社長からの「全社的なプロジェクトとしての推進」という指令は、「絆」チームに大きな期待と同時に、これまでとは比べ物にならないほどの重圧を与えた。私たちの活動は、もはや一部の部署や社員に留まらない。会社全体を巻き込み、これまで以上に多くの抵抗や、予期せぬ摩擦に直面することになるだろう。それは、まさに社内の空気そのものを変革する、壮大なミッションだった。
社長室を出た私たちは、興奮と緊張が入り混じった複雑な表情で顔を見合わせた。それぞれが、目の前の現実の重さを噛みしめているようだった。
「まさか、ここまで一気に話が進むとはな……正直、驚いている」
リョウ先輩が、冷静さを装いつつも、その声にはわずかな高揚感が混じっていた。瞳の奥には、新たな挑戦への静かな炎が宿っている。長年、社内の硬直した空気に危機感を抱いてきた彼にとって、これはまさに待ち望んだチャンスだったに違いない。
ユウトは、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出した。思考は既に、次の段階へと飛躍している。
「やべえ!社長直属の特命チームとか、マジでテンション上がりますね!これで、社内全体のデータとか、もっと自由に使えるようになりますか?!人事データとか、部署間の連携に関する詳細なデータとかも、全部見られるようになるんすかね?それって、今まで見えなかった『絆』の繋がりを、もっとクリアに可視化できるってことじゃないですか!」
彼の目は、新たな情報収集の機会と、それによって得られるであろう発見への期待に輝いていた。彼の頭の中では、既に膨大なデータが繋がり、新たな分析モデルが構築され始めているようだった。
ミサキは、社長の言葉を反芻するように静かに頷いていた。表情には、これからの道のりの険しさを覚悟するような、真剣な眼差しが宿っていた。
「『始まりに過ぎない』か……。社長は、私たちがまだ見えていない、もっと深い課題があることを示唆していたわね。これまでの成功は、あくまで小さな一歩だと。全社規模となると、個人の感情だけでなく、部署間の歴史や利害関係、そして長年培われた企業文化といった、もっと根深い壁にぶつかることになるでしょう」
私の直感センサーは、私たちチームの間に、「大きな目標への高揚感」と「それに伴う責任への重圧」という、二つの相反する感情の波が同時に押し寄せているのを感じ取っていた。
特に、ミサキの心には、過去の失敗と結びつく「重圧」の感情が、より強く波打っているようだった。過去に経験したプロジェクトの挫折や、人々の期待に応えられなかった経験から、この全社展開という大きな船を動かすことへの、ある種の怖れを抱いているようにも見えた。
私たちは、社長室を出てすぐに次の会議室へと向かった。テーマは、「全社員への大々的な発表」に向けた準備、これまでの小規模な活動を全社レベルに拡大する上での課題洗い出しだ。ホワイトボードには、すでにリョウ先輩が走り書きした「全社展開計画」の文字が踊っている。
「全社員への発表の場は、年末の全体会議を利用するのが最も効果的だろう。全社員が一度に集まる、これ以上ない機会だ」
リョウ先輩が、ホワイトボードにスケジュールを書き込んだ。冷静な判断が、私たちを現実へと引き戻す。
「それまでに、これまでの成果をさらに積み上げ、誰の目にも明らかな形にする必要がある。具体的な数字や、成功事例をより多く集めなければならない」
「特に、抵抗勢力と目されるベテラン層へのアプローチは、引き続き慎重に進めなければならないわ」
ミサキが口を開いた。その言葉には、過去の経験からくる深い洞察が宿っていた。
「社長の言葉は重いけれど、それで彼らの長年の考えがすぐに変わるとは限らない。むしろ、プロジェクトが公式化され、大々的に推進されることで、『上からの押し付けだ』と反発が強まる可能性もあるわ。彼らは、これまで築き上げてきた自分たちのやり方や、成功体験に誇りを持っている。それを、軽んじられていると感じさせない配慮が不可欠よ」
彼女の懸念はもっともだった。
私の直感センサーも、「公式化」が一部の社員にとって「上からの押し付け」と受け取られ、これまでの地道な努力が水の泡になるような不信感を募らせる可能性を示唆していた。
表面的な成功だけでは、彼らの心を動かすことはできないだろう。
ユウトが手を挙げた。顔には、自信に満ちた笑顔が浮かんでいる。
「だったら、発表形式も、ただの報告会じゃなくて、もっとインタラクティブなものにしませんか? 例えば、プロジェクトに参加した社員の生の声をもっと前面に出すとか。彼らが『絆』を感じて、具体的にどう仕事や人間関係が変化したのか、そのリアルなエピソードを映像や音声で伝えるんです。実際に『絆』を感じて変化した人のリアルな声は、どんなきれいな数字や論理よりも、人の心に響くはずです!」
アイデアは、常に社員の目線に立ち、感情に訴えかけるものだった。
データだけでは伝わらない「体温」を、いかにして全社員に届けるか。それが彼の狙いだった。
「そのアイデアは良い。感情だけでなく、彼らが普段話さないような『本音』を引き出す仕掛けも必要だろう。ユウト、君の得意分野を存分に活かしてほしい。特に、普段あまり発言しないような社員の声を集めることができれば、そのインパクトは計り知れない」
リョウ先輩が深く頷いた。表情には、ユウトの提案に対する確かな手ごたえが感じられる。
私たちは、この「全社展開」という新たなフェーズを前に、やるべきことの多さと、乗り越えるべき壁の大きさを改めて痛感していた。
同時に、社長からの信頼と、これまで困難を乗り越えてきた「絆」チームの揺るぎない連携があれば、必ず成し遂げられるという確信も、静かに胸の中にあった。
スターライト企画の「絆」は、新たな章へと突入した。
それは、これまで以上に厳しく、困難な道を切り開くことになるだろう。
その先には、きっと多くの感動と、真の「絆」で結ばれた組織が待っているはずだ。
この旅は、私たち自身をも大きく成長させてくれるに違いない。
(つづく)