足場が唸った。
再起動した蒸気装置が下部から噴き出す轟音を響かせながら、上昇だ。
長かった地底の旅、その最後の軌道は傾斜しており、蒸気の推進力と神術の火炎で、足場は滑るように線路を登っていく。
「……あっ……いや、熱すぎるッ!!」
リドゥが叫びながらアスフィンゼの肩を掴んで飛ばないようにしている。彼女はまだどこか遠くを見つめていた。やがて瞳の光はゆっくりと戻る。
「……大丈夫、ありがとう。」
アスフィンゼが、小さく言う。
彼女の声が戻ったことで、ガルシドュースは安心したように一度だけ息を吐き、蒸気を操作するために差し込んだ武器を捻るように手で操作する。
「出口は近い。空気が……風が。」
確かに、潮のような湿気と冷気に満ちていた空気が、ほんのわずかに変わり始めていた。
果てに、明るさが見えた。
そして──
足場が跳ねた。
鉄軌の終端を飛び越えた瞬間、ガチンと音を立てて止まり、落ちる。
その先に、外があった。
眩しい。
光だった。
上空は広がる雲と空。斜面の先には切り立った岩肌、その向こうに廃墟の町らしきものが見えた。
「……なんです、か?」
リドゥがぽつりと漏らす。
「上だ、出れた。」
ガルシドュースは答える。
そこは地上だった。
けれど、地下に入る前にいた場所と大違いだった。
周囲には瓦礫の山もなければ、草木もなく、気温も違うように、生温い地上の空気であった。
「……あれを見ろ」
ガルシドュースが言った先。
一本の塔。
金属でできているのか、石なのか、判断のつかない細くて異様に高い塔が、まるで天にまで突き立てるような高さであつた。
ガルシドュースは肩で息をしながら、塔の根本に目を凝らした。
黒い、そして側面には何かが焼き付けられている。
近いて見てみたい。
そう思ってガルシドュースは土を蹴り起こして、先ほど出てきた場所を塞ぐ。
「おい、近づいてみるぞ。離れるな」
歩いて少し。
近づくともっとやばいものに気が取られる。
──地獄だ。だが地獄だ。
塔を詳しく見ようと出たその場所の先、三人の前に広がっていたのは、廃墟のような集落だった。
屋根の抜けた建物、骨組みだけになってたり、絶対に崩れかけている。
金属の残骸がそこかしこに散らばり、地面はひび割れては乾いた灰で埋まっている。
見渡す限り、植物は生えていない。
おかしい。さっきまでの場所は緑一色と言わずも、自然の色はした。これには何もない。
いや、生えているのかもしれない。だがそれは草ではなく、明らかにおかしい赤黒い管状の根のようなものが生えている。
時折ピクピクと動いていた。
「……なんですか?これ?」
リドゥが呆然と呟く。
「外に出れたと思ったらこれかよ。なんて場所だ。いろいろが唐突すぎて、おかしいすぎて、呪われてるんじゃないかここ。」
ガルシドュースが言った。
やがて、風に乗って鈴の音のようなものが聞こえてくる。
だがそれは音楽ではなかった。乾いた何かがぶつかり合う音──
風に晒された白骨に風が通る音。
(埋葬する余裕もないのか...あるいは風習や儀式。)
そうガルシドュースらが各々の思いを馳せている時だった。
崩れかけた建物の間に、人影が見える。
身を覆っているのは、古びた麻のいかにも安そうな服を何度もも直して縫い合わせたような衣服。
顔には仮面。それは、金属片と骨を組み合わせて出来たように見える。。
その手には、狩猟用の槍、おそらくは手製の武器と思われる。
その人影は、ガルシドュースらを見て、すっと言うべきか、あるいはそっとか、まぁ仮面を外した。
現れた顔は、若い。けれど目の下には傷が無数にありそれは場所によってと化膿している。
そして、もっとも気を引くのが目だ。その眼は、野生動物のように濁っていた。
「……外から?」
彼は低く呟く。
「半年ぶり、か」
そう言ってはただこちらを見つめる。
怒りの形相でもなきゃ、顔に笑顔もない。なんの表情もなく、ただガルシドュースらを見つめていた。
「おい、誰だお前。」
ガルシドュースが呼びかけても男は手を何も言わない、次に腰あたりを弄ったと思ったら笛らしきものを吹いた。
