年末の全体会議の日が来た。
スターライト企画の全社員が、広いホールに集まっている。
ざわめきと期待が入り混じる独特の熱気が、会場全体を包み込んでいた。
私たちは、この場で「絆の連携作戦」を全社に向けて正式に発表する。
壇上には、リョウ先輩、ユウト、ミサキ、そして私が、それぞれの持ち場に立っていた。
スポットライトが私たちを照らし、客席からは無数の視線が突き刺さる。
スポットライトを浴び、ホールを見渡すと、社員たちの間に期待と、かすかな緊張感が入り混じっているのを感じた。
最前列には役員たちが、その後方には各部署の部長やベテラン社員、そして若手社員たちがそれぞれの表情で座っている。
私の直感センサーは、その中に、やはり根強い疑念や反発の感情が燻っているのも捉えていた。
特に、最前列近くに座る人事部のタナカ部長からは、私たちに向けられた、冷ややかで批判的な視線が突き刺さるようだった。
タナカ部長の腕組みは、明らかに拒絶の意思を示している。
「本日は、皆様にぜひ知っていただきたい、私たちの会社を未来へ繋ぐための重要な取り組みについてご説明いたします」
リョウ先輩が、落ち着いた力強い声で口火を切った。
その声は、ホールの隅々まで響き渡り、ざわめいていた会場が静まり返る。
リョウ先般の背後には、ユウトとミサキが徹夜で最終調整した、洗練されたプレゼンテーション資料が鮮やかに映し出された。そのデザイン性の高さは、見る者を惹きつける。
まずは、ユウトが作成したデータ発表からだ。
ステージ中央に進み出ると、その金髪と派手なネクタイは、真面目な会議の場では異質に映るかもしれない。その口から語られる数字は、誰もが納得せざるを得ない客観的な事実だった。合同提案プロジェクトに参加した部署の残業時間減少率、部署間の問い合わせ対応時間の平均短縮、共同作業におけるミスの発生率低下といった具体的な数字が、色鮮やかなグラフやインフォグラフィックと共に、分かりやすく示されていく。
「これらの数字は、部署間の連携が密になることで、業務の無駄が削減され、効率が向上していることを明確に示しています。これは、数字として見える成果だけでなく、社員一人ひとりの業務負担軽減にも確実に繋がっているんです」
ユウトは、普段の軽快な口調とは一転して、堂々とした、説得力のある口調で説明を続けた。
真摯な眼差しは、会場の社員一人ひとりに向けられているようだった。数字が持つ客観的な力は大きく、ホールのあちこちで、社員たちが真剣な表情で資料に見入っているのがわかる。
特に若手社員や中堅社員の中には、真剣な眼差しでメモを取る者もいた。
一部のベテラン社員は腕を組んだまま、眉間にしわを寄せていた。
彼らの心には、「本当にそうなのか」「自分たちのやり方が否定されているのではないか」といった、複雑な感情が渦巻いているのが感じられた。
次に、ミサキのメンター制度の発表だ。
ステージ中央に立つと、柔らかな、芯のある声で語り始めた。
まず、エンゲージメントスコアの微増という具体的なデータを示した上で、それが社員たちの心の奥底でいかに大きな変化をもたらしたかについて語り始めた。
「メンター制度を通じて、社員の孤独感が軽減され、自信を持って業務に取り組めるようになったという声が多数寄せられています。数値だけでは見えない、一人ひとりの心の変化に私たちは向き合ってきました」
以前の発表会ではできなかった、あるメンティーの具体的な事例を詳細に語った。
「ここに、一つの声があります。入社二年目の若手社員で、配属された部署でなかなか仕事を与えられず、自分の居場所を見失いかけていました。『毎日定時上がりで、周りからは暇でいいなと言われるけれど、むしろそれが辛い。何のために会社に来ているのかわからなくなる』と、私に打ち明けてくれました。彼の心の中では、『自分は会社に必要とされていない』という強い孤独感が広がっていたんです。
私との週に一度の対話を通じて、彼は自身のスキルを活かせる部署内の隠れた課題を見つけ出しました。
自ら改善提案を始めてくれました。
最初は小さな提案でしたが、部署の管理職に働きかけたことで、その提案は受け入れられ、実際にチームの業務効率を10%も向上させたのです。
彼は今、部署の中心メンバーとして、以前よりもずっと生き生きと働いています。
彼の表情からは、諦めの色が消え、『ここでなら、もっとできることがある』という確かな手応えが感じられます」
それは、まさに私が食堂で耳にしたような、やる気を失いかけ、転職すら考えていた若手社員が、メンターとの継続的な対話を通じて再び仕事への目標を見つけ、部署内で積極的に意見を出すようになり、その結果、停滞していたチームのプロジェクトに大きな改善をもたらしたという、感動的なエピソードだった。
その声は、時に感情を込めて震え、聴衆の心に深く響く。
数字だけでは伝えきれない「絆」の力を、聴衆の心に直接語りかけた。
ホールのあちこちで、社員たちが感銘を受けたように小さく頷いているのが見えた。
中には、目頭を押さえる社員もいた。
私の直感センサーは、ホールのあちこちで、共感と希望の波が静かに力強く広がっていくのを感じた。
タナカ部長の表情は依然として硬く、時折、腕を組み、冷笑を浮かべているのが見えた。
心の中では、「感情論」「パフォーマンス」「一時的なものに過ぎない」「本質から目をそらしている」といった、否定的な言葉が渦巻いているのが私には分かった。
こうした個別の成功事例を、会社全体の構造的な問題解決とは結びつけようとしていないようだった。むしろ、感情に訴えかける手法そのものに、強い不信感を抱いているようにも見えた。
そして、リョウ先輩が全体のまとめに入った。
これまでの成果を総括し、「絆の連携作戦」が、単なる効率化や個人のケアだけでなく、社員一人ひとりが生き生きと働き、その能力を最大限に発揮できるような、「働きがいのある組織」を創るための、会社全体の変革を目指す取り組みであることを力説した。
その言葉には、揺るぎない信念と、未来への強い展望が込められていた。
「私たちが目指すのは、数字だけでは測れない、社員一人ひとりの『幸福』、そしてその幸福が、会社全体の成長に繋がり、持続可能な未来を創り出すことです。このプロジェクトは、誰か一部の人だけが行うものではありません。社員一人ひとりが、自分の『働く意味』を見つけ、互いに支え合い、協力し合うことで、スターライト企画は真に強い組織へと生まれ変わることができると信じています。皆様、ぜひこの『絆』を、共に創り上げていきましょう」
リョウ先輩が力強く締めくくると、プレゼンテーションが終わり、ホールには割れんばかりの拍手が湧き起こった。
その拍手は、以前よりも大きく、力強いものだった。
会場の空気は、間違いなく発表前とは異なっている。
多くの社員が、私たちのメッセージを受け止め、未来への期待を抱き始めていることが、肌で感じられた。
その熱狂の中に、拍手もせず腕を組んだままのタナカ部長の姿が、強く印象に残った。
彼の視線は、諦めたようにも、あるいは次なる一手を探っているようにも見えた。
その心の中には、まだ私たちの理解の範疇を超えた、深い思惑が渦巻いているのだろう。
発表は、確実に社員たちの心に何かを投げかけた。
ポジティブな反応が増え、期待と共感が広がった一方で、タナカ部長のような、深まる亀裂もまた、はっきりと見えていた。
私たち「絆」チームの本当の戦いは、ここから始まるのだと、私は直感した。
それは、目に見える数字や感情だけでなく、もっと深い、会社という組織の根幹にある壁を乗り越える戦いになるだろう。
(つづく)