目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第28話:見えない才能の喪失

社長からの「全社展開」という指令を受け、私たち「絆」チームは年末の全体会議での発表に向けて動き出していた。


リョウ先輩は発表の構成を練り上げ、説得力のある論理と具体的な成果を盛り込もうと腐心していた。


ユウトは、社内データからさらに詳細な数字と、社員の感情の推移を洗い出し、ミサキはメンティーたちの「生の声」を、最も魅力的に、心に響く形で伝える方法を模索していた。


私は、彼らのサポートをしながら、社内の空気の変化、特に抵抗勢力と目される人々の心の動きを敏感に探っていた。表面的な動きだけでなく、その裏に隠された不満や諦念の気配を、五感を研ぎ澄ませて感じ取ろうとしていた。


そんなある日の昼下がり、私は社内食堂で、これまであまり見かけない若手社員のグループに目が留まった。


彼らは、入社2年目くらいの男性社員が中心で、皆どこか疲れたような、諦めにも似た表情をしていた。食堂の賑やかな雰囲気とは裏腹に、彼らの周りだけ、どこか冷たい空気が漂っているように感じた。


私の直感センサーは、彼らの心から、「やる気」という名のエネルギーがゆっくりと確実に失われていくような、澱んだ感覚を捉えた。

それは、まるで透明な輝きが失われていくような、静かで痛ましい変化だった。


「いや、俺もう無理だわ。この部署に来てから、まともに仕事させてもらった記憶がない。朝来て、自分の席に座って、ネットニュース見て、定時になったら帰る。これが俺の仕事かよ」


一人が力なく言った。

その声には、若者特有の活力や熱意は微塵も感じられなかった。


「わかる。俺も。毎日定時上がりで、周りからは『暇でいいな』って言われるけど、むしろそれが辛いんだよな。何のために会社来てるのかわからなくなる。大学であれだけ頑張って、この会社に入れたのに、結局やらせてもらえるのは雑用ばかりで。自分のスキルが錆びついていくのが怖い」


別の男性社員が深く頷いた。

彼らの声には、優秀であるにもかかわらず、その才能を活かせない現状への深い諦めが滲んでいた。


私の直感センサーは、彼が以前は非常に意欲的で、目を輝かせながら入社してきたこと、輝くような可能性を秘めていたことを教えてくれた。その可能性が、ゆっくりと確実に、この組織の中で摘み取られようとしているのを感じて、胸が締め付けられる思いだった。


「結局、俺たちみたいな新しい人間は、受け入れる器がないってことなんだよ。どこも人手不足って言うけど、実際は、今のやり方を変えるのが嫌なだけなんだろ。新しい提案をしても『前例がない』の一点張りで、聞く耳も持ってくれない」


彼らの言葉は、先日異動になったあの新入社員の話と重なった。


彼らもまた、熱意を持って入社したにもかかわらず、組織の硬直性や仕事の割り振りの偏りによって、「宝の持ち腐れ」状態になっているようだった。優秀な人材が、その力を発揮する機会すら与えられずに、静かに確実にその輝きを失っていく。

それは、企業にとって計り知れない損失だ。


彼らは、口々に「転職」という言葉を漏らし始めた。

それは、未来への希望ではなく、現状からの逃避、あるいは最終手段としての選択であるかのように聞こえた。


「他部署に移れるならまだしも、この会社だとどこも似たようなもんだしな……部署を変わっても、結局また同じことの繰り返しになるのが目に見えてる」


「いっそ、別の業界に行った方が早いかもな。ここじゃ、いくら頑張っても自分の成長が見えない」


私の直感センサーは、彼らの心から希望の光が急速に失われ、「もうここには自分の居場所はない」という強い孤独感と絶望が広がっていくのを感じ取った。


それは、人事部のタナカ部長たちの抵抗とはまた異なる、組織の根深い部分から生じる、静かでしかし深刻な「亀裂」だった。

表面的な対立よりも、もっと深く、組織の土台を揺るがすような問題だった。


その夜、私は「絆」チームの定例会議で、食堂で耳にした若手社員たちの会話を詳細に報告した。

私の言葉に、会議室の空気が再び重くなった。

皆の表情には、予想以上の深刻さに驚きと、そして危機感が浮かんでいた。


ユウトが険しい顔で言った。

彼のいつもの明るさは影を潜め、その目は鋭く問題の本質を見据えている。


「僕も、社内SNSの裏アカウントとか、匿名掲示板でそういう声が増えてるのに気づいてました。

特に、最近は『暇潰し』『自主勉強』『掃除』『ネットサーフィン』『若手窓際族』とか、皮肉交じりの投稿が多いんすよ。以前はもっと、部署への不満とか、上司への愚痴が多かったんですけど、最近は諦めと、自分たちの将来への不安が色濃く出ている気がします。中には、他社の求人情報について情報交換してるアカウントも見かけます」


ミサキは、深く考え込むように腕を組んだ。

その表情には、メンターとして社員の心と向き合ってきたからこその、深い責任感が滲んでいた。


「メンター制度で個別のケアはしているけれど、根本的な仕事の割り振りの問題までは踏み込めていなかったわ。彼らのやる気を引き出すどころか、逆に潰してしまっている現実がありますね。これは、単なる個人の問題ではないわね。組織全体で彼らの才能を活かす仕組みが、機能していないということよ」


リョウ先輩は、静かにホワイトボードに向かい、「人材の流出リスク」と大きく書き加えた。

その文字は、私たちに重くのしかかる新たな課題を突きつけていた。


「我々は、ベテラン層の抵抗だけでなく、若手・中堅層の離反リスクにも目を向けなければならない。せっかく獲得した優秀な人材を、組織が活かせないまま手放すのは、会社にとって最大の損失だ。それは目先の利益だけでなく、将来的な成長の芽を摘むことに等しい」


冷静でありながらも、強い危機感を帯びていた。常に、会社の未来を見据えている。


「全社員への発表は、単にプロジェクトの成果をアピールする場ではない。会社全体が、一人ひとりの社員の能力を最大限に引き出し、全員で未来を創っていくという強いメッセージを伝える場でもある。この若手社員たちの問題こそ、我々『絆』チームが解決すべき、最も具体的な課題として、全体会議で明確に示されるべきだ」


リョウ先輩は、私たちに新たな視点を与えた。


この若手社員たちの抱える問題は、単なる組織の不満ではなく、「絆」プロジェクトが解決すべき具体的な課題として、全社展開の発表において、より明確に示されるべきだと。

彼らの声こそが、今回のプロジェクトの真の重要性を物語る証拠となる。


私たちは、社長からの期待と、社内に潜む深い課題の間で、より大きな責任を自覚した。


スターライト企画の「絆」は、表面的な対立を超え、個々の社員の「働く意味」にまで踏み込む、新たな挑戦の時を迎えていた。


この問題は、チームの真価が問われる試金石となるだろう。


(つづく)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?