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第39話 進まない


時間がかなり経っている。


俺たちは忙しくも、慌てていた。


二日しかこの中にいないのにいろいろあって、1ヶ月以上閉じこもった気分だった。


 「...なんて、床に彫ってみたがどうせこれも消えるだろ。」


(ずいぶんと歩いてきたが..閉じ込められたようだ。どこにも行けてない。)


 「迷子はつらいつらい。」


ガルシドュースの笑みは相変わらずにあったが、引き攣った笑みで、苦笑いとも取れる表情だった。


 「イラつく...急になってくる音とか、そういったよりもイラつく。じりじりにきやがって。」



 ドドドドドドドド!



「なっ、ガルシドュースよ、一体!?どうしたというのだ!」


「いるんだろ!、影とかなんでもいいから、そいつをぶっ潰せば終わりだ!」


ガルシドュースは義手を振り上げては、火花を散らしながら義手に熱力をかけて、蒸気が吹き上がる。

次に壁には強烈な一撃が叩き込まれては、壁にひびが入り、周りの全てが一瞬だけ、ガルシドュースに揺れているように見える。だが、ガルシドュースは止まらず、義手の破壊や再生を繰り返しながら強力な打撃を絶え間なく撃ち続けることにあった。


 「力ずくではダメだ。もっと頭を使わねば」

しかし言葉も虚しく、無視されてしまう。

そんなセオリクは床に散らばる破片を少しみて、ガルシドュースの方に投げつけた。

気を引くつもりだ。


 「セィエ!セオリク!またはずしたな。」


「違うよ!貴公!ガルシドュース、落ち着くんだ!」


止めようとして行動した。

求めるは返事。

 しかしセオリクの声と轟音しか鳴り響かず。


やがては轟音しか残らない。


見るに、ガルシドュースは動きを止めて、両手を開き、口を固く閉じ、顔あたりから血管が浮き出るように見えては赤く輝き、まるで全身が燃えているかの如くであった。それ、火を放つ、炉のようにある。

次、彼が頬を膨らませては歯の隙間からかすかに煙が漏れる。


ギシギシ


壁の揺れる音と、それと、なんという音か。歯軋り音に似ているが、あまりにも大きく、そう認めにくく、そう思いにくいと言うべきだった。


それは、ガルシドュースが歯を食いしばり、口内で熱い何かを圧縮する音。

舌が熱に耐えているように、またぎゅっと押し潰すように力を込めていて、歯の隙間から漏れる音以外にも、わずかな煙が熱いそれだったか。またはその産物か、けれど熱い何かがやはり口の中にあるはずだ。

なぜなら、口の方からは煙と共にシュッと鋭い音が周りに鳴り響く。水が焼ける時の蒸気の音に近いように聞こえる。


 まるで内側から爆発するような音か、圧力か、彼は顎を震わせていて、音も続けざまにあった。

次の瞬間、彼は歯の隙間から熱気が充満拡散していくが、次に極細にして赤い線が撃ち放たれる。それはまるで炎に見えて、熱くて、空気も揺らめく。そして高圧のように鋭くあるか、周りが圧縮されたかのように、打ち出された後に経過した場所は、歪んで見えている。


炎が空気を切り裂き、周りに無数の赤い線が広がる。


 ガルシドュースの口からの無数な赤い線だった。それは歯の隙間の数だけあるように見えて、絶え間なく拡散して、あたりを崩落させていく。

口腔から生み出され続ける線は無数の赤い刃にようで、射出されては曲線を描き、通過すれば壁などの場所がが数秒の遅れの後に爆裂して、一拍遅れて広がる衝撃波。

 シュパァアアアン――!

 耳をつんざくような、だが感覚の限界を越える音が遅れて鳴り響く。


 攻撃が止まった時には、ガルシドュースの口腔はすでに灼熱の炉心のように焼け、顎からかけて液状化している。



 崩落した瓦礫が雨のように降り注がれていく。

雨が止むよりも早く、異変が起こった。


 ギィ……ギ、ギチチ……ギュゥゥゥ…… 


 赤い線が穿ち、熱で溶かされ、爆砕されたはずの壁面が──戻っていく。

あるいは何もなかったと言うべきか。


 まるで巻き戻れらかのように、朽ちた破片が浮かび上がり、空間を舞う。砕けた地面は粘土のように波打ち、粉々の欠片が宙を舞っては、全てがひとりでに元の形へと組み上がっていく。


 「……っ!?」


 セオリクは思わず一歩引いた。

(ぶっ壊れた辺りが戻っている?!)


