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第30話 洗礼

塵飛ぶ光景。


 「オラァ!オラ!」


叫びと共にガルシドュースの拳が塔の肌を穿ち、古びた構造が軋みを上げて砕けていく。破片が飛び、木の根のように伸びた黒い管が飛び散る。


そして塔がガルシドュース向きに倒れる。

とても素早い。

まるで攻撃のようだ。

(やはりそうか、悪運は味方している。俺の攻撃の衝撃で吹っ飛ぶどころかこっちへ倒れる!)


ガルシドュースの思うことみたく、どうやら塔には衝撃を別の方向へ向かせる構造があるらしく、そのままガルシドュースが打ち込んだ方へと、ではなく、というよりガルシドュースを狙って突っ込んできた。


落下の衝撃と共に、湿ったものが叩きつけられる。


感じたのは一瞬。

過ぎた時間もおそらくは一瞬。

 目を開けた瞬間、周囲に広がっていたのは“無音の迷宮”。壁も床も、どこまでも黒く、どこにも出口がない。まるで塗り潰された洞穴のようだった。


(掴んできた。なんとなくだが。)


あたりを見渡しているガルシドュース。

彼はこの場所の共通するところに気がついているようだ。

何か大きな無機物が必ず置かれるということに。


(設計や構造はにていた。どれも外から中に入れて。入るまでにそれは戦う力を有する。前のは老化で、人を怪物に変えていく。)


「...ならここは...」


深く息を吸い込む。とても臭い。


(腐臭……鴉か...)


かつて猫の宿屋にて、ガルシドュースらは分析をしていた。そして三つあった。


一つは、丘の上の娘は、父の死を経験していないのに泣いている。


一つは、南の聖堂では、建設された記録のない塔が聳えている。


一つは、誰も知らぬはずの唄が、夢の中で皆に語られている。


しかし、どうもおかしかった。

分析していた。ことが全て、どの場所でも思い当たることがあった。

ならばこうした場所は繋がっていたか。


(初めは、地下水がある場所に落ちた。俺が水音を聞いたのもあるし、リドゥが『それである時に人は草を見てそう地下水脈を調べるなんてこともあるんです。』 って言った。)

 考えを深めるガルシドュース。


(でもやはり、以前の転送の続きもあって唐突に思える。)

 しかし今回のことで理解はした。

必ず、この地において、変な場所へ移転させる、何か攻撃手段を持つ無機物がある。これだけは共通していた。


(問題は、これがどうやれば、今この場を脱出して、破ることが一緒にできるかだ。)


 ガルシドュースが前にあった石碑を破れたのは、運が良く、自身が持つ記憶を出したおかげで破ることができた。しかしもう、正直、ガルシドュースは、彼は自分の運にはもう自信がない。


 (運が最悪だ、悪運だ、どん底だ。どうやればことを活かせる。)

しかし案外に考えは前向きになっていた。


(臭いな...さっきから、ん?腐るもの....鷹に捕食されるとリドゥのやつが言っていたが..まさか。)


何かが旋回している気配がある。

見えないはずなのに、視線を感じる。


 何にやらいるか。

(いいや、ここ最近見えないものが多いな。急に変な唄もする。)


(...唄?)

 やはりガルシドュースには引っかかるものはあった。

地火風水とか、循環とかで、分析した三つの場所がに繋がりがあることをもう知っている。だがなぜどれも、こうも記述にある要素を全部持っているんだ?


(まるで...誰かに、誰かの作ったものを作り直したようだ。)


(まるで……誰かに、誰かの作ったものを作り直されたようだ。)


自分の考えが、まるで濁った水の中に放り込まれたように、ゆっくりと、しかし抗えない速さで沈んでいく感覚があった。


 それぞれが異なる場所に存在しながら、“同じ現象”を引き起こしていた。



本来、あるべきものが、あるべきでない姿で存在してしまっている。


(原型を歪めた意志……“ザルミ・グラドゥン”と、似ているな。)


“ザルミ・グラドゥン”

ふと言葉が出てきた。

生まれ変わることを強要される儀式についてだ。

あまり覚えていないが、いや、思い出していないのか?

確か何かと...名前も捨て、神の姿となるための過程。

明確にと、目的があった。


(だがここのは違う。受ける、受け手、中に入るものが名前を与える。与えないといけない。

同じ部分ももちろんある、むしろ向こうから偽者の自分が出ては、こっちの名前まで奪おうとする。)


しかし意味はあるはずだ。

ザルミ・グラドゥンのように、儀式なら意味はあるはず。

何か目的はあるはず、強くなりたいとか、そういったのが。

人がうちに住むように。

建物が築かれたことで、守るべきものがあったはずだ。




(……何かが、別の用途に書き換えられた。)


 ガルシドュースはこの感覚を、どこかで味わったことがある気がしていた。


そうしてはいけないものを無理やり書き換えたことを味わったことがあるはず。




腐臭がまだまだ濃く。


旋回する何かが、まだいる。


ひとつ思考が浮かぶ。

これはひとつ“神の遺体”になる模造儀式ではないか?



 神は腐らない。しかし人間ではそれは理解できずにいた。

ならば腐る人間を無理やりにでも神にすればその暗示は通じるはずだ。

言うなれば魔法における、血肉系の魔法だ。

(ん?魔法って...俺そんなこと知ってたか?)


