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第42話 脱出

セオリクの手に握られた銀の剣は、塔の灯りを反射して鋭く光った。

 ただの武器ではない――それは、ガルシドュースの神術の媒介となっていた。


 「おおお……っ!」

「無機物はよく効く、神術が。長時間馴染ませれば近しくなり、力を埋め込むことだってできる。」

 ガルシドュースは言葉と共に背中の棘を揺らすようにして、両脚の骨格のようなものに覆われている長い脚の関節を深く沈める。


 セオリクが剣先を前方へ突き出し。

 「今こそ...」


 その瞬間、剣の鍔から淡い銀色の糸に似たものが出たが、それは気流の動き、まるで空を編み込むように、風の流れが起こる。

糸は細いが、振動しているその一本一本に衝撃の予兆が宿っていた。

 それは足場となり、飛翔のための軌道となる。


 「いけ。」

 ガルシドュースが笑う。


 「飛べ! 全力で!」

 叫びと同時に、ガルシドュースはセオリクを放り投げた。


 ――轟ッ!


 投擲の衝撃で大の男一人が紙切れのようには空へと放り出される。

 銀糸の軌道を滑るようにして、セオリクは前傾姿勢のまま突進。両腕を前に組み、銀の剣を握り締めていた


 下方では、追いすがるガルバゴウグの群れが殻を鳴らし、触手を伸ばす。

知能を駆使して、銀の軌跡を攻撃するものもした

しかし、先が規定した銀糸の軌道上でもその攻撃は届かない。

転ばせる力であった。


 全ての大気の流れ、揺らめくこと、それら全てはセオリクの力が成していた。


 「この力はッッ!」

ガルシドュースの神術の力の加護を受けし とでも言うべきか、剣の力にセオリクは驚きを隠せないでいたと同時に、群れの中から異様に膨れ上がった、大きな者が現れた。殻の王たちが合体していたように見える。

全てが触手を駆け寄り、捻り合わせていく。

そうして赤黒い稲妻のような触手が弧を描き、軌道を絡め取ろうとしてきた。そこまで巨大化して大きく近づいていたのさ。


 「壊す!」

 ガルシドュースは左腕を振り上げ、肩から噴き上がる火流で炎の刃を形成する。

 斬撃と同時に、爆風が起きて、受け流すためにセオリクが銀糸を収束させ、刃の軌道を加速させる。


 ――ガギャアアアアアッ!!


 殻帝の触手が断たれ、火花と肉片が散っていく。

 しかし、奴は怯まない。今度は殻全体を膨張させ、爆発する勢いで破片を撒き散らす。



 「ガルシドュース!」


「心配するな!お前は出口を探せ!俺もいくよぉ!」


 セオリクの銀糸が前方で編まれ、遠い遠い彼の背後の場所ではガルシドュースが即席の障壁を形成する。壁にかけて両腕を突き出し、炎と衝撃を一点に集中させる構えを取る。


次に来るのは。

 爆ぜる破片、灼ける空気。

 衝撃の渦の中、セオリクだけは弾丸のように出口へ向けて突き抜けた。


 「出口を頼む!出口はくる!」


 「……ガルシドュース!」

(すぐに来るぞ、来ようぞ!)

 銀糸が最後の一本を伸ばし、やがては剣先に戻るようになる。

何もなかったようなそれはただ揺らめくも、振動する剣からしかわからなかった。


「うぉおおお!あダー!」

 ガルシドュースは吠え、全身の炎脈を一気に解放――


 轟音と共に、異なる光の中へ飛び入る二人。



まばゆい白光と轟音の後に、荒涼たる異界へと姿を現した。

ここは昼とも夜ともつかぬ薄明かりにして、明かりへと近づくとそこは漆黒に包まれ、異なる場所がまた明るく変化していく。

地面に視線を向けば、荒涼たる岩肌と言うべきか、何かと不気味な光景が広がっている。


 「これは...ん!」

灼熱。熱気。

感じる向こう側。

あるのは猛き焔。

燃え盛る火の勢いは高く広くと登るようにして、天をも赤く染め上がっていく。

もはやある森ほどの大きさがあってそれが、赤黒い雲が渦巻いているように見えて、時折雷光が閃くか。――まるで何かの邪悪な気配が、何かを引き裂いているかのような勢いで生まれたかのようだった。