「ハァ?」


口から煙を漏らすガルシドュースが、思わずに言葉を吐く。


 顎の骨がただれている。


 口腔内部が崩れ、炉のような発熱で形を保てなくなっている。


彼自身が攻撃した痕跡は残っている。


しかし辺りは静寂であった。



 「……やっぱ、、か……。やっぱ……な。」


 彼の言葉はかなりと乾いていて、それに伴うのは呼吸のたびに漏れる音。

焼けた喉が鳴る音は風のようだった。



 壁は、まったくの無傷。まるで初めから一度も破壊されていなかったような完璧な状態で、そこに立っていた。


最初に来た時に同じ。


うずくまって隠れているセオリクと赤く焼け焦げた痕を持つガルシドュースを除いて何が起こったか知る余地もない。


 「記憶は……残っている」


 破壊の記憶。揺れた壁の反響。灼熱の赤線と、シュパァアアアンという空気を切り裂く音。

 確かに起きた破壊が消えている。しかしガルシドュースのような人の記憶からは消えていない。どうやら命のない存在だけに影響しているように思われる。


 それはつまり――


 「……今度こそ、確信した、記憶とか幻覚じゃなくて、確実に何かが繰り返しになる。……」


 声は自然と震えていた。痛みと構造がぼろぼろになったせいだ。


 そんな中、ガルシドュース顎を引きちぎる。


「なっ、ガルシドュース!?」


血肉だったものは熱せられた金属のように、地面に垂れ落ち、まだじゅう……じゅわ……と音を鳴らして蒸気が上がっている。


 彼の口が動いた。


 「……安心しろ、暴れてる神術が再生を邪魔するからだ……」




 ──パキン。パキン……。


 床に転がる最後の破片が、音を立てていた。

 戻るために。

セオリクが蹴り飛ばしてきた金属片。それも、見ている間に戻っていこうとする。

 切断面が合わさり、薄いヒビすら残らない。

しかし最終局面までに、ガルシドュースはそれをまた砕く。


 「……全部、戻る。ここに与えた傷も、それで壊れたものも。まるで最初から何も無かったみたいに、全てもとに戻る。


 そう言って、ガルシドュースは疲れたように腰を下ろす。


「ん?」

 足元に、先ほど自分の攻撃で飛び散った血の痕が残っていた。

戻った地面にそれは徐々に吸い込まれていく。


 「……?」

(おかしい、無限の繰り返しをして、最初に戻るはずだよな。なのに...)

 ──それは、消えていない。吸い込まれて、吸収されていく。


ガルシドュースは確かにみた、血痕がそのままに、床の上にへばりついていた。

さっき砕いた部分は元通りなのに、

ガルシドュースの血だけは、そのまま、乾きかけていた。




 「……」

 「これ、残ってたぞ。俺の血」


 周囲を見回す。


 床、壁、天井、砕いた破片──全部元に戻っている。

 けれど、血は戻らない。

戻らずに吸われる。



 「……なあ」



「ここってもしかして、生きてたり。」


「と言うと、然し、最初から壁が脈動しているではないか、ガルシドュースよ。」



 「そうなんだけど、俺が言いたいのは。」


「もしかして、ここって再生してるのか?」


「と」


「いいや、再生しているね、俺は無限の繰り返しなんて思っていたが、何かが戻ったとかじゃなくて、傷が癒えるように、生き物が治るようにして、この部屋も治っているんだ。」


