目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第7話:金色の鎖と、輝くジャブ

オフィスの空気に、見えない「金色の鎖」が張り巡らされているようだった。

それは、私の自由を奪い、私をある「枠」に閉じ込めようとする甘くも重い罠だった。


スターライト企画のオフィスは、大型イベントのコンペを間近に控え、これまで以上に慌ただしくなっている。

私とリョウのチームは「絆の連携作戦」を掲げ、着実に計画の完成度を高めていた。

ミサキの巧妙な情報操作を乗り越え、二人の信頼は揺るぎないものとなっている。


そんなある日の午後。

自分のデスクで資料を整理していると、背後から甘い声が聞こえた。


「あら、ハルカちゃんじゃない。

ねぇ、聞いたわよ。

来場者動線の企画、すごく評判いいみたいじゃない!」


振り返ると、ミサキが満面の笑みで立っていた。

その笑顔はいつもの冷ややかさとは違い、まるで親友のような過剰な優しさに満ちている。


「え、あ、ありがとうございます……」


戸惑いを隠せない私をよそに、ミサキは続ける。


「もう、ハルカちゃんってば謙遜しちゃって!

でも本当にすごいわ。

私なんて、そんな細かいところまで気が回らないもの。

やっぱり細やかな部分が得意よね!

気配り上手で人の心を鷲掴みする特技っていうのかな?

尊敬しちゃうわ」


私の直感センサーは確かに警報を鳴らしていた。


(甘い言葉と嫌味な言葉の裏に、何かが隠れている……)


まるで見えない鎖が私の思考を絡めとろうとするような違和感。

ミサキの優しさに、素直に頷けない自分がいる。


翌日から、ミサキの態度は露骨に変わった。

会議のたびに私の動線プランを褒め称え、他のメンバーの前でこう言うのだ。


「ハルカちゃんなら、この細かい作業も完璧にこなしてくれるわよね?

得意分野ですものね」


それは明らかに、私を「細やかな部分だけ担当する人」として固定し、大局的な提案の機会を奪おうとする罠。


その日の夜、私は喫茶店「ルナ」でナツミに相談した。


ナツミは穏やかに私の話を聞き、こう言った。


「褒め言葉の裏には、期待という名の重しが隠れていることもある。

過剰な褒め言葉は時に、相手を型にはめようとするのよ。

違和感を感じた時は、その裏側を探ってみることが大切。」


まさに今、ミサキの言葉が私を「細かい部分が得意な人」という枠に閉じ込めようとしている。


「私、どうしたらいいでしょう?」

と不安そうに尋ねると、ナツミは微笑んだ。


「ハルカちゃんはもう答えを知っているわ。

自分の直感を信じて、これまで通り最高の仕事を続けること。

そして、その枠を自ら破ること。それが最大の反撃になる。」


その言葉を胸に、私は決意を新たにした。


翌日から私は「キラキラジャブ作戦」を始めた。


ミサキが通りかかるたび、他の社員の前でも、舞台役者のように笑顔で褒め返す。


「ハルカちゃん、今日の資料も完璧!

本当に頼りになるわ」


私は最高の笑顔で返す。


「ありがとうございます、ミサキさん!励みになります!」


頭の中で軽やかに「ジャブ!」と唱えながら、与えられた仕事はもちろん、担当外のタスクにも積極的に関わる。


企画全体を見渡し、改善点を見つけては提案し、同僚の困りごとにもさりげなく手を差し伸べる。


表面上は「細部のスペシャリスト」を演じつつ、深夜までオフィスに残り、リョウと密に連携しながら、

コンペで発表する「全体のコンセプト」と「革新的アイデア」を磨き込んだ。


深夜のオフィス。窓の外に広がる東京の夜景が、まるで私たち二人だけの特別な空間を作り出しているようだった。


「遅くまでごめんなさい」


私が言うと、リョウは何も言わず、ただ静かにコーヒーを差し出してくれた。

そのカップから立ち上る湯気が、疲れた心にじんわりと染み渡る。

彼の気遣いは、言葉よりもずっと雄弁に、私を癒してくれた。


私の笑顔は、ミサキの張り巡らせた「金色の鎖」を跳ね返し、彼女の陰口や悪評を打ち消していく盾となった。


ミサキは次第に表情を曇らせ、小さく舌打ちをした。


「一体何を考えているのかしら……」


そして、ミサキが去った後、リョウと目が合い、小さく頷く。

彼の肯定の眼差しが、私の背中を押してくれる。


「すごいな。お前は本当に」


リョウが、はにかむように小さく呟いた。

その言葉に、私の心臓が、ドクン、ドクンと音を立てた。

ミサキに勝った喜びとは違う、もっと個人的で、甘い勝利の予感がした。


ミサキの甘い毒は、私のキラキラジャブによって無力化された。


これは、私の直感とそれを信じる強さがもたらした勝利だった。


そして、この勝利は、コンペ本番での「大逆転」を予感させる確かな手応えとなったのだ。


コンペ本番前夜。

私はリョウと並んで、最後の準備をしていた。


「明日、全てを賭ける時が来るな」

リョウの声に、私の心は静かに燃えた。


だが、その時、スマホに届いたメッセージが、私の胸を凍らせた。


『スターライト企画の内情を知る者からの警告。

“背後には、思わぬ影が潜んでいる”――。』


これは単なるコンペではない。

私たちの絆を試す、もっと深くて危険な戦いの幕開けだった――。


(つづく)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?