 (まぁ、うだうだ考えても仕方ない、そろそろ感覚もここに慣れてきた、感覚であたりを観測もできたし、行こう。)


そう、ガルシドュースはただ考えていたのではなく肌で、感覚で、体を慣らしながらこの場所にいた。


 ひとつ前方に倒れ込んでいるものを発見。

セオリクだ。


(この男もやはりきていたか。)


「おい、起きろ、セオリク。」

なぜかガルシドュースは敵対していた彼を起こした。

「その悪運貸してもらうぞ、お前に出会ってからの俺の悪運はまだまだ必要だ。」

どうやら、まぁ、セオリクと同伴するだろう。

(悪運よりも運がない方が恐ろしいからな。)

とのことだ。


時刻も周り。


騎士が男、セオリクの瞼や、いなや、それが、わずかに震える。


 「……う、うぐ……此処は……」


 「地獄ってほどじゃねえが、似たようなもんだ。」


ガルシドュースは手を差し出す。セオリクがその手を掴む。

手を取っては。セオリクや、騎士や、上体起こしてそしては見回す。黒い壁から黒いあたり、きっと腐敗しては、鼻滲む、奥方から飛ぶ飛鳥なる気配する。


 「いい加減その喋り方やめろ。きついだろ。俺に、俺たち。」


 「騎士ぞ。」


「だいたいなんだよそのぞぞぞって、お前。別にバカにしてはないが、話しにくくないのか?」


「....うむ、しかと受け止めたが、納得はしていない。」セオリクはそう頑固な男。

もし誰かある個人が変わらないとすれば、きっとこの騎士なんだとガルシドュースは考える。


 「わかった、その代わり俺にとって、勝手に変換させてもらうのも自由だ。」


「...それは誰にいっているんだ?貴殿は?」


「ほら効いた、自己暗示の結果だ。」


 「はて?それはなんだ?如何様なんだ?奇妙な男だ。」


(...これ効いてるの?本当に?暗示。)




 ガルシドュースとセオリクは、腐臭と共に満ちる無音の闇の中を歩いている。

先ほどよりも話をして仲は深まる。


「....」

「っ...」


深まっているはず。


「....知ってたか?」

深まっている..?


歩いてしばらく感じるのは嫌な感触。主に足の方から。

 足音が吸い込まれる。地面は濡れているのか、滑りやすく、たまに粘つく。

ガルシドュースはこれに思うことがあった。

(何か血肉で出来たものじゃないといいが。何とも言えないな。)


「ん、ん。」

「それで、セオリク、さっきから何を考えていたんだ。」

「……先ほどの塔に潰されて居まいなら、此処へじゃ来れぬというのか?貴殿。」


「そうだな。基本的にこういう流れだ。」


 しばし、沈黙が続いた。第三者がいればきっと気まずく感じるだろう。

しかし二人にはしっかりと目的はあった。今は、言葉よりも、気配に集中していた。


 ──ぴしゃり。



 何かが頭上を舐めたような音。血ではない。羽ばたきか、それとも腐った皮膚が壁に擦れる音か。


 セオリクが剣に手をかける。


「……これ、何ごとか」


「ああ。いち大事だ。しかもあれは……見えない。音だけ、圧迫感がすごいな。だがそれだけじゃない。」


ガルシドュースは静かに立ち止まり、壁に手を当てる。

その瞬間、掌に感じたのは“心音”だった。何かの臓器が鼓動しているような振動。


「……生きてるぞ、この迷宮もう。いや、“誰か”が、この形になってる。複数いるかわからない。」

(外にいる時からおかしいと思っていた。いろいろと生きている外見をしていた。)


「俺たち、誰かの中、あるいは何かの中にいる。」


「内側……臓腑か。」


 セオリクの声が震える。そのことは、ただの例えであってほしいか、そうでは済まなかった。

「なんて、悍ましい!」

いや、顔を見ると、憤怒の形相を見せたから、おそらくは、恐れはなしてないようだ。


ズズズと音がする。

 壁が脈動している。黒い液体が、血のように天井を這って流れている。そして、空気がじわじわと“重く”なる感覚。


不意に、唄が響いた。

 言葉にならない、しかし懐かしさと恐怖を抱かせる、子守唄のような抑揚。


 「ナ、ナ、ナ、ア、レ、シ……グ、ル……」

だが音が何処からも、いや、そこら中に充満してはまともに聞けないし、妙な騒音でしかない。


 視線を巡らせると、闇の向こうに、微かに“人影”がある。女のような影だ。


黒い布を纏い、顔のない何かが、空中で浮遊していた。

 “影”はゆっくりとこちらへ滑るように近づいてくる。と思ったら違う方向に行った。

口元のない顔からは、あの唄が流れ出ている。


「問うぞ、セオリク。もし、目の前に“自分の皮を被った別の何か”が現れたらどうする?」


「……斬る。迷うな。」


「正解だ。だがこの場合……皮は“俺たちの中にある”。外からじゃない。内にある。」


少しばかりの会話を経て二人はまた歩み出す。

同時に思考も止まらない。


ガルシドュースは思う。

(わかってきた、矛盾とは、矛盾は簡単に解決しない。異変がまだ起こっている。それが証拠だ。)


 矛盾が解決しにくいのは当たり前だった。

喧嘩の仲裁だった、なかなか進まないし、出来たからって完全に心残りがないようにするのはほぼ不可能だ。


そこで。

ガルシドュースの思うことはひとつ。

以前『謎を解け、魔女を救え、鉄の蹄から。』と言われた時を思い出している。

その時の言葉『相対する矛盾を見つけ出せ。』を理解し始めている。

今まで、三つの場所は遠く離れていて、そうなっているから、一つの地を解決すれば、その地の異変もなくなり、良きなると確信した。

だが現実はそうはいかなかった。解決するなら、なぜ、セオリクに出会った時の声がまだいる。

段階的にことを解決しているのか?

まるで脚本通りにガルシドュースは動いていたのか?

 (セオリク、お前はいったい、何処へ向かう。誰に味方する。)


いよいよと、セオリクについて不信感を隠せないガルシドュースであった。


ガタ


何かをガルシドュースたちが踏んだ音。


 二人の足元には、骨が沈んでいた。

沈んでいたというなら、何か水はあるだろう。

しかし、それはあまりにも嫌なものだった、血と肉の水たまり、いや湖というべきか。


骨以外だと肉の上に鎧が半ば溶け、皮膚と融合しているのがあったりする。しかもたくさんだ。


「ガルシドュース……こいつら、変わってるぞ。」


 セオリクが指差す。

 倒れている遺体の一つは、微かに、動いていた。

 まるで何かを模倣するかのように、何度も同じ間隔ですごく小さな振動を繰り返している。


「これは……儀式だな。」


 ガルシドュースは歩み寄り、呟く。


 「同じことを……何度も繰り返す。

うっ、“ザルミ・グラドゥン”か 

  誰かの“神の姿”に近づくために、模倣してる。」


「いやザルミ・グラドゥンに、似ているが、もっと……ずれている。」


「なっ。」


 「貴殿?」

「大丈...ぶだ。」


(嫌なものを見た。)

