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第34話:真実の告白と、静寂の波紋

年末の全体会議当日。スターライト企画の全社員が集うホールの空気は、これまでにないほどの緊張感と、微かなざわめきに包まれていた。それは、人事部のタナカ部長たちが仕掛ける静かなる妨害工作の圧力と、私たち「絆」チームが最後に投じるミサキの過去の告白という、二つの大きな波が会場に押し寄せているかのようだった。


壇上の私たちは、静かに確固たる決意を胸に、会場を見渡した。一人ひとりの社員の顔には、期待、不安、好奇心、そして疑念が入り混じっていた。


私にとって、この年末の全体会議は二度目だった。昨年のこの場は、ただただ緊張で、何もかもが遠く感じられたものだ。今年の私は、一人ひとりの社員の視線、会場に漂う空気、何より彼らの心の奥底で揺れる感情の波を、これほどまでに敏感に感じ取っていた。それは、この一年で私が、「絆」チームが、どれだけ多くの困難を乗り越え、成長してきたかの証だった。


同時に、昨年にはなかった、深い闇と、社員たちの抱える切実なSOSが、会場のあちこちから伝わってくるのを感じていた。


最初に登壇したのはリョウ先輩だ。昨年よりもより落ち着いており、会場全体に澱みなく響き渡った。

「絆の連携作戦」のこれまでの成果を、理路整然と、具体的な数字を交えながら淡々と説明していく。効率の向上、残業時間の削減、部署間の連携強化による生産性アップ。客観的な事実は、社員たちの漠然とした疑念を少しずつ溶かしていく力を持っていた。


ユウトは、その横で、プロジェクターに映し出される洗練されたデータを指し示しながら、補足説明を加える。数字の裏にある社員たちの見えない努力を称えるかのように輝いていた。


私の直感センサーは、社員たちがデータに引き込まれ、真剣な眼差しを向けているのを感じ取った。最前列のタナカ部長の顔は依然として険しく、腕組みをしたまま微動だにしなかった。


その場に静寂が訪れた。まるで時間が止まったかのように、会場の熱気が一瞬にして冷え込む。


次にマイクを握ったのは、ミサキだった。昨年同様に極度の緊張でかすかに強張っているが、その瞳には、揺るぎない強い光が宿っていた。これまでのピンクスーツとは違い、真摯な白いブラウスの胸元で、ペンダントがわずかに揺れる。


「皆様、本日は、私個人の過去の失敗について、包み隠さずお話しさせてください」


ミサキの言葉がホールに響くと、会場全体に小さく明確なざわめきが広がった。予期せぬ展開に、社員たちの間に戸惑いが走る。


『え、あのミサキさんが?』

『まさか、そんな話をするの?……』

『でも、興味あるよね』

といった戸惑いの声が、会場のあちこちから聞こえてくる。


役員席のタナカ部長が、一瞬、口元を歪め、嘲笑のような、あるいは「しめしめ」とでも言うかのような、薄気味悪い表情を浮かべたのが見えた。


ミサキは一切ひるむことなく、その視線をまっすぐに社員たちに向け、静かに語り始めた。


「数年前、私はある重要な新規事業プロジェクトのリーダーを務めていました。私は当時、自分の能力を過信し、チームメンバーの意見に耳を傾けず、独断で物事を進めてしまいました。結果、私の不注意と、チームメンバーとの決定的な連携不足により、そのプロジェクトは市場での大きな失敗を喫し、会社に多大な損失を与えてしまいました」


ミサキの声は、震えていた。その言葉一つ一つには、偽りのない真実と、当時の痛みが鮮烈に込められていた。ミサキは、目を閉じて、その時の深い後悔と向き合うように、ゆっくりと話し続ける。


その時、会場のあちこちから、抑えきれないひそひそ声が聞こえ始めた。

「あれ、あの有名な失敗プロジェクトのリーダーだったのか……」

「ああ、あれな。かなりの損失だって聞いた」

「やっぱり、ああいうことって表に出てこないだけで、誰かの責任があるんだな」

私の直感センサーは、そのひそひそ話の中に、好奇心だけでなく、批判的なニュアンスや、タナカ部長たちのグループが流布した「情報」の影響が潜んでいるのを感じ取った。


それでもミサキはひるまない。堂々としていた。


「私はその責任から逃れ、自分を責め続ける日々を送りました。会社にいるのが辛く、自分の居場所はないと感じていました。毎日、オフィスに来ること自体が苦痛で、自分の存在が無価値に思えました。あの時の私は、まるで透明な存在になったかのようでした。誰にも見えず、誰にも必要とされていないと」


