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第5話 帰郷

 6年ぶりのグロリハレル伯爵家の門が見えてきた。

 カリヨンは無意識に顔をしかめた


 石造りの門は、かつてと同じく威厳ある佇まいだが、苔が張り付き、鉄の装飾には赤錆が広がっている。

 維持にかける資金がないのは相変わらずのようだ。

 帰郷の懐かしさなど微塵も湧かなかった。


 アレッシャンとともに敷石を踏むたび、過去の冷たい視線と罵声がよみがえる。

 ――今の私は、あの頃の従順な娘ではない。


 応接間に通されると、父とレナが待っていた。


 父は昔と変わらず椅子にふんぞり返っている。やや痩せた体に、不健康に膨らんだ腹が目立っていた。


 レナは一見華やかな衣装をまとっている。取り繕っているが、生地は安物だ。

 微笑を浮かべていたが、目の奥には緊張がにじんでいる。


「おかえりなさい、お姉様」


 ――声も仕草も、自分に生き写し。

 姉を真似し、器用に振る舞い、褒められるのはいつもレナ。

 けれど、レナは表面だけの愛想と言葉しか持たない。

 成長したカリヨンは、もはやそんな薄っぺらさに惑わされない。


「久しぶりね、レナ。お父様も……お元気そうで何よりだわ」

「許してやると言っただろう。それに今のお前には少しは礼儀というものを」


 父のつじつまの合わない叱責めいた声を聞き流しながら、カリヨンはゆっくり手袋をしたままの手を膝に置いた。

 荒れた屋敷の中でどこかに触れたのか、手袋が少し汚れている。

 汚れても構わない服を選んできて正解だった。


「お父様。私が何を『許された』のか、ぜひ伺いたいものです。……ああ、もしかして、お母様の遺産の王国債を置いていったこと?」


 父はギクリとしたように咳払いした。

 カリヨンは声と言葉に棘を込めたが、淡々とした口調を心がけた。

 それがかえって、父の胸に刺さったのだろう。


 レナが割って入った。


「お姉様、昔話はあとにして、これを見ていただけますか?」


 差し出されたのは、宝石瓶のように装飾された薬品容器だ。

 ガラス細工が散りばめられているが、どこか安っぽい。明らかに趣味が悪い。


「これは……?」

「お姉様に見せていただいた研究ノートにあった美顔剤のレシピを、私が改良したの」


 ――見せた覚えはない。盗んだのよ。


「今風の香料を加えて、より高貴な雰囲気にしたのよ」

「それが、どうかしたの?」

「王室に納品したいの。紹介だけでいいわ。お姉様の実績があれば、すぐに通るでしょう?」


 カリヨンは成分表を受け取り、目を通した。


 ――ドラゴンサステル、イエロールハーモン、サレンシア油……


 呆れたまま沈黙していると、レナは配合に感心していると勘違いしたようだ。

 勝ち誇ったように口を開く。


「製造は私たちの商会でいたします。利益の一部はお姉様の母君の墓を維持する費用に充てるわ」


 カリヨンはあきれて言葉も出なかった。

 母の墓参りには定期的に行き、寄付も欠かしていない。

 伯爵家の者など一度も訪れた形跡すらない。


 しばらく黙って成分表を見たあと、静かに口を開いた。


「……では、こうしましょう」


 ***

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