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第17話 リーザ、秘密の手記を見られる。

「母上、今日もお疲れ様です。お夕飯できているので、今、兄上を呼んできますね」

帰宅すると、レオが笑顔で言ってきた。


2つ分の洗った弁当箱が置いてある。

朝イチでダンテがエレナ・アーデンに拉致されたのだから、1人で食べたのだろうか。

きっと彼のことだから栄養バランスを考えた完璧な弁当を兄のために作っただろうに。


「待ってレオ、明日からお弁当じゃなくて食堂で食べたら?周りは食堂で食べる子が多そうじゃない?」

私はダンテを呼びに行く彼を引きとめて言った。


「今日はみんなお弁当だったんですよ。初日に母上が作ってくれた弁当が美味しそうでみんな羨ましかったのかもしれませんね」


レオが笑顔で言ってダンテを呼びにいった。

おそらく、私が保護者たちに毒物混入疑惑について言ったからだろう。


食堂で働く方々には申し訳ないことをした。

私はレオがまた本心とは違うことを言っていると思った。


私が作った弁当は蒸した芋を弁当箱につめたものだった。

最近、あまりに覚えることが多すぎて料理をどうするのか忘れてしまったのだ。


レオの作った夕食を見て料理とは何かを思い出し、自分の失敗に初めて気がついた。

だから、周りが羨ましがる弁当だったとは到底思えない。


「うわー。レオが作ったんだろ。凄いなー」

豪勢な食事を前にダンテが感嘆の声をあげる。


「今日は美女が俺を迎えに来るし、レオの飯が食べられるし本当に最高の日だ」

ダンテが続けてレオを撫でながら言った。


「兄上良かったですね。兄上が好きそうな女の人でしたね」

レオがダンテに言う、やはり兄が女好きなのを知っていたようだ。


私はダンテに色々聞きたいが気持ちを抑えた。

思えば今までダンテのことは毎日のように何があったか聞いていたのに、レオのことを聞いたことがなかった。


ダンテはどこで何をしたのか心配だが、レオは完璧な1日を過ごしていると思ってたからだ。

エドワード様に私がダンテを贔屓していることを指摘されてから、レオから見て私の姿がどう映ってたか気になるようになった。

だから、今日は徹底的にレオの話をしようと思った。


「アカデミーの勉強はどお?v課題とかたくさん出てるんじゃない?」

私がレオに聞くと、彼は自分に質問が来ると思わなかったのか意外そうな顔をした。


「楽しくやってます。今日は一番偉大だと思う皇帝について書く課題が出ています。」

レオが微笑みながら言ってくる。


彼はいつも柔和な表情をしているから、みんな彼を見るとホッとするらしい。

私は彼のこの顔を見ると、心の中では違うことを考えているのに無理をしてそうで不安になる。


「答えはアラン・レオハードよ。帝国の要職試験でも同じ問題が出たわ」

私は得意げに言った。


「アラン・レオハードは現職の皇帝なので、みんな歴史上の皇帝を書くのかと思ってました。さすが母上、斬新ですね。選んだ理由はなんと書いたのですか?」


レオが返してきて、私は安心した。

レオとはあまりちゃんと会話をしたことがなくて話が続くか心配だったのだ。


「私にチャンスをくれたからよ」

私は記憶の糸を手繰り寄せながら自分が書いた解答について答えた。


「母上らしい素敵な答えですね」

レオが微笑みながら行ってくる。

「レオは、僕の母を宰相にしたからと書くといいわ。権力を解答にちらつかせるのよ。」

私はレオに諭すように言った。


「流石母上です。僕には思いつきもしないアイディアです」

レオがにっこりと笑って返してきた。


「これ、エレナ様から貰った明日の抜き打ちテストの問題」

突然、ダンテがレオに封筒を渡してきた。

そういえば、エドワード様がアーデン侯爵令嬢はテスト問題をどこからか入手して渡してきてくれたと言っていた。


「ナイス!ダンテ補佐官!」

私は思わずガッツポーズをしながら言った。

正直、そんなものなくてもレオはできてしまう気がするがあった方が楽ならその方が良い。


「ありがたいですが、これは不正行為なのではないですか?」

レオが戸惑いながら言ってきた。


「何を言ってるの。問題を裏ルートで入手できる人脈があるかを試されているのよ。」

