?)
ガルシドュースは広間の片隅に目を向けた。
そこで転がっていた金属の破片に目を留めた。それは、壊れた祭壇に似ている紋様はあり、おそらくはこの場所のものが一部と思わしき、錆びた鉄の棒だった。
だが、よく見ると、ただの鉄の棒ではない。表面には複雑な歯車と蒸気管が絡み合い、握りの部分には古びた黄金や宝石の装飾が施されている。
これはかつてこの遺跡で儀式に使われた道具だったのかもしれない。あるいは...
「それは祭壇の起動装置。」 アスフィンゼが言う
「そうか。」
見ると棒の先端には何かが折り畳まれた状態で収まっており、握るとカチリと音を立ててが展開する仕組みだ。
神術で火をつけて見ると蒸気圧で動く仕掛けが内蔵されているのか、わずかに振動し、金属の軋む音が響く。
適当に振りかざすだけでも砕石が砕く、粉々に。
(どう見ても武器なが...いいか、使えるなら。)
適当に防御と威嚇のつもりで振りかざしては液体に近づくガルシドュース。
「おら!」
「ギィ!」
液体は情けない叫びと共に動かなくなった。
「これで神になれるわけねぇな..いや..」
(龍の神ですら死ねば食われるだけだし...)
アスフィンゼの言葉「儀式に必要」とかが頭をよぎり、突然ひらめく。「この液体、飲めば何か変わるんじゃねえか?」
ガルシドュースは液体がある主座の窪みに駆け寄り、黒い液体を手にすくう。その表面はまるで生きているように脈動し、触れると冷たい。
脈動しているのに冷たい。
そしてしばらくすると指先に奇妙な痺れが走る。
「…やるしかねえ!」彼は一気に液体を飲み込む。
瞬間、ガルシドュースの身体に変化が起こる。心臓が激しく鼓動し、筋肉が膨張するように張り詰め、視界が一時的に白く霞む。蒸気が体を隠すように噴き上がる。その蒸気のもとになる体の上に燃える火はもちろん激しい。
そして手に握る武器も火力の増強で内部で歯車などの機械仕掛けが異常な速度で回転し、蒸気管からは勢いよく白い蒸気が絶え間なく噴き出す。
「なっ、何してるんですか!ガルシドュース!」
「食っている。」
「そうじゃなくて!早く吐き出してください!」
「大丈夫だ、神術で毒や病気とかは消せる。」
「いくらなんでもそれはないんですよ、知ってるんですか?!これを!」
「知らん、初耳だ。」
「って何!」
リドゥのうるさい声は適当に受け流して、俺は力の成長に集中する。
(今のところ違和感はないし、気持ち悪くもならない。)
ガルシドュースはそう考えて一つ思った。
(そういえば外で倒した奴らもこんな液体を漏らしていた気がする、はっきりしないが、てっきり水中で見間違えたと思ったが、今度戦う時しっかり見てみよう。)
「食えるかもしれない。」
「ッて聞いてないんですか!?食えるわけないでしょうが、こんな焼いてもない、と言うか焼いても食えませんよ!」
「俺が燃えてるからいいだろ。」
「ともあれ、いい思いは今したから早く進むぞ、ここの探索はもういい。これ以上ほかのことに頭を突っ込むと子供たちが取り戻せない。乗れ。」
「...ガルシドュース...そうですよね。信じてましたよ、我らがガルシドュース!」
「今、いざ参らん。」
「なんだそれ。」
「我らが道は神への道よりも尊き、人が歩みし道!」
「...またか。」
ガルシドュースはこういうことが苦手であった。