ホールのあちこちで、社員たちが息を呑むのが聞こえた。ミサキの痛々しい告白は、多くの社員の心に深く刺さったようだ。特に、先日私が話した営業部のサトウ君の顔が、驚きとかすかな希望の色に染まっているのが見えた。


サトウの瞳の奥に、共感の光が宿る。

私の直感センサーは、ミサキの言葉が、これまで心の奥底に閉じ込めていた、多くの社員たちの「孤独」や「無力感」という「声」と共鳴し、静かな共感の波を広げているのを感じ取った。


タナカ部長の嘲笑は完全に消え、表情は急速に険しさを増していった。まるで獲物を見失った獣のように、焦りと苛立ちに満ちている。ミサキの告白が、予想をはるかに超える影響を与えていることに、気づき始めていた。


「だからこそ、私はこの『絆の連携作戦』に、自分の全てをかけています。これは、単なる業務効率化のプロジェクトではありません。かつての私のように、居場所を失いかけている社員の皆さんに、もう一度『ここで輝ける』と感じてもらうための、私たちの覚悟なんです。皆さんの声に、私たちは耳を傾けます。皆さんの才能を、私たちは信じます。皆さんがこの会社で『真に生きる』ことができるように、私たちができる全てのことをします」


ミサキは、最後に力を込めてそう言い切った。目からは、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは弱さの涙ではなく、過去を乗り越えた強い決意と、未来への希望の証だった。


ホールは、まさに静寂に包まれていた。拍手は起こらなかった。


それは否定的な沈黙ではなかった。一人ひとりの社員が、ミサキの言葉を深く、真剣に受け止めている、重く、温かい、心震える沈黙だった。


私の直感センサーは、社員たちの心の中で、何かが音もなく崩れ、新たな感情が芽生え始めているのを明確に感じ取っていた。それは、氷が溶け、春の芽吹きが始まるような、静かで確実な変化だった。


リョウ先輩が、ゆっくりとミサキの肩に手を置いた。その視線は、深い労いと、彼女への確かな信頼が込められていた。言葉はなかったが、その仕草は二人の間に生まれた強い絆を雄弁に物語っていた。


その瞬間、ホールに、かすかな拍手が響き始めた。それは、最前列に座っていた総務部のモリタからだった。ミサキの言葉に深く感銘を受けたように、大きく頷きながら拍手していた。拍手は、静かなホールにゆっくりと広がり、やがて大きな、温かい拍手の渦となった。一人、また一人と、拍手の輪が広がっていく。その音は、まるで凍てついた大地から湧き上がる命の鼓動のようだった。


タナカ部長は、その中で、一人腕を組んだまま、口元を醜く歪めていた。表情は、もはや諦めでも嘲笑でもなく、計算が狂い、コントロールを失ったかのような、むき出しの苛立ちと、底知れない焦りの色を帯びていた。目には、かつての冷静さはなく、獲物を奪われた獣のような、凶暴な光が宿っていた。彼の巧妙な妨害工作は、ミサキの「真実の告白」という、想像をはるかに超える「非凡な一手」によって、脆くも打ち砕かれたのだ。社員の感情に訴えかける「絆」の力を、徹底的に侮っていた。


私たちは、この拍手の音の中に、確かに「絆」が生まれ始めているのを感じた。


それは、数字では測れない、人々の心の奥底から湧き上がる希望の音だった。


私たちは、この拍手の音の中に、確かに「絆」が生まれ始めているのを感じた。それは、数字では測れない、人々の心の奥底から湧き上がる希望の音だった。


同時に、タナカ部長の奥底に潜む「闇」が、より深く、より危険なものへと変化していることも感じ取っていた。心の中で、何かが決定的に壊れ、もはや理性では制御できないような、どす黒い感情が渦巻き始めているのを感じた。


真実を語ることは、新たな戦いの始まりだった。


人は、なぜ、その道を変えてしまうのか。


(つづく)

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