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第32話:潜む闇と、一筋の光

全体会議での発表後、「絆」チームは静かなる危機に直面していた。


人事部のタナカ部長による水面下での巧妙な妨害工作と、仕事に飢え、その才能を活かせずに絶望の淵に沈みかける若手社員たちの存在。

特に、営業部のサトウのような社員が見せる無力感と諦めは、私の心に重くのしかかっていた。

彼らの未来を、この組織の中で閉ざしてはならないという焦燥感が募る。


ミサキは、全体のデータ改善の裏で進む「才能の喪失」という問題に、真正面から向き合っていた。

営業部のサトウとの面談を重ねていた。

話に根気強く耳を傾け、仕事がないことへの苛立ち、与えられた雑務の無意味さへの不満、能力を活かせない焦り、「この会社に自分の居場所はない」という深い孤独感と向き合っていた。


サトウの心の奥底からは、「なぜ、自分はここにいるのか」「自分は本当にここで必要とされているのか」という根本的な問いかけと、答えが見つからない苦しみが痛いほど伝わってきた。

多くの若手社員が抱える心の叫びの代弁だった。


「彼らが必要としているのは、単なる仕事の割り振りじゃない。

表面的な業務量が増えることでもない。

自分たちの能力が認められ、会社に貢献できているという確かな実感なのね。

自分の存在意義を感じたいと願っているんだわ」


面談を終えたミサキは、悔しそうにそう呟いた。

メンターとしての深い責任感と、この現状を何としてでも変えたいという強い思いが滲んでいた。

サトウの苦しみを自分のことのように感じている、切実な光が宿っていた。


一方、ユウトは、社内SNSの匿名掲示板に投稿された批判的な書き込みの分析を、寝食を忘れる勢いで続けていた。

PC画面には、膨大なログとIPアドレスの羅列が映し出されている。

コーヒーを片手に、彼は瞬きもせずにデータと向き合っていた。


解析の結果、特定のIPアドレスからの書き込みが集中していることが判明した。

そのIPアドレスを辿っていくと、驚くべきことに、それは人事部の役員室と経理部の部長席周辺からのものだった。


「間違いないっす、リョウ先輩!

これ、タナカ部長とヤマモト部長のラインですわ。

特定の若手社員のアカウントを装って、会社への不満やプロジェクトのネガティブな情報を意図的に流してる。

しかも、巧妙に世論を煽るような言葉を選んでるんです。

『あれはただのパフォーマンス』『結局、上の自己満足に過ぎない』とか、『新しいことばかり始めて、既存の事業がおろそかになっている』とか、社員の不安を煽るような言葉を繰り返し投稿してます。

これって、もう明確な妨害行為ですよ!」


ユウトの報告に、リョウ先輩の表情が凍り付く。

彼の目は、データが示す冷徹な真実を映し出していた。


「やはり、彼らは私たちが思っている以上に、このプロジェクトを敵視している。

そして、その矛先は、成果を出している若手、そしてミサキさん個人にも向かっている。

ミサキさんの発表が、彼らにとってよほど不都合だったのだろう」


リョウ先輩の声には、怒りにも似た、静かな感情が宿っていた。

この情報戦が、単なる意見の対立ではなく、組織の未来をかけた権力闘争へとエスカレートしていることを悟っていた。


私たちは、この事実をどう社長に報告し、どう対応すべきか、重い議論を交わした。

内部からの妨害は、外部からの圧力よりも厄介だ。

会社の信頼関係を損ねるだけでなく、社員の士気にも悪影響を及ぼす可能性がある。

安易な対応は、かえって彼らを勢いづかせてしまうかもしれない。


そんな緊迫した状況の中、私はある日、廊下で意外な人物に出くわした。

総務部のモリタだ。

先日、若手社員と楽しそうに話していた彼だ。

私を見ると、少し躊躇しながらも声をかけてきた。

何かを伝えたいという微かな緊張と、一方でどこか温かい光が宿っているように見えた。


「ハルカさん、ちょっといいかい?

あんたたちのプロジェクト、少しは社内も変わってきたように思うよ。

特に、最近は若手が部署の垣根を越えて、ちょっとした相談をするようになってね……」


モリタは、周囲を気にするように声を潜め、さらに続けた。

目元には、以前のような疲労の色は薄れ、微かな笑顔が浮かんでいる。


「実はね、うちの部の若手が、先日、他部署の抱えていた問題に、ちょっとしたヒントを出して解決に繋がったんだ。

そのアイデアは、彼らがランチシャッフルで隣の部署の人と話した時に聞いた、何気ない会話から生まれたものらしい。

これ、以前だったら考えられなかったことだ。

部署の壁が高すぎて、そんな連携なんて夢のまた夢だったからね」


以前のような不満や諦めではなく、かすかな誇りと、純粋な喜びが浮かんでいた。

それは、彼自身が小さな変化の証人となり、その変化を嬉しく思っている証拠だった。


私の直感センサーは、モリタの心に、「変化を受け入れ始めたことへの小さな喜び」と「自分も貢献できたという充実感」が混じり合っているのを感じ取った。

彼は、目に見える成果だけでなく、社内の人間関係の質的変化を、肌で感じ取っていたのだ。


「彼ら(タナカ部長たち)が何を言っているか、俺も少しは耳にしている。

匿名掲示板の書き込みとかもね。

だが、実際に変わってきている部分があるのも事実だ。

君たちのやってることは、決して無駄じゃない。

だから、あんたたち、負けるんじゃないぞ」


モリタは、そう言い残して去っていった。

彼の背中は、決して大きくはないが、確かな応援の念が込められているように見えた。

その言葉は、まるで暗闇の中に差し込む一筋の光のようだった。

私たちを囲む重苦しい空気の中に、希望の風を吹き込んでくれた。


「絆」プロジェクトは、社内に深く潜む闇に直面していた。


タナカ部長たちの組織的な妨害という明確な脅威と、若手社員たちの才能が失われるという静かなる危機。


同時に、モリタさんのような、小さな「変化の芽」が、静かに確実に育ち始めていることも感じられた。


私たちの戦いは、より複雑に、より個人的なものになりつつあった。


それは、会社の未来をかけた、真の「絆」を試される時だった。


(つづく)

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