やがて、たくさんの人がきた。
老若男女いろいろで、顔の表情も違う。
けれども表情はあった。
きっと先ほどの男はこの場所の衛兵かなんかだろうなと気がつくガルシドュースら。
しばらく人混みの中で騒ぐ音がし出すがやがてはひとりの老婆が人混みから現れた。
小さな、か弱そうな体をかがめ、手で杖をつきながら、彼らに近づいてくる。
「外の人かい。」
「村へようこそ、どうぞお入りください。」
「しかし半年ぶりだよ。こんなふうに人が入ってきたのは」
老婆いきなり説明を始めた。
ガルシドュースはそれを聞こうとせずに
彼がいったのをまた強調した。
「誰だ、お前ら。」
「私らはここに住んでるものよ。昔は、よく旅人が立ち寄ってたんだ。この村は大きな町が通る道の合間にあるもんで、いい感じに補給できる商人や兵の通り道だったんだぁ。」
「よくしゃべるばぁさんだ。」
「ちょっとガルシ、先ほどからなんでこうも冷たい口調ですか!」
リドゥがガルシドュースに詰めよっては小さく耳打ちした。
「いやはや、ご婦人、これはこれは、お初め目にかかります。小生らは旅のものでして。」
「おやおや、これはこれは、かわいそうに..まぁ止まってくんさい。」
「ご好意ありがとうございます。しかしまだ旅になりますため、日もあるうちに。」
「やめておいた方がよろしくてよ、もうここから出ようにも出来ないのだから。」
「なっ、はは、ご冗談を。」
とリドゥは言って口で笑ってはいるが、後ずさんでガルシドュースに近づく。
(まさか...山賊とかじゃないでしょうか..)
「おい、どう言うつもりだ。脅し文句が通じるほど俺は優しくないぞ。」
ガルシドュースは顔の眉を歪ませて、少し低い声で老婆に問い詰める。
老婆の顔が少しだけ歪んだ。泣き顔とも、苦笑ともとれないような表情だった。
「あれが、塔が、あの日に現れてからすべて変わったんだよ。村の裏手にある丘の地下から、根のような黒い柱が突き出てきてね。」
(地下からここまで繋がっていたのか...?)
「おい、婆さん。それで、あんたらはなんで俺たちがきたのを分かったんだ。」
ガルシドュースは老婆に聞く。
(まぁあれだけの音ならわかるはずだが。)
「それはそれは、大きな音でして。」
「なんせ、この村から外に出ると死ぬ。誰が行っても戻ってこない。動物でさえ、ね」
「だから新しい誰かの人が外に出ないように見張り役を決めていたんよ。」
「まぁ、それが、いまだに外から人たちが入ってくるのは止まらない。不思議なことに」
老婆は手を重ね、拝んだ。
「しかしこれも半年ぶりでして...ああなんて事に。」
老婆は目を伏せた。視線を床にして、見つめた。
しばらくして掠れた息がした。
「……あの塔が立ってから、私たちはずっとここに閉じ込められているんで」
「それなら飯はどうする?あそこの草が生えてる場所で食うのか。」
話を遮るようにガルシドュースは話す。
食い物に興味深々で仕方なくか、この地に来て草木もなく、食べれそうなものもない。だから最初に見た緑を思い出したかのよういきなりと話し出した。
「ええ、不思議にあそこだけは生えるんでしてよ。」
「それ以外は本当に何もなく、それで風が吹けば大きく吹き起こされて。」
老婆の言葉を証明するように風が吹いた。
(確かに激しいな。激しく嫌な匂いがくる。)
ガルシドュースはその風の匂いを嗅ぐ、方向を探す。
そして塔のほうへと目をやった。匂いはそこからする。彼の強い感覚がそれを確信的なものにする。
どこまでも細く、黒く、まるで地獄の穴を裏返したようなその構造物。風と共に妙な形容しにくい匂いがある。
その異様さは、これまでに戦ってきた神術使いのそれとはまた別種の、根源的な嫌悪感でその背骨に這わせる。
(ここが第二のやつか、もう町を出てかなり時間がたった。四日か五日だ。少しの調査と思って物資を持たないのがひどいな。やらかしてしまった。)
「……なるほどな、村に入らせてもらえないか。」
「え?」
(あんなに警戒してたのに入るんですか!?大丈夫ですか!?)
