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第19話:ミサキの灯す光、心の絆

ミサキが担当するメンター制度の進展だった。

ミサキの過去の経験と、そこから得た教訓が、社員たちの心の奥深くに届き、確かな「絆」を育み始めていたのだ。


ミサキは、特に中途入社の社員や、部署内で孤立しがちな若手社員たちのメンターとして、精力的に面談を重ねていた。

ミサキは、自分の過去の失敗を包み隠さず語り、会社に馴染むことの難しさや、信頼を築き直すことの大切さを誠実に伝えていた。


ある日、ミサキの部屋から、新入社員のアサミの声が聞こえてきた。


「私、この部署に馴染めるか不安で……。

同期はみんなすぐ打ち解けてるのに、私だけ浮いてる気がして、ランチもいつも一人なんです」


アサミの声には、深い孤独と自己肯定感の低さが滲んでいた。


私の直感センサーは、アサミの心の奥に、認められたいという切なる願いと、誰かと繋がりたいという心の渇きを感じ取っていた。


ミサキは、アサミの話を遮らず、ただひたすらに耳を傾けていた。


そして、静かに語り始めた。

「私も、入社当初は、誰も信用してくれないんじゃないかと不安でした。

自分の居場所がどこにもないように感じて、本当に辛かった。

でも、そんな時、声を上げてくれる人がいる。

耳を傾けてくれる人がいる。

それだけで、どれだけ心が救われるか……」


ミサキの言葉は、飾らない本音だった。

ミサキは自身の経験を具体的なエピソードを交えて話し、アサミの「一人ぼっち」という感情に、深く寄り添った。


「焦る必要はないの。

少しずつ、あなたのペースでいい。

まずは、自分から小さな一歩を踏み出してみること。

挨拶の時に、相手の目を見て、少しだけ笑顔を向けるだけでもいい。

もし、それでも難しければ、私を頼って。

私で良ければ、いつでも隣にいるわ」


ミサキの言葉に、アサミの表情が少しずつ和らいでいく。


私の直感センサーは、アサミの心にあった重い鉛が、わずかに軽くなるのを感じた。


しかし、メンター制度は、常に真剣な悩みが持ち込まれるわけではなかった。


ある日、営業部のタナカという若手社員が、軽い足取りでミサキの元を訪れた。

特にこれといった悩みがあるわけでもなく、ただ「メンター制度とやらが始まったんで、試しに来てみました」といった様子で、半ば冷やかしのような態度だった。


私の直感センサーは、タナカの心の奥に、「どうせ何も変わらないだろう」という諦めと、暇つぶし程度の軽い好奇心を捉えていた。


「別に困ってるわけじゃないんすけどねー。

なんとなく、暇だったんで。

ミサキさんって、あの例の事件の人でしょ?

なんか、面白そうだなと思って」


タナカはヘラヘラと笑いながら、ミサキの過去に触れる言葉を投げかけた。

その軽薄な態度に、私ならきっと反発してしまうだろう。


しかし、ミサキの表情は変わらなかった。

ミサキは静かに、タナカの目を見つめ、低い、しかし揺るぎない声で言った。


「そうですね。

私が過去に会社に迷惑をかけたのは事実です。

だからこそ、今、私はこのメンターとして、社内の『絆』を再構築するためにここにいます。

あなたは、なぜここに来たのですか?

もし、本当に会社を良くしたい、あるいは自分自身を変えたいという気持ちがあるのなら、私は全力でサポートします。

しかし、もし単なる時間潰しや、人の過去を詮索するためであるなら、お互いの時間の無駄です。

ここは、あなたの『未来』について真剣に考える場所ですから」


ミサキの言葉に、タナカは一瞬にして笑顔を消し、気まずそうに目を逸らした。

タナカの顔には、見透かされたことへの戸惑いと、どこか居心地の悪さが浮かんでいた。


私の直感センサーは、タナカの中で「遊び半分ではいられない」という現実感と、ミサキの覚悟への、かすかな畏敬の念が生まれたことを感じ取った。

タナカは、それ以上何も言えず、ばつが悪そうにミサキの部屋を後にした。


この出来事は、ミサキが単なる優しい傾聴者ではないことを示していた。

過去の経験から、真剣に向き合うことの重要性を誰よりも知っていたのだ。


別の日のこと。

中途入社でベテランのナカムラが、ミサキの元を訪れていた。


ナカムラは、前職での経験からくるプライドと、スターライト企画の独特な文化に馴染めない苛立ちの間で揺れていた。


「前職では、私のやり方が評価されていたんです。

ですが、ここでは……どうも煙たがられているようで。

私の知識は、この会社では不要なのでしょうか」


ナカムラの声には、貢献したいのにできないもどかしさと、自身の価値が認められないことへの不満が混じっていた。


ミサキは、ナカムラの話にも丁寧に耳を傾け、ナカムラのプライドを傷つけないよう、慎重に言葉を選んだ。


「ナカムラさんの持つ知識や経験は、スターライト企画にとってかけがえのない財産です。

ただ、新しい環境では、その伝え方や、活かし方に少し工夫が必要な場合がある。

私もそうでした。

時には、過去の成功体験が、新しい一歩を妨げる壁になることもあるんです」


そして、ミサキは、自身の「過去の失敗」と、そこから「学び」を得て組織に貢献する道を見つけた経緯を語った。

ミサキの言葉は、ナカムラの心に、強引な押し付けではなく、共感と理解に基づいた示唆として響いた。


ミサキがメンティーたちと向き合うたびに、ミサキ自身の目には、以前のような不安ではなく、確かな使命感と、他者を照らす光が宿っていくのを感じた。

メンティーたちの小さな変化は、ミサキ自身の心を癒し、自身が「ここにいてもいい」という確信を深める手助けをしていた。


ユウトは、社内SNSを通じてメンター制度の成功事例をこまめに発信し、リョウ先輩も定期的にミサキから進捗報告を受け、制度の改善点を検討していた。


合同提案プロジェクトも各チームが少しずつ動き始め、大野と中村のチームも、互いの専門知識を尊重し合う姿勢が生まれつつあったが、この物語の主役は、紛れもなくミサキの灯す「心の絆」だった。


スターライト企画の「絆」は、目に見える成果だけでなく、目に見えない心の繋がりをどれだけ深められるかにかかっている。


ミサキが灯した小さな光が、やがて社内全体を照らす大きな光となることを、私は確信し始めていた。


(つづく)

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