新しいイベントの企画会議が始まった。
会議室の中央に設置された巨大なモニターの下、チームリーダーのミサキが艶やかなワインレッドのスーツを纏い、ブラックのネイルにキラキラと輝くストーンをあしらった指先で画面を指し示している。
「ハルカ、新しいイベントは私のプランに従って進めてちょうだい。
自由にやると、また何かトラブルを起こすかもしれないからね?」
その言葉は、まるでピンクのハートを模した隠れた針のように私の胸に突き刺さった。
これまでミサキが仕掛けた数々の罠、
そして彼女のミスを私が背負わされた理不尽な経験が脳裏をよぎる。
まるで「今度もそうなるわよ」と甘く囁かれているようだった。
表向きは心配しているように見えるけれど、その裏にある冷たく支配的な視線を私は逃さない。
ミサキの目は、まるで粘液のように私の思考に絡みつこうとしている。
でも、負けない。
私の心の中で強く叫んだ。
「今回は、タコさんスルー作戦でいく!」
ミサキの絡みつくタコの足のような言葉を、私はスルリとかわし、自分のやり方でこのイベントを進める決意を固めた。
「ありがとうございます、ミサキさん!
でも、今回は私なりにしっかり考えているので、自分の方法で進めさせてください!」
最高の笑顔で私は応戦した。
その瞬間、ミサキの口元が一瞬ピクッと動いたのを見逃さなかった。
「自分でできるの?
後で泣きついてきても助けないわよ?
失敗して評価が下がっても責任は取れないから」
ミサキは甘く、しかし決定的な一撃を放ってきた。
まるでタコの足の吸盤が皮膚を這うような不気味さを感じながら、私はその冷たい言葉に耐えた。
でも、私の心にはこれまで何度も失敗しては立ち上がってきた自分の姿があった。
その度に「次こそは」と笑顔で前を向いてきた。
一瞬、迷いそうになったけれど、私の直感センサーが力強く光を放った。
そして、その光を胸に宿し、私は再び笑顔を浮かべた。
「はい!
意外とイケるんです、私!」
私は軽くジャブを返すように言い切った。
今日のテーマは「正面突破」だ。
ミサキのタコの足のような絡みつきを、ガラスの壁のように弾き返す。
言葉が触れた瞬間に力を失い、空間に溶けていくのを感じた。
オフィスの空気は一瞬で澄み渡った。
その様子を、会議室の隅で見ていたリョウがコーヒーを片手に静かにニヤリとした。
会議後、彼の視線がふと私を捉えた。
リョウは小さく頷き、それから静かに会議室を後にした。
彼の「やるじゃん」という無言のメッセージが、私の背中を優しく押してくれる。
この人、本当に私のことを見てくれているんだと胸が温かくなった。
ミサキの言葉でざわついた心が、リョウの存在に触れてスッと落ち着いていくのを感じた。
会議が終わると、私は真っ先にユウトのデスクへ向かった。
この作戦の成功を誰かに報告したくてたまらなかった。
「ユウト! タコさんスルー作戦、大成功だったよ!」
興奮を抑えきれずに声をかけると、ユウトも私のテンションに合わせてガッツポーズをした。
彼の瞳は、私と同じくらいキラキラと輝いている。
「おー! ハルカ、ナイスファイト! あんなに堂々と返せるなんて、お前、すげーよ!」
「でしょ? ミサキの顔、最後ちょっと引きつってたの、見えた?」
「もちろん! 俺も内心『ざまぁ!』って思ってたんだからな!」
仕事終わり、私とユウトは喫茶店「ルナ」へ直行した。
ドアを開けると、シナモンの甘い香りがふわっと漂い、一日の緊張がゆっくりと溶けていくのを感じた。
いつものカウンターには、すでにリョウがコーヒーを片手に座っていた。
リョウの隣の席は、まるで私たちを待っているかのように空いている。
リョウが私たちに気づくと、小さく視線を向けた後、再びカップに目を落とした。
その無言の歓迎が、なぜか心地よかった。
私はユウトと顔を見合わせ、その空いた席へ吸い寄せられるように座った。
シナモンラテを注文し、ユウトがマグカップを掲げ、パンと音を鳴らした。
窓から差し込む夕陽が、二人の顔を温かく照らしている。
「勝ったな!」
「おう!」
私たちの高揚した声を聞きつけ、カウンターの奥からナツミが笑顔で顔を覗かせた。
「あら、元気そうね、二人とも!」
この場所は、私たちの作戦会議室であり、勝利を分かち合う秘密基地になる。
ミサキの言葉がピンクのハートの形をして飛んできても、私はそれを跳ね返す。
この戦いはまだ始まったばかりだ!
(つづく)