足跡だった、人の。

いつもなら驚かないが、おかしい場所に知っているものが出てくるのは恐ろしい。

未知が拡大してしまうからだ。誰かに見られていないか、そういった未知。


『記憶が釣り合わない恐怖のようだ。』


以上のことがなぜかガルシドュースの頭に浮かんだ。

(知らないのは怖いが、知るまでの道のりはもっと怖いかも。)


「ふぅ...」

 隠すように動いた。

ガルシドュースたちは。


そして湖へ入る。

まだ遺体もたくさんある。

やはり循環しているのか、この魔女がいる大地全て、循環しているというのか。


なら前のことも合わせていいか。

(あそこでは、名前を奪おうとする。)

つまり名前を捨てるということの、逆のこと


そう言いてガルシドュースは蹲み込み、地面にある遺体を睨んだ。


(ここでは肉体がたくさんある。死から蘇ることのない死体がたくさんだ。)

ここでは肉体を捨てることになる。


“ザルミ・グラドゥン”


これとは真逆だ。


 いわば精神を捨てる“ザルミ・グラドゥン”


 ここでは肉体を捨て去り、精神を充実する


(結論はひとつ、やはり神への儀式、そしてここまで異形なのもわかる。根拠がある。)

この場所で、神は人の姿と違う、だからそれに近づくには人の体を捨てないといけない。

しかし変化した肉体に精神は追いていけない。

だから記憶を取り込む必要がある。


 ガルシドュースは分析する、いや分析というよりも、自身になぜか出始めた記憶や、経験、知識などで自然と考えがまとまった。


“ザルミ・グラドゥン”

おそらく俺が記憶に持つこの儀式、姿が近い神だ。

そして、おそらくはこうだ。ここでの儀式との逆は理由も同じになる。もう一つの理由。

(肉体でにせずに、精神で似せるから、いらない自己の考えを消し去る必要があるからだ。)


「...で...貴殿」


「はっ!なんだ!」

 「かなり、考え込んでいたぞ、貴殿よ。」


「あぁ、すまない。」

(おかしい、俺はこんな学者気質ではないはず...いや、そもそも学者気質ってなんだ?また知らない記憶がどんどん出てきた。)


「ともかくわかった、説明するから聞いてほしい。」


そうしてガルシドュースは分析して、今一番に重要なことを話す。


 その結果は。


 ここで名前を与えられたものが、神の蛹や幼体、礎となる。

 だがその“名”が失われれば、自我は瓦解する。

 ──“何か”が、それを狙っている。


 「セオリク、もし俺の名を呼べなくなったら……すぐに逃げろ。」


 「そんな戯言はやめてたまえ。貴公が名は、“ガルシドュース”。」


 「言ったな。覚えとけよ……俺は、俺を忘れないために、お前の言葉を使う。」

(しかし偽名だ、ガルシドュースはつけてもらった名前だ。これで効くのだろうか。本当の名前でないと効果はないとしたら?しかし思い出せない。)


思えばあの時、石碑の中を破れたのはなぜだろうかか。

(俺は自分が誰かすらよく知らない。)

今のように考えがどんどん出てくるのに。


 「名を呼べなくなる」という言葉が残響のように、二人の間に重く沈殿していて、静まり返っている。


 無音の闇は、なおも辺りを包む。

脈動を続けていた腐敗の皮膚のような匂い壁が、呼吸するようにゆらり、ゆらりと揺れる感覚がする。


目的もなく二人はまだ歩く、血の湖へ入る。

水面に入った足元に波紋が広がる。


 ──ぴしゃり。

ぴしゃ。ぴしゃ。

 ──ぴしゃり。

ぴしゃ。ぴしゃ。

 ──ぴしゃり。

ぴしゃ。ぴしゃ。ぴしゃ。


「ッッ!」

(三重になっている!足音が!)

ガルシドュースの鋭利な感覚がおかしいことに気づく。


「貴公よ?」

右から声がして、見た。

セオリクだ。話のかけてきたが無視だ。

(足音が多い、まずいぞ)

ガルシドュースはあたりに気を配る。

「貴殿?」

左から声、セオリクだ。

「....ん?」

(さっき右にいなかった?)

左右を見渡してみる。


 ガルシドュースは思わずうねりをあげる。


「んんん??!」


セオリクが二人。

 セオリクに、そっくり。

セオリクがそっくり。


 黒い騎士鎧に、傷ひとつない銀の紋章。

同じ見た目だった。


(あの時と同じ!異変だ!今度は仲間に化けるのか!)


「...ところでセオリ...」

ドッッ!

ガルシドュースが体を横にするように回転してセオリクの方に回る、空中に胴体が飛びセオリクにぶつかる。


そして倒れた二人を縛り込んだ。自分の服を切って、で。


「やはり...肉体の強さは神術持ちではないな。これぐらいすらちぎれないとは。」


「やあ、ガルシドュース。龍よ。貴殿をかく、探して回っていた。」


 「……俺の名を、勝手に呼ぶな。」

 「我が名を語るでない。」


 「なぜなら、それは俺の名前だ。」


もう一つの声が現れた。


 ガルシドゥースと同じ。


「グク・アンデゥン。お前の名前はこれだろ。思い出せ。それともほかのがいいのか。」


 ガルシドゥースの目が細められる。


 「……それは……!」


 「ようやく思い出しはじめたな、ありもしない名前で生きた男よ。」


 「名前に意味はないといけない...そうだ、俺が授ける名前は....うぅぅ。」


 セオリクは構えを取りながら、肩越しにガルシドゥースへ呼びかけた。


 「……敵は、“名前”で、“記憶”で、戦ってくるか、なぜ貴殿はこうも苦しむ。」

「それはむしろこっちの方だ。名前で戦えるのは俺だ。」


「ってお前、なんで?!」


「なぜか外れた。」


「....」


それよりも重要なことがある。

誰も知らぬはずの唄が、夢の中で皆に語られている。

(やっと意味がわかってきた。深層意識だ。深層意識を乗っ取る力をこの場所は持っている。そして俺の深層意識が強過ぎて、推し勝った部分がある。だからヒントをもらえた。)


ガルシドュースが考えている隙に、相手は、影は宙を滑るように接近し、水に足をつけず、手を振るうと物理を無視した剣閃が走った。


跳ねるようにそれを避け、セオリクは正面から模造と刃をぶつける。


 ガンッ――!


