「抵抗勢力への対応」という課題が明確になった翌週、「絆」チームは、それぞれの持ち場で動き出していた。
目に見えない壁の根源が「業務への影響」と「自分たちの価値の否定」であることを突き止め、私たちはその壁を「数字」と「心」で攻略することにした。
ユウトは、まさに水を得た魚のようだった。
ユウトは、社内の様々なデータに潜り込み、合同提案プロジェクトに参加した部署の業務効率が実際に向上しているデータや、メンター制度導入後に社員のエンゲージメントスコアが微増しているトレンドを掘り起こしていた。
私の直感センサーは、ユウトが膨大な数字の羅列から、まるで生き物のようにポジティブなエネルギーが湧き出ているのを感じ取っていた。
「見つけましたよ、リョウ先輩!
このグラフ、見てください!」
ユウトが目を輝かせながら、プレゼン資料の試作品をリョウ先輩のデスクに持ってきた。
そこには、プロジェクト参加チームの残業時間が平均5%減少し、部署間の問い合わせ対応時間が10%短縮されたというデータが、分かりやすい棒グラフと折れ線グラフで示されていた。
「これは説得力があるな。
具体的な数字は、彼ら(抵抗勢力)の懸念を払拭する力になる」
リョウ先輩は満足げに頷いた。
一方、ミサキは、私と共にデータ作成に奮闘していた。
パソコンの操作はぎこちなく、最初はマウスの動かし方一つにも戸惑っていたが、ミサキの目は真剣だった。
「ハルカさん、この『グラフの種類』って、何が一番分かりやすいの?
あと、この『パーセンテージ』って、どうやって出すの?」
何度も質問を重ね、時にはため息をつきながらも、ミサキは決して諦めなかった。
ミサキは、メンティーたちがどれだけ前向きに変化し、業務改善に繋がったかというエピソードを、丁寧に数値化していった。
あるメンティーが、ミサキとの面談をきっかけに部署内の意見交換会で積極的に発言するようになり、その結果、チームのアイデアが採用された事例を、ミサキは熱心にまとめた。
「彼の自信が、チーム全体の活性化に繋がったんです。
これは、数字には表れないけれど、間違いなく会社のプラスになっている」
そう語るミサキの横顔には、デジタルデータへの苦手意識を乗り越えようとする、強い意志と、確かな成長が見て取れた。
私の直感センサーは、彼女が数字の裏にある「人」の心の動きを、誰よりも深く理解しようとしているのを感じていた。
そして、リョウ先輩は、ユウトが用意した「数字」と、ミサキがまとめた「心の物語」を統合し、ベテラン社員向けのプレゼンテーション資料を作成していた。
リョウ先輩の狙いは、単にプロジェクトの成果を羅列するだけでなく、「絆」がいかに会社の未来に貢献するかを、彼らが最も重視する「効率」や「利益」という観点から論理的に説明することだった。
リョウ先輩は、作成中の資料の一ページを指差した。
そこには、メンター制度によって社員のエンゲージメントが高まることで、個々の業務効率が向上し、結果として残業時間や問い合わせ時間の削減に繋がるという、まさに私たちが議論したばかりのロジックが、図解と共に明確に示されていた。
「ミサキさんが集めてくれた『心の変化』のデータと、ユウトが掘り起こした『具体的な数字』。
これらがどう繋がっているのか、この資料で分かりやすく示せる。
特に、社員の心の余裕が業務改善に直結するという点は、単なる効率論ではない、このプロジェクトの本質を突いている」
リョウ先輩は、そのページの完成度に満足げな表情を浮かべた。
リョウ先輩の言葉は、私たちの活動が、表面的な成果だけでなく、社員一人ひとりの内面に深く働きかけることで、会社全体を動かす力になっていることを改めて教えてくれた。
「ただ数字を突きつけるだけでは反発される。
彼らの長年の経験と実績を認めつつ、新しい試みが、これまでの土台をさらに強固にするものであると理解させる必要がある」
リョウ先輩はそう言って、資料の冒頭に、会社創業期からの歴史を振り返るスライドを加えた。
それは、彼らの「自分たちが築き上げてきたものへの誇り」を刺激し、共感を促すための細やかな配慮だった。
私自身の役割は、この作戦の最前線だった。
社内の廊下や給湯室で、抵抗勢力と目されるベテラン社員たちとすれ違うたび、私は彼らの心の動きに敏感に耳を傾けた。
彼らが私たちの提示する「数字」や「物語」をどう受け止めるのか、その反応の波を捉えることが、次の戦略を練る上で不可欠だった。
彼らの心の壁が、本当に薄れているのかどうか、私の直感センサーが試される瞬間だった。
スターライト企画の「絆」は、目に見える成果と、目に見えない心の壁の間で揺れ動いていた。
私たちは、その壁を乗り越えるために、知識と情熱、
そしてわずかな勇気を合わせて、一歩ずつ前進していた。