私は得意げに言い放った。


「流石母上です。テストにそんな意味があるとは思っても見ませんでした」

またレオがにっこり笑って言った。


レオが食事の片付けをしてくれるというのに甘えて、私はダンテの部屋で大切な話をすることにした。

「アーデン侯爵令嬢には気をつけてって言ったの覚えてる? あの人は危険よ。それに、皇帝陛下の婚約者なんだからちゃんと距離を持って接するのよ」


私は最終面接があった日にダンテとレオにアーデン侯爵令嬢には気を付けるように伝えていたのだ。

明らかに目的のためなら手段を選ばない殺しでも何でもする人間の目をしていた。


レオは私の注意にしっかりと応えていたが、ダンテは私が彼女のことをとんでもない美女だったと言ってしまったことでそっちが気になっていたようだった。


「俺はエレナ様のジルベールになるつもりだから、母上の心配には及ばないよ」

私はダンテから発せられた言葉に耳を疑った。


なぜ、彼が私でも忘れかけてた都合の良い妖精のような男ジルベールの名を知っているのか。


「えっと、もしかして2歳の時、ジルベールに会った記憶があるのかな?」

私は皇帝陛下にダンテが書いた地図を見せられたことを思い出し、聞いてみた。


10年前私は2歳のダンテと妊娠中の大きなお腹を抱えてジルベールを訪ねていた。


ダンテを親戚の子と偽り、臨月のお腹をストレス太りという厳しい言い訳をすんなり信じた都合のよい男ジルベール。

別れる時もこちらの気持ちを察して、向こうから別れを切り出してくれた。

もはや、都合が良すぎて存在したのかさえ怪しい妖精のような存在なのだ。


「レオはミゲルに会ったことがあるって、ミゲルもイケメンだったらしいから母上って面食いなんだね。俺と同じだ」

ダンテがレオがミゲルに会ったことがあるという言葉はさらに私を凍らせた。

赤ちゃんのレオをベビーシッターで預かっている子と偽り、ミゲルと会った。


ミゲルはシツコイ男だったが、私は彼から定期的にお金を引き出せると思ったので彼に結婚を切り出した。


「母上の日記にジルベールは妖精のようだ。ミゲルの愛は暴力的だって書いてあったから、俺はエレナ様が困らないジルベールの立ち位置を目指すことにした」

ダンテの言葉に私はますます凍りついた。

ダンテが読んだのは私の日記ではない。


日記帳を使って、自分の女としての自信を保つため自分に夢中なイケメンたちについて記した手記だ。

昔からモテてきた私の女としての自尊心は、マラス元子爵の第3夫人としての生活でズタズタになっていた。


そこで、私は自分の可愛さの需要についてや、私のどこが男に愛されるのかについてちょっとした手記を書いていたのだ。


それは、絶対に自分の息子だけには見られたくないものだった。

見ないて欲しいと伝えなかった私の失態だ。


「ジルベールのような都合の良い男にだけはなってはダメ。あれは、本当は存在していない願望の結晶のような存在。ダンテには自分を1番大切にして欲しい」

私はダンテに強く伝えた。


「俺は自分の想いを大切にするよ。それに、ジルベールはちゃんと人間として存在してたよ俺は確かに見たから。妖精じゃないよ、良かったね母上」

ダンテが私に伝えた言葉に絶望したが、私はもっと怖い可能性に気がついた。


「まさか、私の手記をレオも読んでたりしないよね?」

私は恐る恐るダンテに尋ねた。


ダンテとレオは非常に仲の良い兄弟だ、一緒に私の手記を読んでいる可能性は十分ある。

あっけらかんとしたダンテはともかく、道徳感があり、真面目なレオが読んだら卒倒する内容だ。


「レオは母上の手記を見て、自分がこんなに愛されていたとは思わなかったって感動してたよ」

ダンテの言葉は私を恐怖させた。

私は全くそんなことを書いていない。


私の可愛さと男に関する手記から、兄ダンテは理想の男を見出し、弟レオは書いてもいない母の愛を見出していた。


「そうだ、私の手記を見たなら分かると思うけれど、私、離婚するから」

私はダンテの父親と離婚することを伝えた。


「マラス元子爵を始末するってこと?」

ダンテがあっけらかんと言った言葉に、あなたの父親を始末するわけがないと返そうとして押し黙った。

彼は生まれた時からマラス元子爵に自分の子ではない、おかしな子だと言われてきたのだ。


そんな相手を父親などと思える訳がない。