 火花が散る。


 だが、手応えが軽い。セオリクの方の手ごたえが軽い。


ドー

セオリクが吹っ飛ぶ。


(いや、待て、本当にこいつがセオリクか?まだ縛られている方は本物の可能性だってある。)


ガルシドュースは警戒していた。


「どちらが……どっちだ?」


 ガルシドゥースの瞳が爛々と光る。血の湖面に映る二つのセオリク、そのどちらもが本物のように見えた。

一人は縛られている。もう一人は、吹き飛んだ。


「くく……面白いな。グク・アンデゥン。どうする?こいつは本物だったら?仲間を死なせるのか?」


「...仲間と呼ぶには難しい関係だし、お前も俺を知ってたなら、その挑発は効かないって知れ。」


言い終わると同時に、彼の左腕が爆ぜるように膨張し、雷鳴のような衝撃波が発生した。

(これがグク・アンデゥンという存在の記憶か。応用すれば、体の一部だけ、前にあった、すごく強い時に戻せる。)

ガルシドュースが言う“名前”で戦える。それはこう言うことなのだろうか。


やがて衝撃波も止み、その腕は皮膚が変わっていた。手にある鱗のような皮膚がある、あそこにとても似ていて感じとなっていた。


 「…で、どっちが本物?」

「簡単だよ。」

「このまま俺が暴れて、こければ本物だ。」


(セオリクが持っていた力、何処まで発揮してくれる!さぁ頼むぞ、騎士。)


そしてガルシドュースは水を叩いて上空に飛ぶ、水中では走りずらいから、動きやすい腕で水を叩いて移動した。


そして湖はその反動で激しく揺らめく。

 座っているセオリクにも水がビシバシと、ばちばちにあたり。溺れそうになる。

もう一人の立っているセオリクはぐらつき倒れる。

それを見過ごさないガルシドュース。

(強さは本体と同じか?演技か?)


 水面が荒れ、赤黒い飛沫が空中を舞う。


 「……演技か否か、確かめてやる」

さらに体を捻る。

「バカめが!そんなことまだ気にしていたなんて、俺を忘れたか!お前!」

 「バカはお前だ。」

偽物のガルシドュースの顔に本物のガルシドュース足がめり込む。


「うぐわぁー!」

 (警戒して正解。こいつ、俺と考えを一緒にしていた。だがグク・アンデゥンの記憶はこいつには伝わらない。そいつの記憶にある場面をこの場所に見立てて行動させてもらった。)


「...そして先ほどの考えもグク・アンデゥンのもので、今からの自白も彼がかつてやったことだ。」


 「ばっ、ばか、ばかな、そんな手があったなんて。」

偽物はガルシドュースの方を睨みながら言う。


ガルシドュース本人はと言うと、転んで尻餅ついている。

やがて偽物が見ていた視線の先に黒い根のようなものが刺す。

「...セオリク?」

(不運が味方したのか?)

ガルシドュースはまたもや訝しむ。


 (……“矛盾を見よ”。だったか?そうだ、矛盾こそが答えへの鍵。俺の今の行動だって矛盾していた。攻撃でも逃避でもない、命取りになるはずの、転んだという事実が逆に俺を助けた。)


「...セオリク..」

(やはりあの男が鍵となるのか?)


二人いる、同じ姿、同じ声。


“どちらが本物か”という引っ掛けのような問い。

その問いの裏にあるものを、ガルシドゥース──否、グク・アンデゥンは感じ取っていた。


 (……俺は、ここを知っているさ。)


息が苦しくなるほど、古い記憶。

誰かに教わったような。いや──自分が教えたような。


「...魔法で...儀式で二人をひとつにすればいいんじゃないか。」


あまりにも残酷な考え、人を一つにするだと?


どうせ朝起きた時の人だって、昨日と違う髪になっている。


「..寝とる時は考えとか感覚すらもないから、別人になったのも気づかない。」

別に残酷でもなんでもない。中身や構成する体が変わらないなら。

(魔法でならできる。欲しくないとも思うものがどれかと確定してなくても、人間のままであってほしいとかなら、それ以外いらない部分全てを儀式に使える!)


「バルシオ・ドゥグナ ニリマ バリブル・ガルド。

我が命とおまえの命を溶かす。



ザルミ・ユグラ ニリマ グレン・ザルガス。

星の守りの下、印を刻む。



グルオム・ザルガン ニリマ エルガ・バルシオ。

血と名を混ぜ、新たなる命を鍛える。」


 「……!? 何を言っている……それは……!」

「...ん、貴殿何を。」

「これは何ようか?」

ガルシドュース以外が同時に声を上げる。が、遅い。

ガルシドゥースは血の湖の水を掬い、唱え続ける。


 血の湖が、揺れた。


血が飛び散る。

骨が鳴る。

皮膚と意識が再び被り、ねじれる。


 (思い出すんだ……グク・アンデゥン……これはお前が作った儀式だろ……!)


やがて、血の湖の中心に、ただ一人のセオリクが残った。


しかし融合はしていない。

なんと彼に飛んできた血肉はなぜか遠くの壁に叩きつけられていた。


「また転ばしたのか、セオリク。」


 「貴公、邪に落ちたか!」

怒り顔のセオリクは言う。

「やはり、お前には神術と同じ力を持っていた。薄く感じていた。気のせいではない。神術と同じ感覚がしていた。」


「そのためにこうしたのか!」


 「ごめん、だけどどうせ、残るのは本物だし、なんなら意識が取って代わられて、偽の体に突っ込まれてたとしてもこれで生き返れられる。元に。」


「魔法使いにいうことはない!」

 「ごめん。」

(しかし、やはり神術か?魔法が効かないのはそれしか考えられない。だが神術の反応がある体にも見えない。いったい?)


