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第37話 握手

肉が焼ける音がする。


じゅ……じゅわ……


そんな音がする。


音の正体は。


 赤く焼け爛れたガルシドュースの体から、蒸気が上がる。再生が始まっている証だ。

力を入れれば千切れそうなほどに軋んでいた左腕も治っている。

一方で右腕は剣で出来た義手のままであった。

(再生するのに時間かかるからなぁ...神術での傷は...加えて儀式。しばらくは義手生活だ。)



 「……気配、いったん密かへと。」

セオリクの声だ。


 「今のうちだ、潜るぞ。音を立てるな。」


 セオリクの低い声に、ガルシドュース返事をした。二人は崩れかけた瓦礫の隙間にあった岩場から、鷲の団がいたこの階層の奥へと潜り込んでいくようにした。


 コツ、コツ……


 セオリクの鎧が軋むたび、ガルシドュースが睨む。


 「お前のその鎧、静かにしてくれないか。」


 「我が騎士としての……すまぬ。」


 「……はぁ、謝って欲しいわけじゃない...ごめん。」

言いながらも二人は進む

ズンッ


 彼は使い慣れない硬い義手を添えて、鉄板の隙間を押しのけていく。

 地面には焼けた肉の塊、鉄板などの瓦礫に踏み潰された何かの人体組織がべったりと貼り付いていた。

彼が焼き尽くした者たちだろうか。

(しかし向こう側で平然と生きているのが恐ろしいぞ...)

「うっ、臭い。」


 二人は仕方なく瓦礫と肉の残骸にまみれた狭い通路を進む。

見つかりにくいからだ。

瓦礫で出来た通路の空気は焦げた匂いと血の臭いで酷く、重く、足元のまるで生き物かと錯覚するように血肉に塗れていた。

匂いの不快感から。

ガルシドュースは自身の義手を気にして弄り出す。剣と一体化した肉や皮膚に血管のの中身は、時折火花をあげて、外殻である義手の外にすら火を散らし、微かな炎は放たれる。

そんな手で道を塞ぐ石などがあればどかして行く。

しかし右腕の義手がぎこちなく動くたび、中で肉がうねり、剣の刃に絡みつく感触がする。

しかし、休む暇なんてない。

セオリクも髪が汗で額に張り付き、疲労の色が濃い。

(急がないと。)

二人は岩場の隙間を抜け、階層の奥へと潜り込む。


 そこもやはり戦場のような混沌が広がっていた。ハヒュ・バの率いる鷲の団だけでなく、異形の怪物や他の神術使い、果ては初めて見る傭兵たちが入り乱れ、互いに殺し合っていた。


無秩序な乱戦だ。

「まるで地獄だな……」





ガルシドュースが呟く。視界の先では、鷲の団の兵が怪物に食いちぎられ、別の神術使いが氷を放ちながら別の傭兵を凍らせる。遠くでは、巨大な九つの首を持つ鳥のような怪物が咆哮を上げ、地面を揺らしていた。


「殺せ!俺の首もかかってんぞ!もうあんなんに知られちゃ、まともに神術階級やれねー!お前ら貴族階級の私兵の暮らしに戻りたいならやれ!」


もちろんハヒュ・バもいた。

(神術階級...?そういうのもあるのか。)


戦いは続く。

あまりにも激しい戦いであって、隠れて移動していたガルシドュースたちでさえも無事ではいられなかった。


 そこで、大きな怪物に狙われていた。


瓦礫と血肉に塗れた狭い通路を進んでいたところだった。

見つからないように息を潜めていた。


 だが、戦場の喧騒は容赦なく彼らに降り注ぐ。

怪物の咆哮、その怪物の後ろで鳴り響く神術の炸裂音が混ざり合い、まるでこの世じゃない光景だった。

(好戦的すぎだろがぁ!)