リドゥが隣で顔を上げたが、ガルシドュースは答えない。ただ、塔の下部をぐるりと取り巻く不自然な装飾と、そこに刻まれた見覚えのない文字群をじっと見つめていた。
(最近は場所ばかり変えて正直どこが妙なのか知らないが、一旦相手に何があるか見てみるのも悪くない。リドゥたちもこれ以上の移動は無理だろうし。)
「案内頼むぞ、婆さん。」
そうしてガルシドュースの言葉と共に三人は老婆に村へと連れていかれる。
道の道中、老婆の紹介などいろいろ雑談が行われた。
「この子は生まれつきこうで、こう見えていい子なんだ。」
「私はこの子を見てきたのでわかるんだ。」
「そうでしたか、そういえばご婦人やかの方をどのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
「私はダニマド、あの子はダマンゲル。」
「無口に見えるけど、外の人と喋れないのがあって。」
「そうでしたか。あれ?ダニマドとダマンゲルって確か、ウドガ地方の名前でしたよね?」
「そうで、ここウドガのものが多くきてたのがあって」
「そうでしたか、しかしいい名前ですね。みなさんきっとリグガダベコ様にきっと加護して貰え」
「そういえば、婆さん、あそこの塔にどう入ればいい。」
またもや唐突に話し出すガルシドュース。
おそらく彼が黙るのはいつも何か考えているからだろうか。
老婆が顔を上げた。目の奥に、わずかに躊躇が走った。
「入れ、いや、入ろうとした者も..が……行方知れずで。あれは人が入る場所でない。なぜか時折、音が聞こえるん。中から、お若い方、おやめきなさい。」
「音……?」
リドゥの声だ。
「鐘のような音だったり、子供の笑い声のようなものだったり、あるいは、唄」
ここまで聞いて、ガルシドュースは考え込む。後の話は全て環境音として流した。
(子供..消えて子供たちか...しかし俺がリドゥから聞いた話はすでにあまり効かないかもな。湖があそこだったし、ここがわからないじゃ迂闊に動けない。)
ガルシドュースは考えて深刻な顔をする。
そしてさらに顔を顰める。
(ん..?そういえば魔女は女か?じゃあ泣いた娘が魔女のことってあり得るか?)
突発な考えをまたするガルシドュース。
「...唄...ん?
おいリドゥ。」
「はいなんで...あっ..唄...」
二人はあることを思い出す。
一つは、誰も知らぬはずの唄が、夢の中で皆に語られている。
リドゥの顔色が変わる。
「唄……ですって?」
「ええ。何人もの者が塔から聞いた唄が夢で見ると。同じ旋律を、違う声で……。」
ガルシドュースが、リドゥと目を合わせる。
「……三つ目の条件が……」
(いよいよここがどこかわからない、そもそもさっきの場所も案外夢ぽい要素あったし、そもそも地形変動でくっついたとかふざけたことはねぇだろうな!)
