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第22話:見えない壁の攻略法

「抵抗勢力への対応」という新たな課題が浮上した「絆」チームは、その日の会議で具体的な対策を練り始めた。


リョウ先輩の言葉通り、彼らが何を懸念しているのか、その本質を理解することが最初のステップだった。


翌日から、チームの動きはより戦略的になった。


ユウトは早速、社内の非公式な情報網を駆使し始めた。

これまで以上にランチタイムの会話に耳を傾け、喫煙所での立ち話に加わり、社内SNSの裏チャンネルを徹底的に分析した。


私の直感センサーは、ユウトが単なるゴシップではなく、抵抗するベテラン社員たちの心の奥に潜む「本音」を探ろうとしているのを感じ取っていた。


数日後、ユウトが興奮した様子で報告してきた。


「リョウ先輩、ハルカ先輩、ミサキさん!

見えてきましたよ、彼らの『本音』が!」


ユウトは、一枚のグラフを見せた。

そこには、社内SNSのネガティブな投稿が部署別に分類され、特定のキーワードが色分けされていた。


「経理部のヤマモト部長やサトウさんたちのグループは、やっぱり『予算の無駄遣い』『業務効率の低下』っていうキーワードが多いっすね。

でも、それだけじゃないっす!

『自分たちの仕事が評価されていない』『新しいことばかりで、古いやり方は否定される』っていう、自らが積み上げてきた功績や、前例なき時代を切り拓いてきた経験が、軽んじられていることへの深い憤りもかなり見受けられます」


ユウトの言葉に、私は昼間の給湯室での会話を思い出した。

「地道に会社の土台を支えている我々の仕事なんて、誰の目にも止まらない」というサトウさんの言葉が、まさにそれだった。


「人事部のタナカ部長のグループは、もっと複雑っすね。

『規律の乱れ』『公平性の欠如』っていうのが表向きなんですけど、

その奥には『自分たちの権限が侵されている』っていう焦りとか、

ミサキさんの過去の件を蒸し返して『なぜあの人間がこんな重要なプロジェクトに関わっているのか』っていう、個人的な不信感と嫉妬が根強くあるみたいです」


ユウトの分析は、私の直感センサーが捉えていた漠然とした感情の波を、具体的な言葉とデータで裏付けてくれた。


彼らは、単に変化を嫌っているのではなく、自分たちの立場や価値が脅かされることへの恐れを抱いていたのだ。


リョウ先輩は、ユウトの報告に深く頷いた。

「なるほど。

やはり、懸念の根源は『業務への影響』と『自分たちの価値の否定』か。

そして、タナカ部長の場合は、ミサキさんの件が個人的な感情と結びついている。

これは厄介だが、対策は立てられる」


ミサキも、ユウトの報告に真剣な表情で耳を傾けていた。


「私のことに関しては、私が直接、誤解を解く努力をするべきですね。

そして、メンター制度がプライバシーを侵害するものではなく、むしろ社員のエンゲージメントを高めるものであることを、具体的な事例で示す必要があります」

彼女の目には、タナカ部長からの不信感を乗り越えようとする、強い決意が宿っていた。


リョウ先輩はホワイトボードに向かい、新たな図を描き始めた。


「彼らが納得するのは、感情論ではなく『数字』と『論理』だ。

ユウト、君のデータ分析をさらに深掘りして、合同提案プロジェクトが実際に業務効率を向上させ、コスト削減に繋がる可能性を示すデータを用意してほしい。

ミサキさんのメンター制度も、社員の定着率向上やエンゲージメントスコアの上昇といった形で、具体的なメリットを数値化できないか?」


「任せてください!」

ユウトは自信に満ちた表情で答えた。


ミサキは、一瞬、戸惑ったような表情を見せた。

パソコンの操作や、複雑なデータ分析は、正直なところ彼女の得意分野ではなかった。

むしろ、過去の失敗が、そうしたデジタルな記録や数字の管理に関わる部分で起きたこともあり、苦手意識を通り越して、どこか「触れたくない」という複雑な感情を抱いていた。


しかし、ここで引けば、タナカ部長の不信感を払拭することはできない。

何より、この「絆」プロジェクトを成功させたいという強い思いが、ミサキを突き動かした。


「……はい。

私も、メンティーたちの変化を具体的なエピソードと共にまとめます。

そして、ハルカさん、お願いがあるんだけど」

ミサキは、私に真っ直ぐな視線を向けた。


「私も、自分でそのデータをまとめられるようになりたい。

だから、その……パソコンでの資料作成や、グラフの作り方とか、一から教えてもらえないでしょうか?

あなたに頼りっぱなしではなく、私も、この手で、このプロジェクトに貢献したいんです」


ミサキの言葉は、彼女のプライドと、それを乗り越えようとする強い意志が混じり合っていた。

私の直感センサーは、ミサキの心の奥に、過去の自分への決別と、未来への確かな一歩を踏み出そうとする、力強い感情の波を感じ取った。


「もちろんです! 私でよければ、いくらでも!」

私は二つ返事で快諾した。


「ハルカは、引き続き彼らの心の動きを捉えてくれ。

特に、私たちが提示する『数字』や『論理』が、彼らの心にどう響いているのか。

彼らの拒絶の壁が、本当に薄れているのかどうかを」

リョウ先輩の言葉に、私は強く頷いた。


私の直感センサーは、このチームが、目に見える成果だけでなく、目に見えない社員たちの心の奥底にある感情にまで、深く向き合おうとしていることを感じ取っていた。


スターライト企画に広がり始めた「絆」の波紋は、同時に、予期せぬ摩擦を生み出していた。


私たちは、新たな、そしてより強固な壁に直面していたが、その壁を乗り越えるための具体的な一歩を、確かに踏み出そうとしていた。


(つづく)


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