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第6話 王宮

 王宮の審査会会場は、荘厳な装飾の施された広い会議室だった。

 天井には金箔のレリーフがきらめき、重厚な絨毯が敷かれている。

 審査委員たちの長机は機能的だが、よく手入れされた一枚板で出来た逸品だ。


 その中、レナは新品の薬師服に身を包み、やや過剰な厚化粧を施していた。

 自信満々に壇上に立つその姿は一見堂々としていたが、額には玉の汗がにじんでいた。


 カリヨンは後列の立会人席に控えていた。

 控えめな装いに、母のイヤリングとネックレスが品良く調和している。

 紹介者としての名義だけを提供したカリヨンに、今回は発言権はない。


 しかしその目は、冷静に壇上の妹を見つめ続けていた。


 審査官たちが、提出された成分表を手に取る。


「この成分、まさか……。ドラゴンサステル? 本気か?」


 ざわめきが広がった。誰もが眉をひそめる。

 筆頭の老薬師が、眼鏡をずらしながら静かに言う。


「ドラゴンサステルは、王室内では明確な禁忌指定がなされている素材です。過去、王太后殿下が当該成分へのアレルギー反応で重症となった事例があり、以後、使用禁止の勅命が出ております」


 レナの顔から血の気が引いた。唇が震え、視線が泳ぐ。

 動揺しながら、言い訳しようとする。


「で、ですが! 香料の印象を強くしたくて、ほんの少しだけ加えただけで……っ! 王室の好みに媚びる時代は終わったと思って……! 姉、カリヨンのものを参考にして……!」


 それは、浅はかな「新しさ」の主張だった。


「誓約書をご確認ください」


 立会人席にいたカリヨンの法律顧問が静かに立ち上がり、書類を提示する。


「こちらは、王室御用達薬師カリヨン嬢が本案件に一切関与しておらず、全責任がグロリハレル伯爵家のレナ嬢および当主にあることを記した文書です。王国法務局の認証済みで、法的拘束力を有しております」


 審査官たちの視線が一斉にレナへと向けられる。


「成分表に基づけば、人体への有害性は明らか。しかも王室に納品申請とは!」

「これは王家の尊厳を踏みにじる行為。不敬の罪に相当します」


 レナの顔が……厚化粧の上からも分かるほど青ざめる。


「ち、違う! 私は悪くない! 全部、姉が……っ!」


 カリヨンはわずかに目を伏せ、そしてふたたび視線を上げる。

 何の感情も示さないように努める。

 けれど、手が肘掛けの上で、ほんの少しだけ震えるのは止められなかった。

 それは、妹として暮らした人間に抱いていたほのかな愛情が、最後にきしんだ証しだった。


「グロリハレル伯爵家当主およびレナ嬢を、薬品規定違反および王室への不敬罪により拘束いたします」


 近衛兵が、重い靴音を響かせながら静かに進み出る。


「待って、私は! 私は悪くないのよ! お姉様のあとを継ごうとしただけなのに……私のほうが、きっと……っ!」


 泣き叫ぶレナが、左右から抱えられ、無様に連行されていく。

 その声は悲鳴にも似ていたが、審査会場に残った者たちは、誰ひとりとしてそれに応えなかった。


 ***


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