「まぁ、あれだ、こっちの問題だ、それより婆さん、そろそろあそこが村じゃないか。」
五人がついたその先は普通の村だ。
それが普通じゃない。異様な地で普通の方がおかしいに決まっているからだ。
地面は白く、乾いた灰が積もっている。時折、黒い根のようなものが地面から突き出し、まるで血管のようにのたうっていた。さっきまで見てたのと変わらない。
だから恐ろしい、異様なのがある、そこに“生活”があったことだ。
女たちは普通に桶で水を汲む、すごく汚い水だ。
男たちは狩りの道具を手入れしていた。
子供たちの人形らしい、玩具が転がっている。
それを誰かが持ってはあやすような動作をする。
普通の子供相手なら普通だが。
(なんだこれは、すでに恐ろしいぞ、俺は。)
妙な場所で妙に普通な行動を妙なものにしている!そして皆どこか表情が乏しい。無言で、まるで演じているような、生活だった。
老婆──ダニマドが言った。
「すみませんね、外の方。悪い子じゃないが」
「おい、婆さんなんで人形相手にこいつら、あや、あやしてるんだ?」
それを聞いて老婆のダニマドの隣に無言でずっといたダマンゲルが急に跳んできて手でガルシドュースの口を塞ごうとする。すごく強い勢いだった。
ガルシドュースはそれを蹴り飛ばす。
「なんだお前?!」
「ああ!ダマンゲル!なんてことを外の方。」
「お前に聞いているダマンゲルとか言うやつ!話せ!」
しかし返事はない。
「喋れないのか?お前。」
その言葉にダマンゲルは素直に頷く。顔が腫れている。
「...すまん、ごめん...」
そう言ってガルシドュースはダマンゲルに近いては彼を起こす。
「ガルシ、その人、外の人に喋れないっておばあちゃん言ってたよ。」
アスフィンゼがガルシドュースに説明する。
「なっ、本当ごめん。」
「でもなんでダメなんだ。」
「俺が何をした。」
それを聞いて驚いていた老婆は真面目な顔にして神妙に答えた。
「いいかい、この場所で若い人はもうダマンゲルしかいない。」
(..しかいない..?)
「それが?」
「ガルシドュース!考えてください!」
いよいよ見かねたリドゥが声を出す。
(...ん?どう言うことだ?)
「んむぅ...?」
(ああ子供が生まれないのか!)
「...納得してます?」
ガルシドュースの顔を見てリドゥは言う。
「おうよ!」
「はぁ....よかった。」
(面倒ごとにならなくて本当によかったですよ...もう。)
「まぁとにかくいろいろすまない。」
それに対してダマンゲルは“大丈夫だ”と言うように何回か頷く。
ダニマドも言う
「ともかく今晩は止まってきさい、外はいろいろあるからね。」
「おう助かる。」
「ありがとうございます。」
「...?何が起きてるの?」
「あっ、アスフィンゼさん起きました?」
アスフィンゼの言葉に気がついたリドゥが答える。ガルシドュースが地下を出るために力をたくさん使って眠りについていたとアスフィンゼから聞いて、ガルシドュースは暗い顔になる。
それをリドゥは慰めながらアスフィンゼに状況説明をする。
(あぁどうしてこうも...これじゃ子守じゃないですか!)
時変わる。
その夜。
村はまるで祭事の後のように、妙に静かだった。
村の外に広がる赤黒い根のざわめきは、静かさを打ち破るように風と共に耳に届き続け、異物の存在を忘れさせなかった。
(うぜぇ!)
ガルシドュースら三人は、ダニマドの勧めで村のはずれにある空き家に泊まることとなった。かつては誰かの家だったに違いないその建物は、今では埃と沈黙だけが住まう場所になっていた。
「……あんたらにゃ悪いが、今夜は眠らん方がいい。」
そう言い残して、ダニマドは小さな灯りとして蝋燭をひとつだけ残して去っていった。
「んなことしてたら死にそうだが。何が外でないでしかも寝んなよだ。」
ガルシドュースは眠そうな顔で愚痴を漏らす。
その背は壁掛けて座り込んでいた。
その隣にリドゥはアスフィンゼの側で彼女に布をかけていた。
そして次第にその顔が曇っていく。
「……ガルシ、どう思います?」
「塔の正体か?」
「それもですけど……あの村人たち、何か……演技してる...と言うより、おかしいみたいじゃありませんでした?」
「いや、俺も感じてた。生活を“している”じゃない。“して見せている”。誰に、何のためにかは知らんがな」
「正直に気味悪い。」
「塔を見に行く」
「は?今からですか!? ダニマドさんに“出るな”って言われたばかりじゃ──」
「だからだ。奴らが何かを隠してるなら、それは夜だ。決めた。それにあの変なセオリクにあったのも夜だった。あれで見たものが俺に警戒をさせた。ならここもきっとおかしい。」
「えぇ..?いくらなんでも、見つかったらまずいですし、ほぼ決めつけじゃ」
「なら何もしなくてもいいのか?あそこで何か得た、ここでも何かは得るはずだ。」
「俺は子供たちを助けたい。」
「ガルシドュース...」
「お前は憧れていたんだろ?英雄譚で、勇ましく囚われし民草を救う話。」
ガルシドュースは急に燃え出す。
(この空気..気流、外すらも感じるぞ!)