 「おい俺を...うっ」

「お前はもう死んでるんだ。」

そう言われた偽物のガルシドュースは爆ぜた。


(神術の燃え滓でも、魔法に使えばいい威力だな。二人分どころか、三人、いや、十人はいけるぞ)


血の湖の波紋が静まり、腐臭漂う無音の迷宮にガルシドュースとセオリクの荒い息遣いだけが響く。


ガルシドュースは、グク・アンデゥンとしての記憶が頭の中で渦巻くのを感じながら、セオリクをじっと見つめる。


セオリクもまた、剣を握る手を緩めずにいた。


 二人の瞳には仲間への信頼が宿っていた。二人には、互いを疑う理由はない。この血と肉の迷宮で、共に戦い、生き延びるために信頼し合わないといけないからだろうか。


「さっきほど……魔法か?」

セオリクが低く問いかける。声には警戒が滲むが、敵意はない。

しかし魔法とセオリクは言うが、おそらくは騎士物語に出てくるものと勘違いはしている。


ガルシドュースは血の湖に映る自分の姿を見下ろし、ゆっくりと答える。


「あれは……グク・アンデゥンの記憶だ。あいつは誰か、俺が何者か、わからないまま出てきた知識だ。


「なる、」

セオリクの話は半分に遮られる。

「けど、効いたろ? 偽物のセオリクは消えた。少なくとも、今のお前は本物だ。我が友。」


セオリクは眉を上げ、軽く鼻を鳴らす。

「本物、か。貴殿のその妙な呪文で、偽物じゃなかったと証明されたわけだ。これ、これ、いや、いかに、これは感謝すべきか、腹立たしいか、悩むところだな。」


「感謝でいいだろ。生きてるんだから」

ガルシドュースは軽く笑い、血に濡れた手で髪をかき上げる。だが、その笑顔は、いつもと少し違って見える。

彼は水に映る自分を見てそう思った。

グク・アンデゥンの記憶、そのことが彼に重くのしかかっていた。名前、儀式、深層意識……この迷宮の全てが、いや、これまでの全てが彼の過去と繋がっている気がしてならなかった。


「さて、どうする?」

セオリクが周囲を見回しながら言う。黒い壁は依然として脈動し、遠くで聞こえる子守唄のような唄は、不気味に空気を震わせている。

 「この場所、まるで生き物の臓腑だ。抜け出すには、何か仕掛けがあるはずだ」


ガルシドュースは頷き、グク・アンデゥンの記憶を頼りに思考を巡らせる。


「この迷宮は、ただの場所じゃねえ。『ザルミ・グラドゥン』……いや、それとは逆の儀式だ。ここは肉体を捨て、精神を高めるための場だ。だが、精神を高めるには、まず『名前』を奪われる。俺たちがここに閉じ込められたのは、きっとそのせいだ。気持ち悪い。」


「名前を奪う?」

セオリクが怪訝な顔をする。


「貴殿の名前はガルシドュースだ。我が名はセオリク。それで十分だろうよ。何を奪われるというんだ?誰かから記憶されておるだろうに。

「十分じゃねえんだよ。」

ガルシドュースは血の湖に手を浸し、冷たい感触を感じながら顔にかけた。

(少し目が冴えるな。)

「この場所は、俺たちの『本当の名前』──深層意識に根ざした、俺たちが忘れた何か──を欲しがってる。グク・アンデゥンって名前みたいなもの。」


「ん?」


 「つけてもらった名前じゃない、受け継いだ名前が重要だ。俺がかつていた灰の地ではそうなっていた。自分だけが知っているのはダメだ。


そしてなんとなく俺はこの地が、わずか一週前までいたかつての場所に似ている気がする。

(なんでだろうか...)


セオリクは黙って聞いていたが、やがて剣を鞘に収め、ガルシドュースの肩に手を置く。

「なら、貴殿の名前を呼ぶ。この騎士、ガレヌ・フォデ・グリオス・セクリオ・ド・ラングシェ、が言う、ガルシドュースだろうと、グク・アンデゥンだろうと、仲間よ。それで十分か?」


 「我にも隠れていることはある、故に貴殿はこれ以上悩むのではない。」


ガルシドュースは一瞬驚いたようにセオリクを見上げ、苦笑する。

「騎士らしいこと言うじゃねえか。……ああ、十分だ。行くぞ、セオリク。この迷宮をぶち破る」

聞いてセオリクは顰めっ面になる。

「我が名はガレヌ・フォデ・グリオス・セクリオ・ド・ラングシェぞ。せめて、グリオスと呼びたまえ。」

話は進み。

二人は血の湖を進む。足元では骨が沈み、肉と鎧が溶け合った異様な遺体が点在する中、ガルシドュースは頭で考える、グク・アンデゥンが知っていたこと──この迷宮は、誰かが意図的に作り上げた「神の模造」のための装置だ。

(おそらくの分析となるが、何度もなる。)


ただ以前にガルシドュースが分析したことが確信してきた。この地は。

人間を神に近づけるため、肉体を捨て、精神を別の存在に書き換える。そのために必要なのは、自我を砕くこと。名前を奪うこと。足りない自我が砕ける前に交換しないといけない。

(俺が無事で入れるのも大量な記憶があるからか...なら)

セオリクを見るガルシドュース

(こいつが無事なのはなんでだ?いや疑うなもう。まず目の前に集中するんだ。俺の性格を記憶に飲まれるな。)


「セオリク。」

ガルシドュースが急に声を低くする。

「この迷宮は、俺たちの記憶を食い物にしてくる。さっきの偽物みたいに、俺たちを騙して、名前を奪おうとしてくる。もし俺が変なことを言い出したら──」


 「斬る」


セオリクが即答し、ガルシドュースの言葉を遮る。

「だが、貴殿が、貴公は本物なら、我が剣は届かん。安心したまえ。」


ガルシドュースは笑い、鎧をつけている拳を軽くセオリクの胸に当てる。


「ふっ。」

「頼もしいな、騎士。なら、俺もお前を信じるぜ。」

(久々だな、戦える仲間を共にするのは。)


その時、湖の奥から再び唄が響く。

「ナ、ナ、ナ、ア、レ、シ……グ、ル……」

今度ははっきりとした声。女のような影が、闇の向こうから再び現れる。黒い布を纏い、顔のないその存在は、ゆっくりと二人に近づいてくる。唄はまるで意識に直接語りかけるように、頭の中で反響する。