「始末なんてしないわよ。ダンテやレオに何かあった時に輸血要員として必要でしょ」

私はダンテの発想がアーデン侯爵令嬢の影響を受け始めているようで怖くなり、慌てて彼の父親を始末しない理由を考えて言ってみた。


「じゃあ、さっさと輸血パックにしちゃおうよ」

ダンテは良いアイディアでも思いついたかのように言ってきた。

こんな、怖い発想をするような子ではなかった。


気まぐれで問題児だけど弟思いの優しい兄だったのに。

アーデン侯爵令嬢という恐ろしい女に恋をしたことが、彼にとんでもない変化をもたらしているのかも知れない。


「紙を使った正式な離婚をするから、この話は終わり。それより、ダンテも天才だったの?」

私は気になっていたことを彼に尋ねた。


「そうだよ。母上は実は天才児を2人産んでました。イケメンを隣に置いて神に自分の価値をアピールし続けた甲斐があったね、流石母上」

ダンテが笑いながら言ってくる。


ダンテは相変わらず精神攻撃をしながら相手の反応を見るのが好きみたいだ、私の手記の内容にまた言及してきた。

彼の言葉はいつも相手に気を遣っていない。


だから彼の「流石母上」は心から言っているといつも受け取っていたのに、レオが言う「流石母上」は無理に言わせている気がしていた。


誰からも尊敬され、何でもこなすレオから見て私が優れているものなんてないような気がした。

それがレオとあまり会話をしない言い訳にはならないとは分かっていても、気を遣いながら会話させているのが分かるから遠ざけてしまっていた。


「明日から、半年間アーデン侯爵令嬢と一緒なのよね。距離感保ってね」

私は彼女の影響を彼が受けるのが怖くて注意した。


「3ヶ月で帰ってくるよ。皇帝陛下が君が本気になれば4ヶ月で終わるかもねだって。俺を舐めやがって」

ダンテがあからさまに皇帝陛下に対抗心を燃やすように言った。


「待って、ジルベールになりたいんだよね。ジルベール都合よく現れ消える存在だからね。本命に対抗心とか絶対持たないから」

私は思わずダンテに諭した。


よく考えれば気まぐれで相手を振り回すダンテはジルベールとは対極にいる存在だ。


心配しなくても、アーデン侯爵令嬢にそっぽを向かれれば今度は彼女を困らせる側になりそうだ。

ダンテには皇帝陛下がかなり期待をしていた。

そんな存在を彼女が始末することはないだろう、彼女は面倒でも皇帝陛下のためなら我慢しそうだ。


「ジルベール難易度高っ!もう寝るわ」

ダンテはそう言ってベッドに寝っ転がりふて寝してしまった。


ふらふらと頭を抱えながら自分の部屋に戻り、今日届いた郵便をチェックした。

「え、エスパルに残るの?こっちの暮らしの方が良いのに。仕送りもいらないとな」

私は実家の両親を帝国の豪邸に呼び寄せようと思って手紙を書いていたのだ。

その返事が来ていた。


「てっきり喜んでくれると思ったのに、それだけエスパルの村の暮らしも良くなっているのかな」

今は宰相として高額の給与もある。


そう言えば、一度も仕送りをしてなども言われたことがない。

私が貴族に嫁いだ娘は実家に仕送りするものだと思ってたから、無理をしてでもしていただけだ。


「天才レオの気持ちなんてわからないよ。私は両親の気持ちさえわからなかったんだから⋯⋯」

私は頭を抱えてしまった。

昔から、周りと格段に違う能力で特別な扱いを受けてきたレオ。


彼が良い子過ぎるのと、本心を話していなそうな怖さから私は彼とあまり会話をしようとしなかった。


でも私のしょうもない手記から、書いてもない母の愛を感じ取ってしまうくらい彼は私を求めていたのだろうか。

だとしたら私はすでに取り返しのつかない関わり方をしてしまっている気がした。


「あ、そうだマラス元子爵と離婚になった時のために、私の財産はダンテとレオのものにしといた方が良いかも」

私はふと今では私の方がマラス元子爵より稼いでいることを思い出した。


離婚になると財産を分けなければいけなかったはずだ。

いつ離婚出来るかわからないけれど、私は自分が愛する人と結婚する幼い頃からの夢をまだ諦めていない。

必ずや離婚して、エドワード様と結婚したいと思った。









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