以前より神術の扱いがうまくなった今、ガルシドュースは視界のない場所からでも外を“見れる”
そして遠く、塔の輪郭がかすかに“見える”
それは夜の闇の中で、あの黒い塔が空に溶け込んでいた。その先端はほんのわずかに赤く脈打っていた。
「うぅ...」
アスフィンゼが苦しそうにしている。
それを聞いてガルシドュースはすぐさま火を消した。
「うっ、ごめん、忘れてた。」
(そうだった俺が使えば、アスフィンゼが大変なことに。)
「だい、だい、大丈夫...だから...」
(もうこれ以上は...)
「リドゥ。ここを頼む。アスフィンゼを守れ。何かあった背負って逃げろ。」
ガルシドュースそう言っては次に覚悟した顔で話をした。
「俺はこの地を救う。」(そして最後には子供を口実にこいつらが隠してるだろうな...んんと、食料に水を全部だ。)
「……わかりました。でも気をつけてくださいよ!」
リドゥもやがて覚悟したか、それとも仕方なくか、ガルシドュースの顔を見ては同意した。
「言われんでもな。」
(こっからは神術なしでも、それで使える武器、それなしでもやってやる。俺は神術をなるべく使わないことを誓う。)
ガルシドュースは心の中で自分に語るように、問い詰めるように、繰り返しては決意する。
ガタ
扉が開く音。
ガルシドュースが扉を開けると、灰の舞う地面を静かに歩き出した。
塔に向かう道すがら、彼は何度も足を止めた。見張りがいるのではないか、罠があるのではないか──そう思ったからではない。
経験上からだった。
村全体が、何か“異様な意志”に包まれている状況はまずい。
もしかしたらあれほど穏やかに見えた住人たちの気配が、まるで夜になると恐ろしいほどに裏返るんじゃないかと気がしてならなかった。
だが、見張りはなかった。
(経験上は戦闘とか始まるはずだが...まだか?)
警戒しながらもガルシドュースは、その何度も繰り返し神術を使って強化された身体能力で走れば、それでに時間は掛からない道のりであった。
すぐ塔の根元近くまで辿り着く。
しかし、近づくほどに、その異様さが見える。
塔の表面には、読めないか、意味を持たないか、意味を持つか、よくわからない模様が無数に走っていた。
そして──
唄が、聞こえた。
少女の声ようなだった。
優しい、懐かしいような声で、知らぬ旋律を歌っていた。
「……っ!」
頭の奥に痛みが走る。目の裏で、なにかが“開きかける”感覚。
(記憶が戻った時と同じだ!いてぇ!)
階段が浮かんだ場所を破った時のような頭痛がガルシドュースを再びに襲う。
塔の根元に、何かある。
(なんだろう、何かあるんだ。)
彼は手を伸ばす、それが塔に全然届かない距離でも、彼は手を伸ばす──
音がした。
すぐ傍の地面から、黒い根がせり上がってきた。
灰を踏みしめるその音は、一つ。思うことに、軽い。
現れたのは、女に見えるものだった。
声の主だろうか。
白い衣に、黒い髪を背に垂らし、顔立ちなんとなくと整っている気はする。それより気になるものがある。
だが目がなかった。いや、目の部分に“何もなかった”。
(今まで見た怪物!?同じ!?)
空白だった。
空白だった。
空白だった。
驚くべきじゃない。
そこまで驚くべきじゃない。
そこまで驚くことじゃないはずなのに。
ガルシドュースは動けないほどに驚いていた。
次に。
その女らしき存在が、塔を見上げる。
そして、小さく、口を開いた。
「……また、誰か来たのね」
ガルシドュースは身を固める。
いや、固まったと言うべきか。
「次は……誰を、連れていくの?」
「信じる人なの?」
そう何かを言っては、塔の中へと、女らしき存在は溶けるようにして消えていった。
壁にそのまま溶け込んだ。