「構えろ!」

「また来たか、貴殿。」


「気をつけろ、謎とかが効かなかったからきたかもしれない。こいつが出るたび何か嫌なことが起きる。」


ガルシドュースが身構える。


 「セオリク、剣を構えろ。こいつは普通じゃ倒せねえかもしれない。石碑と同じ性質なやつのはずだ。」


セオリクは頷き、剣を抜く。だが、その手が一瞬震えた。

「ガルシドュース……貴殿の名前、確かに呼べる。だが、なぜか……わ...俺の名前が、頭の中で霞む。」

ガルシドュースの目が鋭くなる。

「くそっ、始まったか。セオリク、俺の名前を呼べ! 俺もお前の名前を呼ぶ! 絶対に忘れさせるな!」

「セオリク!」

「ガルシドュース!」


二人の声が重なり、湖面に波紋が広がる。影は一瞬動きを止め、唄が途切れる。だが、すぐにまた近づいてくる。空気が重くなり、壁の脈動が激しくなる。そう気がした。

まるでこの場所そのものが二人の抵抗に反応しているかのようだ。


「セオリク!」

ガルシドュースが振り返らずに言う。

「お前、前に言ってたよな。『切るべきものを斬る』って。あれ、何を意味してたんだ?」

セオリクは一瞬黙り、血の湖の波紋が静まる音だけが響く。やがて、低い声で答える。

「なぜ今、いやいい、承知した。」

「罪を問わぬ。それが騎士の務めだ。だが……この地には、斬るべきものが多すぎる。魔女も、魔物も、悪党も、そして、俺自身も、だ。」


 「そうか、そういえば、セオリクには切るべきものは見えているか?」

「全てではない、何より、今なぜ構える必要があるかも正直見えない。」


「見えない、か。なら、俺が教えてやるよ、敵だ!」


ガルシドュースの声が血の湖に響き、波紋が一層激しく広がる。

そうしてセオリクが剣を強く握り込む。


「行くぞ、セオリク! 俺が突っ込む、お前は後ろから斬れ!」

ガルシドュースは血の湖を蹴り、跳躍する。水面が爆ぜ、赤黒い飛沫が舞い上がる。彼の身体はまるで風のような敏捷さで影に迫る。

影は反応する。


黒い布が風もないのに揺れた。そして影の周囲から無数の黒い触手が伸び、ガルシドュースを絡め取ろうとする。


ガルシドュースは左腕を振り上げ、鱗に覆われたような腕で触手を叩き切る。



斬ッ━━━━


 血の湖が揺れ、渦の中心から現れた巨大な異形が咆哮を上げる。その姿は黒い液体で形成され、無数の目が蠢き、背中からは触手が歯車ように混ざったよう感じの器官になる、そしてガルシドュースを遠くへ薙ぎ払う。

女はその上に浮きやがて後ろに引いた。触手の中へと入った。


 やがて迷宮全体がその存在に呼応するようになったか、腐臭が一層濃くなる。


「うっ...」

思わずにガルシドュースはその悪臭に顔を顰める。

しかしなおも左腕を握りしめ、血の湖で波紋を起こす大きな異形を睨む。


彼の目は鋭く、グク・アンデゥンの記憶が頭の中で渦巻く、そして囁くように、『悪運時にして幸運だ、そうとは思わんかね。』

(は?記憶なのに話しかけてきた!?)


驚いてあたりを見渡す。


セオリクは剣を構えているが、その手はわずかに震えている。

恐れからではなく、重さに対してのようだ。

戦い慣れしていない彼の動きは何処かぎこちなくある。

姿はこそは堂々としているが、何度も足元が滑りかけて、血の湖でバランスを崩しそうになる。


「くっ……この湖、足を取られる!」

彼が呟くや否や、つまずいて膝をつく。湖面に波紋が広がり、赤黒い飛沫が飛び散る。

「セオリク! また転んだか!」ガルシドュースが笑いながら叫ぶ。

「気をつけるんだぞ...」

(そうか、記憶が話したんじゃない、俺が、最適な記憶を見つけ出しただけだ。勝手にだが。)

そう考えて彼はセオリクの不器用さを戦術に組み込むことを決めた。

セオリクが転ぶ隙に、敵の注意が一瞬そちらに向く。きっと何か惹きつけるものはあるだろう。

その隙を、ガルシドュースは狙った。


 やっと反応して巨大な異形が触手を振り上げ、ガルシドュースを絡め取ろうとする。だが、彼は血の湖を蹴り、跳躍。鱗の左腕がまた簡単に触手を叩き切る。

斬られた触手は落ちて、湖面が爆ぜ、骨と肉の破片が飛び散る。


「我もゆく...」

後ろでセオリクの声がして。

セオリクは立ち上がり、剣を振り回そうとするも、足元が滑り、再び転倒。

だが、その瞬間、異形の触手の破片の一部が空を切り、セオリクの頭上をかすめる。

「今だ!」セオリクが叫びながら剣を突き刺すと、触手の破片には刺さらず、滑るようになってた。

しかしなぜかそれは天井と思わしきところに当たるようになって、天井が少しぐらつく。

セオリクも破片の衝撃で倒れる。

おかげで飛んできた触手の攻撃は外れた。


一方で。天井ががぐらついたことを見たガルシドュースはそれを見逃さない。

再び跳躍して、触手を踏み台にしながら、天井に蹴りを入れるつもりであった。

天井が頑丈でないことに気がついたのさ。


ここで、影が再び現れ、黒い布を纏った顔のない姿が湖面を滑るように近づく。唄が響く。


その声は意識に直接突き刺さるようで、ガルシドュースとセオリクの意識を、意識を構成する記憶を揺さぶる。

セオリクが叫ぶ。「ガルシドュース! この唄、頭が……!」

「俺の名前を呼べ、セオリク!」

ガルシドュースは天井に拳を叩きつけ、衝撃波が拡散して、天井が大きく崩れるように落ちていく。

あたりが揺れ、影の唄が一瞬途切れる。

「ガルシドュース!ガルシドュースだ! お前はガルシドュースだ!」

「セオリク、騎士なり!」セオリクは叫びくり返すが、足元が滑り、湖に膝をつく。だが、その転倒がまたもや奇跡を呼ぶ。

血の湖の割れ目の部分にそれは刺さっていた。

微かなひび割れ程度のそれはセオリクの剣で大きく引き下がれる。

血の湖は割れ目に少しずつ吸い込まれるように渦潮が起こる。

異形が咆哮し、触手を動かそうとするが、渦潮の濁流で一瞬だけ鈍る。


 ガルシドュース隙を見ては影に突進し、左腕で拳を叩き込む。

衝撃で影が吹っ飛び、赤い光が漏れ出す。

だが、湖の奥から新たな影が湧き上がり、唄が二重に響く。「くそ、複数か!いや、分身?!」ガルシドュースは吐き捨てるが、彼の頭にはグク・アンデゥンの記憶が閃く。「影は名を奪う。だが、俺たちが影に名を与えれば、逆転できる。本当の名を、取り戻せ。」