 セオリクは銀の剣を握りしめては、駆け出していくZ、不安げに周囲を見渡しながらではあるか、何かの目的はあるようであった。

彼の心に吹き込まれた神術の力はまだ消え去ってはいない。


 (ガルシドュース...力の暴走を感じるぞ、貴公が与えた時間必ずや成功させるにして、行こうぞ。)

 全身から感じる剛柔にして不随にして、この圧を胸にと。セオリクひび割れた石質な床を足早に突き進む。



  一方、別の場所でガルシドュースも周囲を見渡しては、緊張の顔でいた。

硝子のように結晶が浮遊し、真紅が大地にを走る。

塔内は先ほどよりも大きくと変化をしていた。




 「オラァ!」


ガルシドュースの神術で地形が焼かれては、彼の体表に纏わりつく、そんな外殻も浮遊して、防壁や攻撃の手段が一部となっていた。



幸いだッッ。

一体化した殻の王のような個体がいないため、幸にして、塔の環境は変わらずもそのままでいてくれている。

しかしまだまだと無数の怪物がうごめいている。

壁のようにそびえるガルシドュースに襲いかかる。次から次へと。襲いかかる。



 (まだだ、もう少しだ...ここで引いてはいけない、セオリクが位置に到達するまで移動してはいけない。)


セオリクはその言葉を感じたかどうかしれない、しかし銀剣を前に構えた。

剣が振動しようとも意志はもはや揺らがず、両者はもう何があろうともただこの地を破ることを決めていた。


(今暫し、事なき得るが、やはりガルシドュースをこの所へ持つには力及ばず。)


ガルシドュース神術ゆえ、容易には近づけまい。

それは魔物たちによってもそうであるし、セオリクのとってもそうであった。


それでも、策はあった。

遠くの地平線から奇妙な叫び声が轟いた。振り返れば、ガルシドュースの周囲の防壁に集まっていた巨大な敵たちが、宙に舞い上がってきた。群れの奥底からは、先ほど倒した殻とはまた異なる姿をした、黒く巨大な魔獣が浮かび上がった。

合体は続く、形は崩れる。


もはやセオリクが最後の命綱となるであろう。


「強者よ、ガルシドュースよ!」


 轟く咆哮とともに、群れの中心から一つ伸びた触手らしきものがまるで黒焔の蛇のごとく弧を描き、飛んでいく、それはガルシドュースによるものであった。巨大な威力が空を裂く。




 「……此処だ」

(なぜ私か。わからない、なぜ遠距離かもわからない。だから彼が言うそれを信じよう。出口を来させようと。)

 セオリクは足を止めた。

 薄明の地表、黒い岩肌にだけ、風が止むように輪がある。剣を振って、空を裂くようになるも、揺れるはずの銀糸が、そこだけ静かに吸い込まれていく。


 地上に必ずや変化は起きるように、自然にある無限に近しい可能性は、セオリクが欲するものを用意してくれる。


 セオリクは銀の剣を逆手に構え、鍔から走る銀糸を地面へ打ち込むようにして、八条の環を描くように地面をなぞる。

 今までみたく糸が空を刻むだけでなく、地に印を刻んでいく。円は瞬く間に幾重にも重なるか、塔の他の場所へ向けて細い送り返しのような、切り返しのような溝を作る。


まるでそれは。

それは。

 「出口がくる。」

出口がくる。

そうであるようになっていた溝たち。

セオリクはガルシドュースを彼の方に引っ張っていくのではなく、地形を変えるようにするつもりであった。


 細かな溝で、転ばせる位置を調整するようになっている彼が地面に刻んでいたその印。

地形を変える。そんなことあり得るのか?

転ばせると言うだけの能力だ。セオリクは特別に、格段にと、何かを壊せる筋力も、火を取り扱う力もない。

そんな彼が地形を変える。

例えるなら、彼にとって地形と言う自然のものは大河の流れのようで、人である彼ががそれを抗えよとしても無意味である。

 しかしどうだ。人が川の水を引いて、作物を作るのも事実。

砂場で遊ぶにしても、水をかけた時に、水の流れる向きを変えるのも可能であった。


 (流れ...私が流れを...)

