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第16話 リーザ、ロベル侯爵に縋られる。

「大変有意義な時間をありがとう、ロベル侯爵閣下」

これまで、ただ恋する瞳で陛下を見つめるだけで話を聞いてなさそうだったエレナ・アーデンが口を開いた。


その声に一気に部屋中に緊張が走る。

彼女がヤバイ女だってことは、ここにいる貴族も知っているのだろうか。


「昨日、侯爵は執務室である女性に性的暴行を加えたわね。彼女の立場、出身、身分全てを考えても、帝国を揺るがすだけでなく国際問題になるわ」

エレナ・アーデンの言葉に周りの貴族たちが静かに顔を見合わせ出した。

なんだろう、彼女の話している間に声を出すのも怖い雰囲気だ。


それにしても、他国出身の身分ある人妻にでも手を出したのだろうか。

本当に下半身でしかものを考えられない豚だという私のロベル侯爵への見立ては正しかった。


「マリオ・ロベル、そなたは立場を利用し多くの罪を犯してきた。自分の行動を省みて帝国のことを考えることに期待したが、残念だ」


突然、皇帝陛下が三行半をロベル侯爵に突きつけてきた。


「ロベル家の爵位、領地、財産を全て没収し皇室に帰属させるものとする。被害女性に関して勘繰るような真似を決してしないように、その理由はここに集った帝国の財産とも言えるそなた達には言わずとも分かるはずだ」

