6年ぶりのグロリハレル伯爵家の門が見えてきた。
カリヨンは無意識に顔をしかめた
石造りの門は、かつてと同じく威厳ある佇まいだが、苔が張り付き、鉄の装飾には赤錆が広がっている。
維持にかける資金がないのは相変わらずのようだ。
帰郷の懐かしさなど微塵も湧かなかった。
アレッシャンとともに敷石を踏むたび、過去の冷たい視線と罵声がよみがえる。
――今の私は、あの頃の従順な娘ではない。
応接間に通されると、父とレナが待っていた。
父は昔と変わらず椅子にふんぞり返っている。やや痩せた体に、不健康に膨らんだ腹が目立っていた。
レナは一見華やかな衣装をまとっている。取り繕っているが、生地は安物だ。
微笑を浮かべていたが、目の奥には緊張がにじんでいる。
「おかえりなさい、お姉様」
――声も仕草も、自分に生き写し。
姉を真似し、器用に振る舞い、褒められるのはいつもレナ。
けれど、レナは表面だけの愛想と言葉しか持たない。
成長したカリヨンは、もはやそんな薄っぺらさに惑わされない。
「久しぶりね、レナ。お父様も……お元気そうで何よりだわ」
「許してやると言っただろう。それに今のお前には少しは礼儀というものを」
父のつじつまの合わない叱責めいた声を聞き流しながら、カリヨンはゆっくり手袋をしたままの手を膝に置いた。
荒れた屋敷の中でどこかに触れたのか、手袋が少し汚れている。
汚れても構わない服を選んできて正解だった。
「お父様。私が何を『許された』のか、ぜひ伺いたいものです。……ああ、もしかして、お母様の遺産の王国債を置いていったこと?」
父はギクリとしたように咳払いした。
カリヨンは声と言葉に棘を込めたが、淡々とした口調を心がけた。
それがかえって、父の胸に刺さったのだろう。
レナが割って入った。
「お姉様、昔話はあとにして、これを見ていただけますか?」
差し出されたのは、宝石瓶のように装飾された薬品容器だ。
ガラス細工が散りばめられているが、どこか安っぽい。明らかに趣味が悪い。
「これは……?」
「お姉様に見せていただいた研究ノートにあった美顔剤のレシピを、私が改良したの」
――見せた覚えはない。盗んだのよ。
「今風の香料を加えて、より高貴な雰囲気にしたのよ」
「それが、どうかしたの?」
「王室に納品したいの。紹介だけでいいわ。お姉様の実績があれば、すぐに通るでしょう?」
カリヨンは成分表を受け取り、目を通した。
――ドラゴンサステル、イエロールハーモン、サレンシア油……
呆れたまま沈黙していると、レナは配合に感心していると勘違いしたようだ。
勝ち誇ったように口を開く。
「製造は私たちの商会でいたします。利益の一部はお姉様の母君の墓を維持する費用に充てるわ」
カリヨンはあきれて言葉も出なかった。
母の墓参りには定期的に行き、寄付も欠かしていない。
伯爵家の者など一度も訪れた形跡すらない。
しばらく黙って成分表を見たあと、静かに口を開いた。
「……では、こうしましょう」
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