普通の大地があるように、、地面などは案外と構造が変わっていて、空洞ができたり変化したりもするし、堅牢ではあるが、緩い場所ももちろんある。それはガルシドュースですらつい最近に出会したこともある。そこに落ちたことだってある。

(そう彼から私は聞いたのさ。)



 「ガルシドュースよ、呼ぶ場は整った」


溝から転ばして、徐々に不安定な周りの構造も崩れさせて、最終的にそこへ食い込ませるようにして動く。

そう推理すれば、出口は必ずどこかの変形段階でガルシドュースの方へ行く。

もっともうまく行く時の構想ではある。

 (つくづくも、私も彼も無茶をするにしてあるな。)


 薄く笑って、円陣へ刃を突き立てた。


 「いざ!」


 ぱん、と乾いた音。

 円陣の銀が一斉に消えた。


 ――同時刻、塔内。


 群れが壁のように盛り上がる。

 ガルシドュースは背の棘を鳴らし、両腕を火に溶かす。体表の外殻は彼の神術に応じて剥離し、盾となるように空間に浮いていたそれを焼く。

しかしもう地面すら凹むほどに焼いても、キリがない。むしろ相手は巨大化するばかり。


 足元がぐらつくほどにもう火を扱った。

ぐらつく。ぐらつく。ぐらつく。

(ん?ぐらつく?)


 「おお……来たなぁ!」


 笑うや、ガルシドュースは左腕の炎脈を一本に絞り、地面へ叩き込む。

 炎は暴れず、彼が道を探す、空気を焼く。

空気を焼いている、それは周囲を感知するためであった。

焼かれた気流であたりの状況を確認するためであった。

怪物たちは、攻撃でないそれを無視する。

ガルシドュースに襲いかかる、ここ。

今防御をしなくてガルシドュースはこの敵たちを相手できるか!?

——が、触手は焼け裂け、外殻の盾がひとつ、ふたつと、次々と自爆して道を掃く。

しかし、敵の数に対して、これの爆発が稼げる時間は一瞬である。

その一瞬に打開策が避ければガルシドュースは死ぬだろう。


 「あーダァ!」


燃ッッ!

伸ばした炎が燃え出す!激しくと!

 周りが呼応して、空間がたわむ。

歪むぞ、凹むぞ。そしてガルシドュースを吸い込む。触手たちが彼を押し潰したか?

いいや、違う。

彼はなんと地面に入っていく。

 塔の中に彼がなくなった。炎と殻の余剰を後方へ捨て身で分離し、己の体だけが矢のように地へと巡る。

セオリクが運び出した、溝たちをあの一瞬でガルシドュースは勘付き、そして火を滾らせては、拡大させた。

 セオリクの力の顕現である銀糸、つまり振動は今度、滑車となった。それを回る時のように、地面を割らせていくかのように送り、受け、また送り返す。

 引力の中心へと────呼座の円陣へ、ガルシドュースを運び出す。。


 「――ッ!」


 次の瞬き、渦を巻いたように、燃えている彼は紅の残光となって、高速で円陣の中央に飛び出る。

 膝をついたガルシドュースの肩から、火がぱちぱちと火花を散らして溶ける。彼に纏わりついていた触手や土を溶かしていく。

 セオリクは剣を手に取ろうとするが、あまりの振動に、折れて短くなって、長い剣は短剣へと変わっていた。


 「無事か?ガルシドュースよ。」


 「試すかい?見てみるか?」


 ガルシドュースが拳を掲げる。


 ガルシドュースの火は、さきほどまでの爆ぜる奔流ではない。穏やかに制御されている


 ――轟。


 ガルシドュースは自分が入ってきた出口を火で焼く、地面にある土などで塞ぐ。

もとよりそこは地形の変動で、地面だったものは壁のように登って積まれることもあったり、魔物がそこに埋め込まれて身動き一つも取れないでいたのもあった。

しかしガルシドュースはさらに頑固にそれを補強する。


(念の為に焼いて固めるか...)


「よし、追ってはくるだろうけどしばらくは持ちだろう。」

 「あ、セオリク呼んでくれて、助かったよ」


 「無事なら幸い。しかし、龍騎兵とか言っていたが、遠距離とかも?それはなんだ?作戦とは?関係に?」


 「いや、勢いで。」


「ハハハ。」

「あははは。」


 「ゆくぞ!」

「おう!この先がおそらく最後の予感だ!もちろんこいつらのだが!」

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