 「セオリク! お前のを信じる! 戦え、敵の隙を作れ! 俺がその間にこいつの名前を奪う!」

彼はセオリクを気合いづける。まぁ戦えと言っても、本心はそうでないだろうし、転んで悪運を引き起こしてほしいのが目的だろう。

しかしそうしなくともセオリクという存在は自信に満ち溢れている。


 ガルシドュースは影を避けるため湖の渦に飛び込み、流れに乗り素早く移動する。

空気とかの流れに敏感な火の神術を何度も使った彼にこの流れに乗るのは簡単だった。

だから体力もあまり消耗しないい作戦になった。


血の中で異形の無数の目が彼を捉え、触手が襲いかかる。だが、セオリクが剣を放り投げ、天井に突き刺さるそれに大きなひび割れとを作り、崩落が起こる。

 「すまん!外してしまったぞ。我が友よ!ガルシドュース!」



ドドドと危険な破片、肉とか色々ある。

危険ではあるが。

ガルシドュースに一瞬の隙が生まれる。

「今だ!」ガルシドュースは渦潮の流れの真ん中に拳を叩き込む。鱗状の皮膚の腕が輝き、雷鳴のような衝撃波で湖面が沸騰するように泡立つ。


 ガルシドュースは叫ぶ。「ここで死ねぇ!」

記憶が言っていた名付けなんてどうでもいい。あくまでそれは自身への読心を防ぐのと、心を強化するためだ。



ガルシドュースの一撃で渦潮が強まる、異形は湖の奥に引きずり込まれる。

「出てきた場所に戻るんだな、最初のように。」



やがて湖の渦が弱まり、騒音も途切れる。

ガルシドュースの声の反響だけが迷宮に響いた。

だが、影はまだ消滅しない。

まだ何かをいう。


ガルシドュースとセオリクは息を切らし、湖の中心に立つ。

「…終わったか?」セオリクが呟き、剣を拾いに行こうとする。だが、ガルシドュースに肩を押さえつけられる。

ガルシドュースが言う。「まだだ。」


ガルシドュースは影を見つめる。

セオリクは肩をすくめ、答える。「…承知した。」


「それで頼む。そのまま待ってほしい。」


まず、影の唄を聞くよう、ガルシドュースは目を閉じ、影の唄に耳を澄ます。「ナ、ナ、ナ、ア、レ、シ……グ、ル……」


 結果、いろんな方角から、複数の唄がした。

先ほど見た分身のようなあれには合う。数ではなく。複数いることに合うことだ。


そして位置は....

(ダメだ...)

唄を響かせながら近づいては離れる。その動きは予測不可能。

 だがひとつおかしいのがある。

「...俺たちが来た方向から音がする...まさか...」


「如何様だ?我が友。」

 「まさか、あの時、隣を通り去った、あれは、違う。」


「顔が少し」

ガルシドュースを見て心配するセオリクだが。


「分身じゃない、過去だ!時間だ!」

 「お?!」 驚いて声が出る騎士、セオリク。


「伏せろ!セオリク!」


次。

ガルシドュースは血の湖へ、手でセオリクの頭を押さえていた。


セオリクが立ち上がる

「うっ...酔いなど...うぅ」


腰を低くしてなかなか体を起こせないでいたセオリク。


しばらくしてセオリクはよろめきながら立ち上がった、額を押さえて呻く。「うっ…この感覚、何だ?頭が…ぐるぐるする…」

(強くやりすぎたか。悪いなセオリク。)

「ぐるぐる...?周り。」

 (そうだ、驚いて忘れていたが、いろんな場所から音を聞いて...それで遠くからも何か唄の声がした、それに同時にそれ以外もそこからあった気がする。)

 彼は一瞬黙り、記憶をたどる。自分自身がここまできた記憶をだ。

(俺たちがここに来る前、すれ違ったあの気配。あれは何だった?)


突然、女の影が現れる。近い!

「なっ!こっちに避けろ!セオリク!」

「ナ、ナ、ナ、ア、レ、シ…」唄が加速し、影が一瞬で間合いを詰めていた。

セオリクがこっちにきた瞬間にガルシドュースは拳を叩けつけようとする。

しかし影は瞬時に別の場所に現れ、まるで動きを先読みしているかのようだ。

「くそっ、速すぎる!」

ガルシドュースは構えたまま、影の動きを観察する。(落ち着け、奴の動き…何かおかしい。速すぎる)


 彼は攻撃をかわしながら、唄のリズムに耳を傾ける。「ナ…ナ…ア、レ、シ…」影が動くたび、唄のリズムが微妙に変化する。

(まさかこの唄…奴の動きと連動してる..?)

セオリクにも呼びかけたり、影の攻撃を躱すようにする、そうして、動きで剣は振るわれるこれがあるが、またしても空を切る。

反射にしては早すぎる。


 ガルシドュースは影の動きを追いながら、唄の響きを考えた

(あの女のような影…俺たちを見た時、なぜ襲ってこなかった?あの時、奴は俺たちを無視してこの湖の方向に向かった…まるで、今の俺たちを待ってたみたいに。)

「待っていたのか...?」

「待ってた?」セオリクが影の攻撃をかわしながら叫ぶ。影の水飛沫で、セオリクは自分は、自分に見えないものに攻撃されていることに、気がついている。


影は見えこそしないが、他にはぶつかるようになっていた。

続け様にセオリクが言う。

「はて?どういう意味だ?」

質素な疑問であった。


セオリクに言われたと同時にガルシドュースは影の動きが止まる瞬間を捉える。「この唄…何か変だ。不規則すぎる。いつも変わる、旋律が。まるで…時間の流れがずれてるみたいに感じる。」

彼は影の攻撃を避け、唄に集中する。「ナ…ナ…ア、レ、シ…」を聞いて気づく、それは、微かな「揺れ」があることに気づく。

ある規則か、それに気がつく。決まったわけじゃないのは確かだが。

(今頼れるのはこれだろう。)


(奴が現れる瞬間、唄が一瞬強くなる。まるで、奴が俺たちの動きを…先読みしてるみたいだ。)

そう思い、影の攻撃をかわしながら、唄に耳を傾ける。

(先読み…?まさか、奴が俺たちの行動を知ってるって...?)