怪物はそのままのしのしと近づいてくる。

神術が痛いからだろうか、必死に逃げているように見えた。

やがては。

 ━━━九つの首を持つ鳥のような怪物の一体が、彼らを捕捉した。

その一つ目の首が、雷を帯びた牙を剥き出し、ガルシドュースめがけて突進してくる。

「ちっ! え!鳥に歯がある?!」


なぜか変なところに驚くも、ガルシドュースは即座に義手を振り上げる。怪物の大顎とぶつかり、顎を弾き飛ばす。

火花を散らし、勢いを乗せて滑り込む。

怪物はガルシドュースをなお追撃しまいとして、距離がもっとも近い攻撃手段となる首を戻そうとしてきた。

ガキィン!

またも弾き飛ばす。

 怪物は怒りに満ちたような咆哮を上げ、弾かれた首を大きく振り上げ、長さを利用して今度は下へ薙ぎ払うように勢いよく振り下ろす。

しかし途中で起動を変化させる。

「なっ!」

(なんて力だ、途中であんな長い首の動きを変えただトォ!?)


 槍を突き刺すような鋭さで、ガルシドュースを突き破ろうと迫る。

だが、ガルシドュースは一瞬も止まらない。金属と血肉でできた義手を怪物の首に当てたまま、走り続ける。


 さらに義手の内側でうねる肉の芽を、まるで生き物のように怪物の首に食い込ませて、離さない。

攻守一体だった。

  ガキィン! シュンッ!

怪物の首が押し付ける力を、ガルシドュースは位置を変えるようにして走り続けて、力が加えられないようにする。


 腕でも怪物の首の筋肉の動きを感じながら、力の流れをもとに、滑らかな動きが怪物の勢いをそらし、その力を利用して自分自身の体を滑らせる。

その時でも、義手の血管は長く伸び、怪物の首に巻き付き、締め上げて引きちぎる勢いのままに力を加える。


 ガルシドュースは義手を上げたまま、怪物の力を逆手に取り、走りながらその首をさらに締めつける。怪物の動きを制御する

怪物は怒り狂い、別の首が炎を吐き、雷を帯びた牙でガルシドュースを狙う。だが、彼の動きは止まらない。滑り込むように身を低くし、あるいは首に捕まり滑る。走る。

攻撃をかわし続ける。

ズガッ!

義手が怪物の首に深く食い込み、血管が内部に侵入。ガルシドュースは力を込め、義手に炎を止め続ける。


断ッ!


少し漏れた火ですらも怪物の首を引きちぎかけた。


ドーン!


 次の瞬間


義手が怪物の胴体に直撃し、金属音のような衝撃が響く。だが、痛さに狂乱した怪物は怯まず、別の首が炎を吐き出し、ガルシドュースを焼き払おうとする。

「セオリク! 転ばせろ!」

「!?」

 驚くもセオリクが手を掲げ、何かをする。

彼も自身の力に気づき始めていた。

怪物の巨体が一瞬緩み、隙を見て、勢いよく怪物の首を引きちぎるようにして腕を振り下ろす。


怪物はあまりの力が加えられたことで地面に膝をつく。ガルシドュースはその隙を見逃さない。彼は義手から血管と肉の芽をうねらせ、金属の部分を裂く。

すれば腕が開き、中には剣身を露出させていた。

「死ねぇ!」

ガルシドュース怪物の体を殴っていた義手をそのままねじ込み、剣身その胴体に突き刺す。剣が深く突き刺さると同時に、義手から伸びた血管が怪物の体内に侵入し、まるで生き物のように内部を這い回る。


 「くたばりやがれ!!」

ドオオオオォン!!

腕から炎が噴き出し、怪物の体内で暴れ出し、血管などに乗って灼熱な血液を吹き散らし、熱でそれを霧状にしていき。


  爆発。


内部から炸裂した炎が怪物の肉を焼き、骨を砕き、胴体爆ぜるように吹き飛ぶ。だが、その衝撃で義手自体もダメージを受け、剣身がひび割れ、血管が千切れかける。


 しかしすぐに、腕から新たな血管が伸びては義手を繋ぎ直す。

肉の芽がうねり、剣身を再び固定。ひび割れた義手は、血管ですぐさま繋ぎ直されて修復が完了する。


「……直ったな、義手」


 義手の指を軽く開いてみる。ギィ……と軋んだ音と共に、わずかに熱のこもった火花が、また一つ散った。


(……しかし、ミルグドラス=マカエル(血葬棘衝)ほどの威力はないが、体内から爆発させる分、威力もある。そしていくらでも治せる。つまり無限に使える決め手を俺は今手に入れた!)


