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第15話 リーザ、長男の惚れっぽさを心配する。

「昨日アカデミーに通い始めたばかりなのですが、もう卒業したのですか? アーデン侯爵令嬢の補佐官になったということですか?」


私は疑問ばかりが浮かび、彼に尋ねた。

確かに天才レオが毎日のように兄上はすごいと言っていたが、それは兄を気遣ってだと思っていた。

本当にダンテは皇帝陛下やアーデン侯爵令嬢も認める優秀な人間だったのだろうか。


エスパルでは天才レオだけがそれに気づいていて、帝国の天才2人にもそれが理解できたのか。

私は母親なのに、ダンテをずっと問題児だと思っていた。


「僕のエレナは我慢が効かないところがあるんだ。母親である伯爵に言わずに卒業手続きをしてしまったとは、驚かせてしまったね。彼女の補佐官として今日から働いているよ」

息子と同じ年の皇帝陛下が私の立場になって考えてくれているのが分かる。


「心配です。アーデン侯爵令嬢のような美しい方と一緒にいたらダンテは絶対に彼女を好きになります。悲しい思いをさせたくないんです」

私は気がつくと思いのたけを話していた。

皇帝陛下に言うような言葉ではないのに彼が私の立場になって考えているのが分かるから、本音を口にしてしまった。


もしかしたら皇帝陛下の話し方は、レオより上位の高等な会話のテクニックなのかもしれない。

相手から好意を引き出すだけでなく、心のうちの本音を引き出してしまう。


私も雰囲気に甘えておかしなことを言う危険性を理解しているのに、気がつけば本音が漏れていた。


ダンテは必ずアーデン侯爵令嬢を好きになる。

彼はずっと人が大好きで、好かれたくて話しかけ続けたのに人から避けられていたのだ。


そこに、絶世の美女が現れて自分の能力を認めてくれて自分を側に置くと言う。

それでダンテが彼女を好きにならないなら、多分ダンテは男が好きだと私は思う。


「子供思いの優しいお母さんなんだね。1人になったら使って⋯⋯」

皇帝陛下は私が今まで誰からも言われたことがなく、ずっと言って欲しかった言葉を掛けてくれた。

そっと、ハンカチを渡して彼は執務室を出て行った。


私が泣きそうだと気付いてくれたのだ。

帝国貴族は人前で泣いてはいけないから、そっと気遣ってくれた。


「皇帝陛下の中の人、男前な42歳くらいだよね⋯⋯」

私は彼がとても成熟した男に見えて思わず呟いていた。

ずっと辛い思いをしてきただろうダンテが認められた嬉しさと、失恋確定の恋をして苦しむだろうことに一頻り泣いてから部屋を出た。


「これから、貴族会議を始めます」

初めての貴族会議だ。

伯爵以上の貴族が出席するらしい。


アーデン侯爵は一発で分かった。


金髪碧眼の王子様のようなルックスで、白地に銀糸で家紋の入った礼服を着ている。


私の調査では39歳だが、見た目年齢は27歳だ。

要職についてないので、遠い席に座っているが周りの貴族たちは彼が入ってくるなり彼に挨拶した。

ただ、私は彼に違和感を感じた、武人の家系で騎士団の団長というのに彼は人を殺したことがない目をしている。


王子と言えば、私はエスパルで帝国から国外追放されたライオット・レオハード元皇子を見たことがある。

エスパルは帝国領になってしまったから、彼もそろそろエスパルから移動するのではないかと聞いてミーハー心に見に言ったのだ。


エスパルで一番豪華な邸宅であった断罪されたヴィラン公爵邸に住んでいた。


私はここでもアラン皇帝陛下の賢さを知った。

皇帝陛下はおそらく、彼の兄に良い環境を与えたいのだろう。

次の適当な移動先が見つからないと言い訳を立てて、できるだけ長く兄をエスパルに止まらせそうだと私は思った。


ヴィラン公爵邸は塀が高く、周りと距離を置きたければ邸宅内にこもれる。


そして、エスパルの民はライオット・レオハードを罪人とは思わず、むしろ自制心の強い素晴らしい方だと捉えていた。

ライオット・レオハードの罪は彼の母親を殺したカルマン公子の背中を切ったことだ。

母親を殺されたのに、相手を殺さずに背中を切るだけに済ませた自制心。

そして、カルマン公子自体が殺人者であることを考えるとライオット・レオハードを罪人だと思う人間はエスパルにはいなかった。


これが、他の国の人間だと違うかもしれない。

人を傷つける行為自体に罪を感じる国ならば彼は非難されるだろう。

エスパルの民はなぜそうなったのか理由を考える人の方が多い。


ヴィラン公爵という存在に苦しめらてきたエスパルの民は、当然、帝国の粛清されたカルマン公爵家の存在を知り自分たちの状況と似たものを感じ悪感情を持った。