(いや、知っているんじゃない。)ガルシドュースは影の攻撃をまだ受け流す、唄のリズムを追い続ける。(この唄…時間の流れを乱してる。奴は俺たちの行動を『ずらして』いるんだ!女の影は、過去の俺たちを無視して、今の俺たちを狙ってた。奴は…時間を操ってる!)


「時間を操る無形な敵だ!」

「時間を操る!?」セオリクが驚愕の声を上げるが、影の攻撃をかわすのに精一杯だ。「嗚呼、なんてことに。」

ガルシドュースは言う

「セオリク、この唄の切れ目を狙え!こいつは俺たちが今いる場所を襲ってはいない、未来を見て過去にあった場所を確認してそこを当ててる。」


「未来..であればすでに外れないのでは?どうかいひ」

「そこ、避けろ。」

「よっ」


「違う、未来を見て過去の存在が今にきて叩いておる。つまり三度手間で大変だと言うことだ。」


 「??????」


「あの時俺は今攻撃しているこれを見た、きた時だ。だが隣を通り過ぎた。と思えば先にはいない、なら考えられるのは、こいつは、自在に時間を飛ばせず、俺が言ったみたいな感じでしか来れない。全部俺が言ったことにあたるとは言わないが。」


 「承知した。」

両者は回避を繰り返し、しかし影は増える一方で距離も縮む。


「…ここだ!」

腕が女の影を捉え、黒い霧となって崩れ落ちる。

はずが、外れた。

しかしセオリクの一押しでガルシドュースの腕が当たった。

「しゃあっ」

(距離を縮めて逃げる場を減らすつもりかもしれないが、逆にお前も回る場所が限られるだろうが、俺らを制限したかったらよ。)

距離を詰められたことを逆手に取ったガルシドュースであった。


唄が一瞬で途切れ、空気が軽くなる。「効いた!」ガルシドュースはそう思った。

「まだだ!」ガルシドュースは警戒を解かない。


なんとなくだが神術を持たないものにあれが当たればまずい気がしてたからだ。


 神術持ち特有の感覚というべきだろうか。


(まずセオリクには剣を取り戻して貰わないと。)


「セオリク、剣を。」

「良いか、我が友よ。」

ガルシドュースは唄の響きを追い、強い脈動を感じ取りながら言う。

「ああ、こいつには俺にしかわからない慣習がある。

唄だ。」


「唄?いかがなものか?」


 「唄を乱せば、奴の時間、あるいはほかを操る力を弱められる。何度も叩ける!」


 言って間もないころ。

新たな女の影が現れ、唄が再び聞こえる。ガルシドュースはセオリクに指示を出す。

「俺に合わせろ!」

ガルシドュースは素早く動き、攻撃をかわすが、彼は唄を読み、隙を作る。

セオリクが躱しやすいようにする。

「ナ…ア…レ、シ…!」


瞬間、唄が途切れることがあるのに気づく。

何度も繰り返して、聞いて避けたから。ガルシドュースには慣れができた。

そして慣れに気がつく。

影がいきなり他の場所に出る前に、唄は一瞬だけ止まるということに気がつく。

毎度、その時には影が凍りつく。時間が一瞬止まったかのように、影の動きが鈍る。


 (その瞬間を掴んで、叩く!)

「今だ!」ガルシドュースが叫ぶ。

セオリクは剣に向かい全力疾走する、唄の脈動が最も強い一瞬を狙う。影が一斉に剣を取るセオリクの前を塞ぐ、そのはずだった。

しかし唄が完全に止まる。

セオリクも止まる。

 セオリクが何か対応したのではなく、剣はまだある、渦潮に乗り上げて飛んできたからだ。


 飛んできた剣が空気を裂き、空間が震える。


影は一斉に剣が当たった。


「...まぁ予想通りだ。」

(やはり、セオリクすごい。しかしこれでひとつまたわかった。あの剣に、神術に近いものがある。)

ガルシドュースがそう思った理由としては、影は他にも当たるが、神術を持つ自分の腕にだけは消えていたからだ。


 (あの魔法で神術の燃え滓を、それを扱ってできた強化された腕だけに、影は消されていた。)

ならばセオリクの剣も神術に関わるはずだ、とガルシドュースは思う。


そうして思惑は色々とあったが、影は消えた。

 二人は周囲を見回す。影は確か消えた。これを確認した。


「問題ない。」 

「然り。」


指差しや口頭確認もした。


 (だがまだだ、塔が壊れない限り意味はない。)


そのためにも互いに意思を伝えなくてはならない。

 ふと思う。耳に聞こえるこの血の流れる音はもう嫌だ。

すぐ近くで嫌な感触ばかりすれば、疲労困憊で仕方ない。


 伝えるべきではないかもしれないが、仲を深めるのにはいいかもしれない。


「なぁ、セオリク、ここでしばらく、場所を変えて、休めるところを探さないか?」


 俺がはいたこの言葉で、暗んくどんよりした、目がチカチカする赤い血の湖すら、今は少しは明るくなった気がする。

ほんの少しだ、なんなら夕日のような赤さですらないけど、我慢できるほどになった。そんな気がする。




 「ふむ、そうしようではあるまいか。我が友、ガルシドュースよ。」


誰か返事してくれたなら、おかしい状況ではない。


「ありがとう。」

なんとなく感謝した。


安心感を与えてくれたことへの感謝か。

自分がおかしくないということへの安心感かもしれない。さっき思ったのと同じで、誰か返事がきたからか。



 二人は言葉を交わした。普通に。けど初めてだった。

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