「...?」


 「言ったか忘れたが、俺はお前に助けられた時、あいつらに触れたら力が抜けたんだ。命を吸われた気分だった。だから今見たこれと合わさってこう思ったんだ。」


ガルシドュースは少し間をおいて息を吸い込んだ。


「ここは生きている。」

「この地は生きていると言うことか?」


 「ああ、この赤いのがあったり黒いのがあったりする場所は生きている。」


「しかし貴公よ、私は今言うのは少し場違いの発言かもしれないが、顔が明るく見えている。」


見ると、その顔には焦燥感が晴れたような、そんな心地よう感じの顔になっていた。


「ああ、赤も黒も金属とか見飽きた。この階も飽きた。」


「つまり、赤黒の地を離れる策は?」


 「決めてある。」


(あれが復元したのは確か...時間か何か知らないが、普通に生き物と癒えるのは訳が違う。けど俺の神術が起こす再生だって普通じゃぁない。)


「決め手は記憶。だが曖昧なのじゃない。俺が出会した、お前も出会した、ガヘベスのように自分が死んだと知らない。やつらが鍵と俺は思っている。」


 「うむ、私も感じていたが、解く方法は?」


「....」


 「ここは再生する。だけど、それを根拠にして、死んだやつすら蘇る、ここの一部として再生する。」


 「ここの一部と言うと?ガルシドュースよ」



「俺が吸われた時のように、あれの目的は最終的に、ここに取り込むつもりじゃないのかな。」



 「たとえば──死んでいるのに、死んだと自覚してない、ガヘベスみたいな奴」




 「かの英雄……」


 「悪いがまだ話の途中だ。何度倒しても戻ってくる。最初みたく。」


「ここの壁と同じだ。」


「まるで死んでいるとも気づいていないのかって感じで。


 「では、気づかせればいいのかもしれん。死は恩恵にして」


「お前はもう死んでいるってな」


二人は喜びからか、なんなのか、己の思いを次々に述べては、相手の言葉すら何度も遮っては発言する。


「しかし、あれだな、今までの場所から見て、回復もしてない。もしかしたら、ここは何か重要か..それか..回復が早くなるか。」


「つまりだ、セオリク、俺が言いたいのは、生き物だって、部位によって治る速さが変わる。だからこれはさらにここが生きているってことじゃないか?」


 「貴公はそれを元に謎を解くと?」


「うむ。」

 「...さて、真似てはいるのか、はは。」


「然りぞ。」


とまぁ緊張感がないのか、はたまたそれを和らぐためか、こんな場で二人は呑気にも作戦や構想を繰り広げていた。


「...しかし襲ってこないな、単に再生...あるいは..」

(取り込んだやつらが攻撃手段?)


赤い金属質の壁、黒く変色した溝。床の亀裂、それら全てが一度無かったことに、自分の血だけ過程が違っても残らずに吸い込まれていく。



 「これは──あくまで仮説だが、つまり俺たちは今、生き物の体内にいる。」


 「つまり……消化だ。」


 「...」


「そうか、そうか、けれども私が聞くには、胃は癒えにくいはずだ。事実胃の病がそうであるかのように。」


 「...んんん?やっぱりもうひとつ暴れていく方がいいか?」


「やめたまえ。」


「動いてくれ!蠢いてくれ!もう時間がないんだ、外との繋がりも感じない!あいつらでもいいから何か新しいものを見せてくれー!なんでいつもこんなことが起こるんだー」

 突如またかと言うべきだろうか。セオリクのような紳士でなければ文句も出るほどに、急に暴れ出すガルシドュース


「俺は適当に殴っていた方が気楽だ!」


 しばらく叫ぼうが、走り出そうが場所を回っては変わらない景色。

アスフィンゼたちを置いてきたのは不安だし、元々残した手立ても感じ取れずに後悔する。

けれどガルシドュースはやがて疲れて止まった。


「...なぁ...セオリク、神の怒りがなんとかの話してくれよ、途中までだったし、今暇ではあるから。」

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「来たりし者は、刃を秘めず。

 呪いを唱えず、歩を進めず、ただ在る。

あるか、あるにしてあらず。

あるいは、ある時に、ある刻にして。

 声を捨てよ、時を屠り去れ、名を手放すな。


風だけが訪れるというか。


 やがてここに、誰かがいた示し。

 その証は、折れた刃に似ているともと、焼けた書に似ているとも。

 すでに、それを覚える者はいない。


扉を開いたまま

呼ぶ声は届かない。

観て帰る返る影もない。

それでも灯火を絶やさぬことが、

この地に残された唯一の術。


——深淵転 - 忘却の地層 第12層

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