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第25話:小さな亀裂、そして新たな芽吹き

ベテラン社員向けの合同説明会は、タナカ部長の不満表明という予期せぬ衝突はあったものの、リョウ先輩の冷静な対応と、数字と論理に基づいた説得力で、なんとか乗り切ることができた。


会議室を後にするヤマモト部長の表情には、まだ完全な納得ではないにしても、以前のような頑なな拒絶の色は薄れていた。

眉間のしわは和らぎ、口元には微かながら安堵のようなものが浮かんでいた。


だが、タナカ部長のミサキに向けた冷たい視線は、依然として私の直感センサーに重くのしかかっていた。

瞳の奥には、簡単に消え去るはずのない強い不信感が宿っているのが見て取れた。

まるで、この一件で全てのわだかまりが解消されたわけではないと、私に警告しているかのようだった。


説明会後、チームはすぐに次の手を打った。


私たちは、あのプレゼンテーションが、抵抗勢力と目される社員たちの心にどう響いたのかを、より深く探る必要があった。


ユウトは、さっそく社内SNSの反応を分析し始めた。

その指はキーボードの上を忙しく滑り、モニターには膨大な量のコメントがスクロールされていく。


「今回の説明会、意外と良かった」


「数字で示されると納得感がある」


といったポジティブなコメントが増えている一方で、


「結局、若い連中の好き勝手」


「ただのパフォーマンス」


といった、批判的な声も依然として残っていることを報告した。


私の直感センサーは、社内全体が、「期待」と「疑念」という二つの感情の波に揺れているのを感じ取った。

まるで穏やかな水面に微細な波紋が広がり、それがやがて大きなうねりとなっていくような、そんな不穏な感覚だった。


ミサキは、タナカ部長からの個人的な反発を受け、以前にも増してメンター制度の透明性を高めることに注力した。


彼女の瞳には、以前よりも一層強い決意が宿っていた。


ミサキは、メンティーたちに匿名でのアンケートを実施し、制度の利用状況や満足度、

そして改善点をより客観的なデータとして収集し始めた。


単なる感想ではなく、具体的な数字と根拠を求めているのだ。


また、私にも、これまで作成した資料のチェックだけでなく、

「もっと分かりやすく、誰にでも誤解なく伝わる表現」

について積極的に質問してくるようになった。


彼女の質問は的を射ており、時に私の専門知識をもってしてもすぐに答えが出せないほどだった。


ミサキの学びに対する真摯な姿勢と、過去の失敗を真正面から見つめ、それを乗り越えようとする強い意志が、私の直感センサーにははっきりと伝わってきた。


「ハルカさん、このグラフのタイトル、もう少しキャッチーにした方が、皆さんの目にとまるかしら?」


ミサキの質問に答えるたび、彼女のパソコンスキルが着実に向上しているのがわかった。


最初はぎこちなかったマウス操作も、今では滑らかで迷いがない。

グラフの色使いや配置も、以前よりもずっと洗練されてきている。

そして、私たち二人の間には、単なる業務上の協力関係を超えた、教え、教えられる「絆」が芽生え始めていた。

互いの知識と経験を共有し、共に成長していく喜びを感じる。

それは、これまで私が経験したことのない、心地よい繋がりだった。


一方、リョウ先輩は、説明会で比較的良い反応を示したヤマモト部長など、中立的な立場になりうるベテラン社員たちに個別に接触し始めた。


彼らに対しては、より具体的な業務改善事例や、部署間の連携による長期的なメリットを丁寧に説明していた。


リョウ先輩の言葉は常に穏やかでありながら、その中には確固たる信念が感じられた。

彼の話を聞くベテラン社員たちの顔つきも、最初は警戒の色が濃かったものの、次第に真剣なものへと変わっていく。

リョウ先輩の持つ、理路整然とした説明力と、相手の意見に真摯に耳を傾ける姿勢が、少しずつだが彼らの心を動かしているようだった。


目に見える変化はまだ少ないものの、氷にひびが入るように、少しずつ彼らの頑なな心が解れていくのが分かった。


そんな中、私はある小さな、重要な変化を感じ取った。


先日、給湯室で不満を口にしていた総務部のモリタさんが、ランチの時間に、合同提案プロジェクトに参加している若手社員のグループと、楽しそうに話しているのを見かけたのだ。


彼らは、モリタさんが長年培ってきた総務の業務知識について、熱心に質問していた。

モリタさんの話に、若手社員たちは目を輝かせ、熱心にメモを取っている。

その様子は、まるで知識の泉から水を汲み上げているかのようだった。


モリタさんの表情は、以前のような不満げなものではなく、どこか誇らしげで、生き生きとしていた。


まるで、自分が再び会社に必要とされている、と実感しているかのように。


私の直感センサーは、モリタさんの心の奥にあった「自分の仕事が軽んじられている」という不満が、若手社員からの純粋な「学びたい」という欲求によって、少しずつ溶けていくのを感じ取った。


それは、長い間閉ざされていた扉が、ゆっくりと開かれていくような、温かい感覚だった。

これは、私たちが直接働きかけた結果ではない。

彼らが「絆」プロジェクトの中で自然と関わり合い、互いの価値を再認識し始めた、自発的な「絆」の芽生えだった。

意図せずして生まれたこの繋がりこそが、真の意味での「絆」なのだと私は確信した。


スターライト企画の「絆」は、確固たる「数字」と、深い「心」の繋がり、

そして時折の衝突を乗り越えながら、ゆっくりと、しかし確実に広がり始めていた。

目に見えない亀裂は依然として残るものの、そのすぐ隣で、新たな希望の芽が息づいていた。


冷たい冬の土の中から、小さな双葉が顔を出すように。


(つづく)

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