リョウ先輩が作り上げたプレゼンテーション資料は、ユウトが掘り起こした具体的な「数字」と、ミサキが心血を注いでまとめた「心の物語」が、精緻なロジックで統合されていた。
私とミサキが徹夜で仕上げたグラフや図解も、その説得力を高めている。
これならば、抵抗勢力であるベテラン社員たちも、プロジェクトの真価を理解してくれるはずだ。
私たちは、そう信じていた。
そして迎えた、ベテラン社員向けの合同説明会の日。
会議室には、経理部のヤマモト部長、総務部のモリタさん、
そして人事部のタナカ部長など、予想通りの顔ぶれが揃っていた。
彼らの表情は硬く、まだプロジェクトへの疑念や不満を隠しきれていない。
私の直感センサーは、彼らの心に張り巡らされた分厚い警戒の膜を捉えていた。
特にタナカ部長からは、ミサキに向けられた、かすかな敵意すら感じられた。
リョウ先輩が、冷静かつ堂々とした態度でプレゼンテーションを開始した。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。
『社内版 絆の連携作戦』プロジェクトリーダーのリョウ先輩です。
本日は、本プロジェクトがなぜ今、スターライト企画にとって必要不可欠なのか、
そして、これまでの成果と今後の展望についてご説明させていただきます」
スクリーンには、まず会社の創業期からの歴史を振り返るスライドが映し出された。
リョウ先輩は、現在のスターライト企画が、先輩方が築き上げてきた強固な土台の上に成り立っていることを強調し、彼らの功績を称えた。
「皆様が培ってこられた信頼と実績があってこそ、今のスターライト企画があります。
本プロジェクトも、その土台をさらに強固にするためのものです」
私の直感センサーは、この配慮が、彼らのプライドにわずかに触れ、警戒心がほんの少し緩んだのを感じ取った。
続いて、ユウトが作成したデータが示された。
合同提案プロジェクトに参加した部署で、平均残業時間が5%減少、部署間の問い合わせ対応時間が10%短縮という具体的な数字が、分かりやすいグラフと共に提示された。
「これらの数字は、部署間の連携が密になることで、業務の無駄が削減され、効率が向上していることを示しています。
これは、社員一人ひとりの負担軽減にも繋がっています」
リョウ先輩は、彼らが最も重視する「効率」と「コスト」の観点からメリットを訴えた。
ヤマモト部長の眉間の皺が、ごくわずかだが薄れたように見えた。
次に、ミサキのメンター制度の成果が紹介された。
ミサキが集めた、メンティーたちのエンゲージメントスコアの微増データに加え、具体的なエピソードが語られた。
「メンター制度を通じて、社員の孤独感が軽減され、自信を持って業務に取り組めるようになったという声が多数寄せられています。
例えば、ある若手社員は、この制度をきっかけに部署内の議論で積極的に意見を出すようになり、そのアイデアが採用され、チームの生産性向上に貢献しました」
スクリーンには、メンティーたちの生き生きとした匿名コメントが映し出された。
その時だった。
人事部のタナカ部長が、腕を組み、鋭い視線でミサキを捉えながら、口を開いた。
「失礼だが、感情的な話ばかりではビジネスは動かない。
その『心の変化』とやらが、本当に会社全体の利益に貢献すると言えるのか?
それに、社員のプライベートな心の状態にまで踏み込むような制度は、行き過ぎではないのかね?」
タナカ部長の声には、侮蔑と、これまで蓄積された不満が露骨に滲んでいた。
私の直感センサーは、タナカ部長の心の奥底に、ミサキの「過去」と、今回のプロジェクトを結びつけようとする強い悪意を感じ取った。
会議室の空気が、再び重く張り詰める。
何人かの社員が不安げに顔を見合わせた。
ミサキは一瞬、息を呑んだが、すぐに顔を上げてタナカ部長の視線を受け止めた。
リョウ先輩は、タナカ部長の言葉を冷静に受け流し、事前に準備していたスライドを提示した。
そこには、メンター制度が社員の心理的安全性を高め、それが生産性向上に繋がるという、学術的な研究結果と他社の成功事例が示されていた。
「タナカ部長のおっしゃる通り、感情論だけではビジネスは動きません。
しかし、社員の『心』の状態が、企業のパフォーマンスに直結するというデータは、世界中で示されています。
メンター制度は、社員が安心して業務に集中できる環境を作り、結果として定着率の向上や創造性の促進に繋がる、合理的な投資であると考えております」
リョウ先輩の言葉は、論理的で揺るぎない。
タナカ部長は言葉を詰まらせたが、その表情にはまだ納得がいかない様子が残っていた。
しかし、その場にいた他のベテラン社員たちの表情には、わずかながら変化が見られた。
ヤマモト部長は、リョウ先輩の提示した「数字」と「論理」に、真剣に耳を傾けているようだった。
「絆」プロジェクトは、目に見える成果を示し始めた。
だが、長年根付いた不信と偏見の壁は、簡単には崩れない。
私たちは、まだ戦いの序盤に過ぎないことを、改めて痛感した。
(つづく)