怪物の残骸が崩れ落ちる中、ガルシドュースは考えながらも息を整える。

今の彼は、戦いや成長で高揚し、興奮する自分に慣れたようだ。

(なんたって考えられるようになったし...)

「ふぅ」

だが、考えたりするような休む暇はない。

神術使いが。別の怪物たちが、乱戦の中である。


「行こう。セオリク。」


 「うむ、では行くぞ!ガルシドュースよ!」


「おうともよ!」


そのまま、崩れた瓦礫を払いのけるように進み、焦げた怪物の残骸を踏み越えていく。


足を踏み入れるたびに、石の破片と焼けた骨が音を立てる。


 コリ……グシャ……


 下手に足を滑らせれば、一気に滑り落ちそうだ。

「きたないね、この塔は、そろそろ外に出たい。」


「……窮屈、敵危なかし。」

「まぁ、しばらく耐えて行く。」


そう呟きながらも、彼は通路を進む。


 行先


 道はしだいに狭く、低くなり、頭を下げなければ通れないほどにあった。


しばらく進むと、ふいに前方から音が伝わってくる。


 何か、聞き覚えのある声が混じっていた。



 「……おい、聞こえたか?」


 「……うむ。だが、知っているようで、または、知りもしないようである。」


 足を止め、ガルシドュースらは息を殺す。


 岩壁に耳をつけると、確かに聞こえた。遠く、深く、何かが“繰り返している”ような音。


 ザザ……ザザザ……


タッタッ

ガルシドュースが義手で壁を叩く


反響で確かな輪郭が戻ってきた。


(このじゃらじゃらとうるさい音は....ハヒュ・バだ。だけど死んでないはずなのに二人もいるのか...?)


 先ほど確かに戦っていた鷲の団の音がする。

少なくともハヒュ・バは確認できた。


しかし誰も傷ついていない。防具は新品のように輝き、先ほど雷で焼かれた兵士までもが、何事もなかったかのように談笑しながら配置に就いていた。


 「……セオリク。いたぞ、鷲団が、同じ人間が二人もいる。。」


 「うむ。これは……?奇怪極まりないぞ」


 ガルシドュースは黙って、手元の義手に目を落とした。


 義手は確かに戦闘の傷跡を留めている。先ほど戦った怪物の血肉が、まだ乾ききらずにこびりついている。


(では、こいつらはなんなんだ?まさか死んだものだけが繰り返しになるんじゃないのか?)


