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第9話:直感を信じて

コンペでの劇的な勝利から数日。スターライト企画のオフィスは、大型イベントの本格的な準備が始まったことで、新たな熱気に包まれていた。私とリョウ先輩の「絆の連携作戦」は、社内全体が期待を寄せる一大プロジェクトとなり、多くの部署が関わることになった。


しかし、その熱狂の裏で、私の直感センサーは、早くも不穏な「ひび割れ」の兆候を捉えていた。それは、これまで築き上げてきたチームの絆に、静かに、だが確実に忍び寄る異変の予兆だった。


ミサキの新たな妨害が、水面下で静かに、だが確実に進行していたのだ。彼女は、前回のコンペでの敗北の屈辱を胸に、別の形で私たちを追い詰めようと画策していた。


ミサキは、各部署との連携を装いながら、巧妙に「情報の流れ」を寸断し始めた。例えば、企画部と広報部の間に意図的な伝達の「タイムラグ」を生じさせたり、経理部への予算申請の「プロセスを複雑化」させたりと、プロジェクトの進行に小さな「ノイズ」を混ぜ込んでいく。


さらに悪質だったのは、役割分担の曖昧化だった。ミサキは、全体の会議では責任の所在を意図的にぼかし、その後で個別のメンバーには異なる指示を出す。これにより、些細なミスが起こるたびに、まるで「責任のなすりつけ合い」が起こるような状況を密かに作り出そうとしていたのだ。


「あれ? この資料、広報部からまだ来てないの?」

「いや、企画部で最終チェックが終わってると聞いてたんですけど……」

「この修正、誰が担当するって話でしたっけ?」


日を追うごとに、チーム内での小さな齟齬が増えていく。些細な行き違いが、次第に不信感へとつながり、オフィスの空気が少しずつ濁り始めた。最初は「忙しいから仕方ない」と誰もが思っていたが、やがてメンバー同士の間に、目に見えない「ひび割れたガラス」のような隔たりが生じていることに、私は気づき始めた。


私の直感センサーは、再び「チームがバラバラになる!」という強烈な警報を発していた。ミサキの甘い褒め殺しよりも、もっと根深く、チームの結束そのものを破壊しようとする悪意の波動を感じ取ったのだ。それは、まるでチームの「心臓」に直接毒を注入されているかのような感覚だった。




その日の終業後、私はリョウ先輩のデスクに向かった。リョウ先輩は静かにPCに向かっていたが、私の顔を見て、何かを察したように作業の手を止めた。


「リョウ先輩……最近、なんだかおかしいと思いませんか? みんな、どこかギクシャクしているような……」


私の焦燥を、リョウ先輩は冷静に受け止めた。


「ああ。奴の狙いはそこだろう。前回の戦略で破れ、今度はチームワークそのものを破壊しようとしている。コミュニケーションの分断、役割の曖昧化、そしてミスが発生した際の責任転嫁。典型的な『組織崩壊』の手法だ」


リョウ先輩の言葉に、私は背筋が凍る思いがした。同時に、彼の隣にいることで、漠然とした不安が和らいでいくのを感じた。この冷静で、揺るぎない存在。それが、今の私にとってどれだけ心強いか、改めて思い知らされる。


「どうすればいいんですか!? このままじゃ、せっかくの大型イベントが……」


私の瞳に焦りの色が浮かぶ。勝利の喜びに浸る間もなく、新たな試練が待ち受けていた。


リョウ先輩は、深く息を吐き、私の目を見据えた。


「焦るな、ハルカ。重要なのは、チームが機能不全に陥っているという事実を、まずはメンバー全員が認識することだ。そして、その原因がどこにあるのかを、自分たちで探し出すこと。奴の狙いは、チームを分断することだ。ならば、我々が取るべき作戦は一つしかない」


リョウ先輩の言葉に、私は静かに耳を傾ける。


「『絆の再構築作戦』を開始する」


その日から、私はリョウ先輩の助言を受け、すぐに動き出した。だが、今回はこれまでの私とは違った。


(一人じゃない。リョウ先輩が、後ろで支えてくれている)


一人ひとりのメンバーと話すたび、私は彼の言葉を心の中で反芻した。彼の言葉は、まるで魔法のように、私の心を強くしてくれる。この「絆の再構築作戦」は、チームのためだけじゃない。リョウ先輩との絆を、もっと確かなものにするための、私自身の戦いでもあるように感じた。


