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第20話:ユウトの視線、データが紡ぐ「絆」

ミサキのメンター制度が社員たちの心に温かい光を灯し始めた一方で、「絆」チームのもう一人の立役者、ユウトは水面下で静かに、そして着実に動き始めていた。


彼の武器は、膨大な情報とそれを読み解く鋭い洞察力、

そして持ち前の明るさと、誰にでも分け隔てなく接する軽やかなコミュニケーション能力だ。

まるで蜘蛛の糸を張り巡らせるかのように、社内のあらゆる「声」を拾い上げていた。


合同提案プロジェクトが動き出してから数週間。

リョウ先輩がプロジェクト全体の骨子を固め、ミサキが個々の社員の心のケアと、部署間のコミュニケーションの潤滑油として奔走する中、ユウトはまるで社内ネットワークの神経網を読み解くかのように、社内中に点在する「デジタルな声」を拾い上げていた。


それは、社員たちが無意識に発する本音の断片であり、分析によって貴重な情報へと昇華されていく。


――昼休み。ユウトが興奮した様子で私の席に飛び込んできた。

いつものおにぎりではなく、今日はタブレットを片手に、彼の瞳は期待に満ちて輝いていた。


「ハルカ先輩、ちょっとこれ見てくださいよ!すごく面白い発見があったんす!」


彼のPC画面には、社内SNSの投稿や匿名掲示板の書き込み、

ランチのグループチャットのログらしきものが、

カラフルなグラフやキーワードと共に整然と並べられていた。

それは、まるで人の感情が可視化されたアートのようだった。


「これ、合同プロジェクトに参加してる各チームの『感情スコア』なんすよ。

僕が独自に収集したデータに、感情分析ツールを組み合わせて可視化したものなんです。

最初は『面倒くさい』とか『どうせ無駄』ってネガティブな言葉ばっかだったんすけど、ミサキさんのメンター効果もあってか、最近は『意外と面白い』とか『新しい発見』ってワードが増えてきてるんすよね!

特にポジティブな発言の伸びがすごいんです」


彼が指差したチャットログには、営業部と企画部のメンバーが、お互いの部署の専門用語を教え合ったり、ちょっとしたプライベートな話題で盛り上がったりする様子が記録されていた。

以前は業務連絡一辺倒だったやり取りに、少しずつ個人的な感情や好奇心が入り込んでいるのが見て取れた。


私の直感センサーが反応する。


画面から伝わる情報の裏に、ぎこちなさが薄れ、「共有された目標への連帯感」と「互いへの純粋な好奇心」が、確かに育ち始めているのを感じた。

それは、数字だけでは測れない、確かな心の変化だった。


「特に、大野さんと中村さんのチーム、見てくださいよ!

この二人のチャット履歴、最初はほとんど業務連絡だけだったのが、ここ最近は雑談が増えてるんです!」


ユウトが目を輝かせる。

以前は意見の対立が多く、感情的な衝突ばかりだった二人のチャットに、今はお互いの意見を尊重し、丁寧に議論を重ねるやり取りが並んでいた。

時には冗談を交わすような、和やかな会話まで見受けられる。


「僕、実は二人が週末にフットサルやってるの知ってて、その話題を社内掲示板にさりげなく投稿したんすよ。

『偶然』を装ってね。

そしたら、『え、あの人もフットサルやるんだ!』ってなって、次の会議でちょっと雰囲気が変わったみたいで」


ユウトはイタズラっぽく笑うが、その手法は極めて戦略的で、誰よりも繊細だった。

人が直接言われると反発するようなデリケートな情報も、間接的に、効果的に届けることで、人と人の間の壁を自然と取り除いていた。


ユウトが人の心の機微に敏感なのは、もしかしたら、家で祖母の介護をしながら働く自身の経験も影響しているのかもしれない。

仲間思いで、いつも明るく振る舞う彼だが、時折見せる“ふとした沈黙”には、言葉にならない深い感情が宿っているように感じられた。

彼にとって情報とは、単に拾い上げるものではなく、人の行動をポジティブに変える“きっかけ”を生む材料なのだ。


「直接言っても反発されることもあるから、そういう雰囲気づくりが大事なんすよね。

情報って、使い方次第で人の行動を大きく変えられるんです」


ユウトの活躍は、プロジェクトだけに留まらない。

社内イベントの企画にも積極的に関わり始めていた。

部署の垣根を越えた「ランチシャッフル」や、共通の趣味で社員同士をつなぐ「社内サークル紹介会」など、一見すると地味なイベントばかりだった。


最初は「また何か始めたのか」「業務に集中しろ」と冷ややかな空気もあった。

ユウトは社内SNSに楽しそうなイベント風景の写真を投稿したり、参加者の率直な感想を匿名で拡散したりして、自然に人々の興味を引き寄せていった。


彼の投稿は瞬く間に「いいね!」を集め、口コミでイベントの魅力が広まっていった。

その結果、参加者は徐々に増え、社内のあちこちで笑顔が生まれるようになった。


私の直感センサーは、社内のあちこちで点だった「人と人」が線で繋がり、やがて小さな「輪」が生まれ始めているのを感じ取った。

それは、誰かの指示ではなく、社員一人ひとりの自発的な繋がりであり、心の変化だった。


ある日、リョウ先輩がユウトにぽつりと言った。

彼の声には、いつになく深い感銘が込められていた。


「ユウト、君のそういうところが、このチームには不可欠だな。正直、驚いている」


ユウトは少し照れたように耳を掻いた。


「俺たちの論理やミサキの経験だけじゃ届かないところに、君の情報と明るさが浸透している。

それが、社内の『絆』を生み出す土壌になっている。

君がいなければ、こんな風に社内全体を巻き込むことはできなかっただろう」


「へへ……でも、まだまだっすよ。

もっとみんなが『この会社、なんかいい感じ』って思えるように、

僕、頑張りますから!」


それは軽口ではなかった。


彼の表情は、確固たる決意に満ちていた。

ユウトは誰よりも深く、データが示す人々の“感情の揺らぎ”を理解していた。

その感情の変化を、誰にも気づかれない形で、確実に加速させていた。


スターライト企画の「絆」は、リョウの緻密な戦略、ミサキの温かい心のケア、そしてユウトの情報戦という、それぞれの強みが複雑に絡み合い、少しずつ、しかし確実に動き出していた。


目に見えない情報の糸が、人々の心を繋ぎ始めていたのだ。


(つづく)

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