 ザザ……ザザザ……


 岩壁の向こうから、また音がする


 耳を澄ませると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「……窮屈、敵危なかし。」

「まぁ、しばらく耐えて行く。」


本当に聞き覚えがある。


自分たちの会話だ


 さっき、通ったときのやり取り。


 だが、ありえないことに――“その声は、自分たちの中とか、記憶とか、思い出しのような距離感ではない


「っ、セオリク……これは、“俺たち”じゃないのか……?」


 セオリクが、ぎょっとして兜の面を上げる。


 「……我々が……声?」


 ガルシドュースらは顔色を変えて、音のする方を探り進み出す。


 そこには、まったく同じ見た目をする自分たちがいた。


正確には違うかもしれない。


 同じ鎧をしていたが、焼け焦げていた、た体や義手は散り散りになって一致していないところもある。



 「…………繰り返している」


 言葉に出した瞬間、心臓の奥で氷の刃が刺さるような寒気が走る。


「これは……何だ? 俺たちが繰り返してるってことか?」

ガルシドュースの声は低く、震えていた。時たまに不意にも義手を握りしめ、剣身には肉を絡めてしまい、それがうねる感触に耐えながら、彼は頭を回転させる。

「いや、待て。さっきの鷲の団だって。俺たちは進んでいるのか?もしかして、無限に同じ場所をさまよって……」


「それにここの大きさはそんなに大きくもないかもしれないし。」


タン


セオリクが兜を軽く叩いた。

「うむ。それは違うであろう。ガルシドュースを探しにここを駆けて回ったが、かなりと広くて、終わりどころか、それらしい場所すら見えなかった。」


 「無限に伸び続けると言う可能性は?」


「う...んあり得るかもしれん。」


「それに気持ち悪いな……自分の死に顔なんて」

ガルシドュースは吐き捨てるように呟き、義手を軽く振って火花を散らす。

「トドメだ!」

そう言って両手で自分たちらしき存在を叩き潰した。

繰り返しの連打によって、灰になる程に連打。


 「...すまん、セオリク、また勝手に...」

聞いてセオリクが言う。

「ここにおいては死の冒涜か...」


 「ごめん、すまなかった、俺が悪かった...いろいろ気がたってしまって、ああ言うつもりじゃなかったが、言葉が勝手に。」


「いや、いいんだ、ガルシドュース。」


 セオリクは兜の下で静かに息を吐き、ガルシドュースの肩に手を置いた。鎧の軋む音が一瞬だけ響き、それを大きくあり、喧騒していると思っていたガルシドュースも、今は奇妙に優しく聞こえていた。



「我も…考えが至れなかった。自分が憧れと死の神への信仰により、他を思いやる美徳を失っていた。」



聞いて義手を握りしめるガルシドュース。

自身が地面に叩きつけ焼き尽くして、こびりついた血と肉の残骸を見下ろす。


「誠にすまなかった。謝罪させて欲しい、我が友よ。」


「…なんだか二人で謝るのも変な気分だな..ありがとう、友よ。とういうべきか、俺にあんまり馴染まない喋りだなおい。」


「それで、また俺を信じてくれないか。」


 セオリクは軽く首を振る。兜の隙間から見える目には、疲労と苛立ちが混じっていたが、同時にどこか温かみのある光があった。

「ガルシドュースよ、人には気が動転したり、大きくなったりして当然にして。私もそうなって、貴公を尊重できなかった。」



「ただ一つ、真正面からひたすら突き進んで行くこと。それは勇気とある時もあれば、無茶や無謀になることがある。」


 「ごめん、次からは」

「だが…無茶をするものも嫌いではあるまい。」

ガルシドュースは一瞬、言葉に詰まる。次に、義手の指を軽く動かし、ギィと軋む音を聞きながら、少し微笑んで言う。


「それもそうか。」

彼の口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「ははっ、貴公ほどの男が気に覆うことなんてそうそうあるまい。」

セオリクが笑い、ガルシドュースの肩を軽く叩く。コツンと軽い音が響き、緊張がわずかに解けた。


ガルシドュースも義手を握り直し、セオリクをと見る。

彼は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸う。焦げた肉と血の臭いが鼻をつくが、それさえも今は気にならなかった。

「セオリク、握手しよう。」


 ギシ


「俺の背中はでかいから。頼むよ、騎士様。」


「この鎧が砕けようとも、最後まで共に戦おう。」

セオリクの声には力強さがあった。


 言葉で決意を交わして


二人は互いに手をを強く握りしめていた。

ガルシドュースの本来の手とセオリクの鎧がぶつかり、金属音が小さく響いている。

「よし、和解だな。こんなクソみたいな塔で、こんな話するなんてバカらしいけどよ…まぁ、悪くはない。」

ガルシドュースが笑い、セオリクも兜の下でくすりと笑う。


「この魔女の地を救ったら、美味いものでも食べようか。」

「では約束だ。共に生きて、闇を払わんとする。」

セオリクは言葉を吐き、力強く頷いた。


「我が奢ってやる。」

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