まず、私は自分の「直感センサー」を研ぎ澄ませた。具体的に誰が、どのタイミングで、どんな言葉を発した時に、この「ひび割れ」が生じたのか。ミサキが関わった会議の議事録や、電子メールのやり取りを、頭の中で繋ぎ合わせていく。バラバラな情報の霧の中に、直感だけが指し示す「悪意の震源地」を探り当てようとしたのだ。


私は、休憩時間や仕事の合間を縫って、チームメンバー一人ひとりと直接対話を試みた。ミサキの妨害による具体的な問題点を指摘するのではなく、まずは相手の不安や不満に寄り添うことに徹した。


「最近、何か困っていることはない? 言いづらいことでもいいから、聞かせてほしいな」


最初は口を開かないメンバーもいたが、私の真摯な眼差しと、誠実な問いかけに、次第に心を開いていく。それぞれが抱えていた情報連携の遅れ、曖昧な指示、そして「自分だけが悪いのではないか」という漠然とした不安が、少しずつ私の元に集まっていった。


一方、リョウ先輩は、全体の動きを冷静に分析し、どの部署間で、どのような連絡の齟齬が起きているかを洗い出していた。彼は、私が聞き出した個々の声を繋ぎ合わせることで、ミサキの仕掛けた「隔たりの網」の全体像を把握していった。



そして、その日の夕方、私はリョウ先輩に相談し、急遽、チーム内の小さな意見交換会を設けることを提案した。会議室ではなく、社内カフェの一角で、温かいコーヒーを囲みながら、ざっくばらんに話せる場を用意したのだ。


ユウトもまた、この作戦に一役買っていた。彼は、各部署を回り、ミサキの意図的な情報操作の痕跡をさりげなく共有し、意見交換会への参加を促した。


「最近、なんかスムーズにいかないこと多くない? ハルカたちが、ちょっと話を聞きたいって言ってるから、顔出してやったらどうだ?」


ユウトの飄々とした口調が、張り詰めたオフィスの空気の中に、「温かい光」を差し込むように、チームメンバーの心をほぐしていった。


意見交換会が始まった。最初は探り探りの会話だったが、私が「最近、少しコミュニケーションにすれ違いがあるように感じていて……」と切り出すと、堰を切ったようにそれぞれの不満や疑問が噴出した。


「やっぱり、俺だけじゃなかったんだ……」

「そうなんです、あの指示、結局誰が最終確認するのか分からなくて」

「広報部の資料、本当にギリギリまで来なくて困ってたんです」


私は、それぞれの意見を丁寧に聞き、リョウ先輩が用意したホワイトボードに、問題点を一つずつ書き出していく。そして、それらの問題が、ミサキが意図的に作り出した「混乱の網」に絡め取られていたことに、メンバー全員が気づき始めた。


「これって……もしかして、ミサキさんが……また、チームを分断しようと……!?」


誰かが呟いた言葉に、その場にいた全員が、同じ疑念を抱いた。ミサキが、意図的にチームを分断しようとしていたのだという事実が、はっきりと見えてきた。そして、その背後には、コンペ敗北への深い屈辱と憎悪が渦巻いていることも。


私は、温かい眼差しで全員を見回した。


「私たち、またミサキさんの罠にかかりそうになっていました。でも、こうして話すことで、何が問題なのか、はっきりと見えてきましたね。私たちは、このチームで、どんな困難も乗り越えてきたはずです」


私の言葉が、ひび割れたガラスの向こうから差し込む温かい光のように、チームメンバーの心を照らしていく。彼らの間に生じていた不信感の「ひび割れ」が、少しずつ修復されていくようだった。


「これからは、どんな些細なことでも、直接話し合いましょう。一つの情報でも、必ず複数人で確認する。そして、何かおかしいと感じたら、すぐに声を上げてほしいんです」


私とリョウ先輩の呼びかけに、メンバーたちは力強く頷いた。再び、チームの中に、確かな絆が築かれ始めた瞬間だった。


ミサキの企みは、またしてもハルカたちの絆の力によって打ち破られようとしていた。しかし、彼女が本当に狙っていたのは、単なるチームの混乱だけではなかった。


大型イベントの舞台裏で繰り広げられる、チームの結束をかけた攻防は、まだ始まったばかりだ。そして、ミサキの本当の目的が、徐々に姿を現し始める……。


チームに忍び寄る亀裂は、絆の深さを試す試練だった。

しかし、私たちは言葉を交わし、信頼を取り戻し始めた。


だが、それはほんの序章に過ぎない。

ミサキの狙いは、より深い「暗闇」へとチームを引きずり込もうと動き出す。


情報戦の裏に潜む、さらなる陰謀。

真実を求め、私たちはまた歩み出す。


(つづく)

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