合同提案プロジェクトの第一回説明会。
会議室には、営業部と企画部の若手社員たちが集まっていた。
最初は互いに遠慮がちで、探り合うような視線が交錯していた。
しかし、ユウトが事前にマッチングした「相性の良い」組み合わせのチームが発表されると、ざわめきと共に、かすかな期待感が生まれていくのが感じられた。
ユウトは、今回のプロジェクトの肝となるチーム編成に、自身の情報収集能力を存分に発揮した。
社内Slackのやり取り、ランチタイムの話題、さらには匿名掲示板の書き込みまで分析し、単なる部署だけでなく、個人の興味や隠れたスキル、性格の相性まで考慮したという。
「皆さん、最初は戸惑うかもしれません。
でも、普段話さない人との出会いは、新しい発見の宝庫ですよ!」
ユウトが持ち前の明るさでそう呼びかけると、社員たちの顔にも少しずつ笑顔が戻ってきた。
ただ、私の直感センサーは、その笑顔の奥に、やはり人との関わりを好まない者や、新しい環境に馴染むことに抵抗を感じる者の、かすかな警戒心や不安の波を捉えていた。
ある日の夕方。
合同提案プロジェクトのチームの一つが会議をしていた。
会議室の空気は、まるで重い鉛のように沈み込んでいた。
営業部のテーブルからは苛立ちに満ちた低い声が漏れ、企画部の面々は、まるで感情を悟られないよう、無表情で資料を見つめている。
数日前の給湯室で耳にした『また企画部の連中が現場を知らない理想論を並べるんだろうな』という営業部の愚痴や、『どうせ営業は数字ばかりで長期的な視点がない』という企画部の陰口が、この場の重い空気を作り出しているようだった。
中央に座るリョウ先輩の表情だけが、その張り詰めた空気を静かに受け止めていた。
営業部のベテラン社員・大野と、企画部の若手社員・中村が、互いの意見をぶつけ合っているが、どうにも噛み合わない。
「何度言えばわかるんですか、中村さん。
現場は顧客の『生の声』を聞いているんですよ。
机上の空論で数字を
営業部のベテラン社員・大野がテーブルを軽く叩き、刺すような視線を企画部の中村へと向けた。
大野の声には、これまでの不満と疲弊がにじみ出ていた。
企画部の若手社員・中村は顔色一つ変えず、冷ややかに応じた。
「大野さん、感情論でビジネスが動く時代ではないことは、あなたもご存知のはずだ。
データが示す客観的事実こそ、持続的な成長の鍵。
あなたの言う『生の声』とやらは、往々にして個人の感情論に過ぎない場合がある」
その言葉に、営業部の数人がざわめき、企画部の席からも嘲笑のような息遣いが漏れた。
この部署間の溝は、長年の業務におけるすれ違いや、過去の失敗事例が積み重なり、もはや根深く、個人的な感情のしこりとなって互いを縛り付けているかのようだった。
「だいたい、前回の新商品開発だって……」
「それは我々の責任ではない、と結論が出ているはずだが?」
互いの言葉尻を捉え、過去の蒸し返しが始まる。
会議はもはや本質的な議論から離れ、感情的な応酬へと堕ちていく。
多くの参加者は、こんな光景には慣れっこで、もはや議論に加わる気力もなく、ただこの不毛なやり取りが早く終わることを願っているかのような諦念の表情を浮かべていた。
中には、まるで自分には関係ないかのように、無関心にスマホを弄る者すらいる。
こんな部署間の対立など、何度繰り返されてきたか数えきれない。
これが、この会社に蔓延する『部署間の壁』の現実だった。
リョウ先輩は、その激しい応酬の間にも、決して口を挟まなかった。
ただ静かに、両部署の主張を聞き入れ、彼らの間に横たわる深い溝の根源を、その瞳の奥で見据えているようだった。
そして、両者の言葉が途切れた一瞬の沈黙を待って、ようやく口を開いた。
彼の言葉は、張り詰めた空気を切り裂く、一筋の光のように響いた。
「営業部の強みは『顧客との直接的な対話による生の声』。
企画部の強みは『市場全体のトレンド分析と未来への提案力』。
どちらも、この会社にとって不可欠な視点です。
問題は、どちらが正しいかではない。
これらをどう組み合わせ、新たな価値を生み出すかです」
リョウ先輩はそう言って、ホワイトボードに描かれた二つの円が重なる部分に、迷いなく線を引いた。
リョウの冷静な分析力と、本質を見抜く視点が、硬直した空気を少しずつ解きほぐしていく。
大野と中村の表情に、それまでの拒絶とは異なる、戸惑いにも似た変化が浮かび上がる。
彼らの心の間にあった分厚い壁が、リョウ先輩という「第三の視点」によって、わずかに薄くなったのを感じた。
「……なるほど。
現場の声だけでは見えないものがある、か」と大野がポツリとつぶやき、
中村も「確かに、机上の空論と
それは、単なる妥協ではなく、互いの強みを認め、より良い解決策を模索しようとする前向きな兆しだった。
(つづく)