陛下の天使のような声が響き渡る。

早い展開に驚いた、裁判をすることもなく皇帝陛下の一声で判決が決まってしまった。


エスパルでは形だけでも、貴族を罰する時は裁判があったはずだ。

まるで、皇帝の一存だけで決まっている帝国は実はエスパル以上の独裁国家ではないか。


「皆様に私の新しい補佐官を紹介するわ。なんとアカデミーを1日で卒業してしまったのよ。明日から彼と東部の7か国を巡ってくる予定よ」

エレナ・アーデンは、放心するロベル侯爵を放置しダンテを紹介しはじめた。


おそらく3年のアカデミーを1日で卒業したというのが貴族たちにとって衝撃だったのだろう。

エドワード様がアカデミーの勉強は本当に大変だったと言っていた。


ここにいる貴族はみんな卒業生だから、きっと1日で卒業したという実績の凄さが分かるのだろう。

下手したら自分たちの子供よりも若いダンテが、陛下と同等の権力を持つアーデン侯爵令嬢の補佐官に抜擢されても文句を言うものが1人もいない。


貴族たちが驚愕の表情をして、ダンテを見つめている。


「ダンテ・スモアと申します。今日からアーデン侯爵令嬢の補佐をしています。東部の7カ国を帝国の新しい領土にして戻ってくるので宜しくお願いします」

ダンテがしっかりした声で自己紹介をしていたので驚いてしまった。


7カ国も帝国の領土にするのだから、長旅になりそうだ。

初恋の美女と早速旅行だなんて心が躍ってそうで心配になった。


そういえばエレナ・アーデンの一言から風向きが変わった。

彼女が怖いくらいの絶世の美女なので、まるで幼い君主を誑かしている悪女のように見える。


わざとそう見せているに違いない、もし反乱因子が動くとしたら彼女の留守中だ。

だから、彼女はしばらく留守にするとあえて言ったのだ。


会議場を皇帝陛下に続いて、エレナ・アーデンとお洒落ダンテが出て行こうとする。

ダンテは彼女に完全に夢中になってしまっていて、私が会議場にいたことも気付いていなそうで寂しい。


「お待ちください。皇帝陛下」

先程まで放心としていたロベル侯爵が、皇帝陛下に縋ろうと彼を追いかけようとした。

瞬間、アーデン侯爵令嬢の指先が光った気がした。


すると、ロベル侯爵は跪いてしまい。

アラン皇帝陛下もアーデン侯爵令嬢もダンテもその場を去ってしまった。


私はロベル侯爵が爵位を失い平民になってしまったことで、彼を利用した離婚作戦ができないことに落ち込んでいた。

会議室を出ようとした時に突然、跪いている彼が私の足を掴んでいた。


「リーザ、真実を伝えてください。どうか、皇帝陛下に!」

彼の縋るような声に、私は初めて自分が先程語られていた被害者女性だと言うことに気がついた。


私は敵国エスパルの出身で子持ちの人妻、帝国で伯爵位を持つ宰相だ。

私に手を出すと言うことは、確実に大きな問題となる。


瞬間、彼の足元に刺さっている針が見えた。

普通の縫い針だが、彼がすぐに跪いたことを見ると麻痺させるような薬が塗ってある。


私はエスパルで平民として近所の人と殺し合いを木刀一本でしなければならない時この針を使っていた。


この針にマヒマヒの木の樹液を塗って、相手の足元を狙って指で弾いて刺すのだ。

そうすると、10秒程度動きを止められる。

10秒あれば十分相手に勝てたし、針は後で発見されても服を縫うときに残したとしか思われない。


ちょうど10秒くらいでロベル侯爵が立ち上がったことに私は驚いてしまった。

まさか、これは私が使っていた裏技のマヒマヒ針ではないか。


でもペラペラの服に刺すのとは違って、相当な力とスナップの速さがなければ彼の履いている硬いズボンの生地を貫通させることはできない。


エレナ・アーデン、さすが武人の家系に生まれた女だ。

そして、彼女がなぜ今まで一度も露見しなかった私の裏技を知っているのか謎だった。


「リーザ!」

ロベル侯爵が私の肩を掴んできた。


「おやめなさい。爵位を失っても、立派な帝国貴族だった先代に恥じぬ行動をしてください」


アーデン侯爵がそっとロベル侯爵の肩に触れながら言う。

さりげに、彼の肩の関節を外している。

やはり、彼も武人の家系の男、そしてスマートだ。


私はやはり運が良い。

もし、エドワード様より先にアーデン侯爵に出会っていたら彼に恋に落ちていたかもしれない。


エレナ・アーデンの怖さのことも彼が既婚だということもコロっと忘れてプロポーズしてしまってたらと思うとゾッとした。

今頃、城門に私の死体が吊るされていたかもしれない。


ロベル侯爵は肩を抑えるようにして、ふらふらと去っていった。


「スモア伯爵、帝国貴族に失望されましたよね。これからも、皇帝陛下の理想を叶えるべく力を合わせて行きたいと思いますので、何卒広いお心で見守って頂ければ幸いです」


アーデン侯爵が胸に手を当てて頭を下げながら言ってきた。

とても優雅で見惚れてしまったが、同時に彼のような素敵な人に豚に好きにされた女と勘違いされてるのが嫌だった。


全てはエレナ・アーデンの企みなのに許せない。

「あなたの関節技エレガントだったわ。私の殺戮術も見てくださる?」とか言いながら私の技を見せたいが、やらない方が良いことはわかっている。


エレナ・アーデンが私が針使いの殺戮の達人だと知っているのだとしたら、豚に暴行されるような女だと思ってないはずだ。

罪をでっち上げて、ただロベル侯爵を見せしめに使ったのだ。

これだけの見せしめをしても、彼女の留守中に反乱因子が動くなら確かにチャンスを与えても意味のない貴族を炙り出すことができるだろう。


皇帝陛下は後ろ盾の公爵家さえも粛清する不実の嫌いな人だ、そして、慈悲の心を持ち改心すれば過ちを犯したものも大切にしたいと思っているのだろう。

対してエレナ・アーデンは陛下の意向を大事にしたいと思いつつも、本当はセカンドチャンスを与えたくない性格なのだろう。


そして、彼女は見せしめというのが如何に人の心に影響を及ぼすかを知っている。

よくエスパルの城門に、政権批判をしたとして死体が吊るされていた。


私たちはそれを見るたび、恐怖で政権やヴィラン公爵の名さえも声に出さなくなった。

あの死体の主たちは本当に政権批判をしたのだろうか、実は何もしてないのに私たちを脅すために殺されていたかもしれない。


「私も帝国のために手を取り合いたいと思っています。建国祭の準備の手伝いをアーデン侯爵夫人に頼みたいのですが宜しいですか?」


私は今唐突に自分の仕事を思い出して、アーデン侯爵に切り出した。

これ程の男を独り占めできる女を見てみたいと思ったのだ。


「もちろんでございます。妻には私から伝えておきます。大変、名誉なお仕事を頂き、私からお礼を申し上げさせてください」

アーデン侯爵が快く応じてくれて、ホッとした。

人脈も多く、仕事のでき、極上の男から大切にされる女を見ておくことは今後に役立ちそうだ。




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