だから、ライオット・レオハードは苦しい中でも一矢報いた英雄のようにも捉えられた。


そして、縁起というものをエスパルの民は気にする。

豪華絢爛な邸宅に住んでいることよりも、断罪されたヴィラン公爵邸という縁起の悪い場所に住まわされているライオット・レオハードに同情的になる人の方が多かった。


私は、ただ彼は羨ましい人だと思っていた。

弟であるアラン皇帝が環境を整えてくれて、仕事もしなくても豪華な生活ができる。


邸宅にこもっている彼がカーテンを開けてこちらを見た。

王子っぽさはまるでなく、ただ人嫌いで孤独そうな印象を受けた。


エドワード様のことが気になって彼の領地について調べたが、彼の領地の暴動を制圧したのはライオット・レオハードが率いる軍だった。


ライオット・レオハードは彼の領地でたくさんの人間を殺していた。

それにも関わらず、窓越しに見た彼の目は人を殺したことのないような目だった。

彼は二重人格なのだろうか。


皇帝陛下に続いて、エレナ・アーデンとダンテが入ってきた。

ダンテが硬そうで非常にお洒落な礼服を着ていて驚いてしまった。

皮膚感覚が敏感な彼はあのような硬そうな服は着れないはずだった。


青地に黄色いラインが入った礼服はスタイリッシュで、そのような色の組み合わせをエスパルでは見たことがなかった。

その服をファッション事業でも成功しているというエレナ・アーデンが用意したとに違いないと思うと、私は彼女に怒りが湧いた。


ダンテが期待するようなことをわざとして彼を夢中にさせ、色々な悪事をさせようとしているのではないかと不安になったのだ。

今見ても明らかにダンテが彼女に恋をしているのが分かる。


それが私以外から見たらわからないと確信できたのは、エレナ・アーデンがそれを上回るラブビームでずっと皇帝陛下を見ていたからだ。

私は息子に目が行くけれど、貴族会議に何しにきたのかわからないくらい皇帝陛下しか見つめていない彼女はもっと注目を浴びている。


「先代からずっと仕えて参りました。今回の人事はあまりに不公平ではございませんか?」

ロベル侯爵が早速ヒートアップして皇帝陛下に不満を告げている。

先日、私がハニートラップを仕掛けた時も思ったが彼は思慮が浅い。


皇帝陛下がなんでも話せる雰囲気を作っているのは、本音を聞き出すためだ。

この雰囲気と天使のような陛下のルックスに騙されて人事への不満を述べるなんで馬鹿すぎる。

そして、彼のそばにいる貴族たちも口々に不満を口にする。


皇帝派や貴族派など覚えなくても見れば明らかだった。

今不満を口にして自分の主張ばかり話しているのは全員貴族派の人間だ。

見ればわかるのだから派閥情報に関しては、そろそろ私の脳から消去されそうだ。


「私は、不公平だとは思いません。皇帝陛下はむしろ慈悲深く不正を犯した人間に対しても今までの事は目を瞑ってくださるとチャンスを与えてくださったではありませんか。再び帝国に尽くしたいのであれば、次の試験を受けて帝国へ貢献できる能力を見せれば良いだけのことではありませんか?」


アーデン侯爵が宥めるよう語り始めると、みな黙って彼の話を聞いた。


やはり、彼は他の貴族から一目置かれているようだ。

そして彼は帝国全体のバランスを考えて、貴族派に少しでも残ってほしいと考えてそうだ。


「ロベル侯爵家は代々中央政府で要職として働いてきたわけだし、その貢献度を見て欲しいということだよね」

皇帝陛下がロベル侯爵を一見擁護することを言った。

これは罠だ、陛下の作る甘い雰囲気に騙されて不満をぶちまけようならロベル侯爵は終了するだろう。


「その通りでございます、全てが不公平なのです。コットン男爵は領地を召し上げられたのに、同様のことをしたリース子爵が息子であるエドワード・リースに爵位を継げたのもおかしい。贔屓が存在するのです」


ロベル侯爵はアーデン侯爵の言葉に一度はおさまったのに、またヒートアップして今度は自分とは関係のない人事に口を出し始めた。

エドワード様の名前が思わぬ登場をしてきたが、やはり彼の人事は特別扱いだということだ。

能力主義の今の人事で特別扱いされるのだから、彼は優秀なのだ。

もっと自分に自信を持って欲しい。


アーデン侯爵の言葉の後は、他の貴族は陛下がセカンドチャンスを与えてくれた事実を再認識できて不満を言うことがなくなった。


それなのに、皇帝陛下の罠にかかったロベル侯爵だけはこの後も1人不満を言い続けた。







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