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第18話 リーザ、価値ある女と出会う。

出勤3日目、明日は建国祭だ。

朝一でアーデン侯爵夫人が、貴族の夫人方を大勢引き連れて私のところにやってきた。


「こちら出席者のリストです。内装など装飾に関してはこちらの通りでよろしいでしょうか?ダンスの曲順はこちらになります。伯爵様ご意見ありましたらすぐに対応致します」


どうやら、エレナ・アーデンはほぼ全ての準備をしてから旅立っていたらしい。

各国の来賓方もすでに、部屋を用意されて案内されていた。


そして、今ご夫人たちを引き連れたアーデン侯爵夫人の指示により建国祭の準備が筒がなく行われている。

アーデン侯爵夫人はまさかの可愛い系だった。


茶髪に赤い瞳をして親しみやすい雰囲気を持っていて人望もあつい。


何より全てにおいて、私にお伺いを立ててくれて私の立場を尊重してくれた。

「帝国の母」に相応しいのはエレナ・アーデンより彼女な気がする。


臣下の妻だろうと親子丼になろうと、役に立ちそうだから彼女を娶ってしまえ皇帝陛下。

などと思ってしまうのは、私がエスパル出身の人間だからだ。


エスパルの国王はとにかく沢山妻をとり、子を産ませ神の血を継がせることを求められた。

けれど王族が増えれば増えるほど、1人の王族の価値は薄まり挿げ替え可能になってしまいヴィラン公爵の力をより強めてしまった。


「伯爵様、こんな時に私事で誠に恐縮ですがお礼を言わせてください。優秀で頼り甲斐のある補佐官を得て娘も助かっております。昨日少しお見かけしたのですが、爽やかで素敵な方であんな息子さんがいるなんて羨ましいです」

アーデン侯爵夫人が準備の最中、私に寄ってきて話しかけて来た。


「いえいえ、そんな。今後ともよろしくお願いします」

私はとても嬉しい気持ちになった。


レオはいつだって褒められたが、ここに来てからダンテを褒めてくれる人がいる。

それにしても、ダンテが爽やかだとは思ったことがなかった。

エスパル出身者の水色の髪と水色の瞳は爽やかな印象を与えるのかも知れない。


思わず、ガラスに映った自分をみた。

非常に可愛らしい少女に見えた。

水色の髪と水色の瞳は若々しさと可愛らしさを演出するのにも役立つのだ。


「それから、レオ様のことも本当にありがとうございます」

アーデン侯爵夫人が頭を下げながら礼を言って来た。

なんだろう、またレオが善行でもしたのだろうか。


「それにしても、クリス・エスパル⋯⋯すみません、私、少し席を外します。」

私はアーデン侯爵夫人に断りをいれて、クリス・エスパルが勤務しているいにしえの図書館に向かうことにした。


出席者のリストに彼の名前がなかったからだ。

クリス・エスパルといえばエスパル最後の国王だ。


彼は本当に情けない人間だ。

彼の母親は彼にエスパルの未来を託して処刑された。


王位継承権のある彼の兄弟を、全員毒殺したのだ。

つまり、神の血を持つ人間が息子クリス・エスパルだけになるようにした。


ヴィラン公爵は気に入らなくなった王を始末し、すげ替えていた。

クリス・エスパルの子が誕生しない限り彼を始末したら神の血は途絶えてしまう。


そうなれば、神の血信仰の強いエスパルは混乱する。

だから、殺されない保険を手に入れたクリス・エスパルはヴィラン公爵を粛清しエスパルを正しい方向に導ける。

母親が赤子にまで手をかけ、目の前で処刑されてまで彼に期待したのに彼は何もしなかった。


結局、一回り以上若い帝国のアラン皇帝に何もかもやってもらったではないか。

その上、私も含めたくさんの人が帝国の中央で新たな生活をはじめている。


一方クリス・エスパルは元王族のプライドもなく誰も来ないような図書館の管理をしているらしい。

せめて、自分の治めていた国の国民が今どうしているか見にこようとは思わないのだろうか。


私はバルコニーに出てきて、手を振っているであろう豆粒程度の大きさの彼しか見たことがない。

そんな私だが、今の彼には簡単に会うことができる。

私は皇宮のはずれにある。いにしえの図書館に向かった。


「何か御用ですか? お探しの本がありましたらお手伝いします」

私が勢いよく、いにしえの図書館に入ると話しかけた人物がいた。

ここの図書館は彼1人で管理しているらしいから、彼がクリス・エスパルだ。


彼の姿を見て息を呑んだ。

こんな人間は見たことながない。


エスパルの水色の瞳と髪はこれ程、神聖で儚い印象も与えるのか。

彼はもう、この世に生きている気がしないような存在だった。


私は自分がどれ程浅はかな考えを持ってたかを思い知った。

彼の父親もその親も親戚も兄弟も全て殺され、その兄弟を殺した母親も目の前で処刑されている。

エスパルの平民でもそんな過酷な経験をした者はいない。


彼の大切な人は誰一人この世界には残っていないのだ。


母親が兄弟を殺し、処刑されることなど目の前の消え入りそうで優しそうな男が望んだことだろうか。

勝手に想像して、私は彼を軽蔑していた。


命を絶たずに、働いて生きているだけで彼はとても強い人間だ。

神の血だとか生まれた時から訳のわからない神話を背負わされ、死と隣り合わせで生きて来たのだ。


「あの、私、エスパル出身の者なんですが、エスパル元国王陛下にご挨拶をしようと思って⋯⋯」

私はやっとの思いで言葉を紡いだ。


「エスパルの⋯⋯」

彼がふと私の水色の瞳を見つめながら言ってきた。

一瞬見ればすぐにわかる出身の特徴に今まで気づきもしない程、彼の心はここにはないのだ。


「好きなことをして、幸せになってください。私も幸せになります」

今の彼に一番言いたい言葉をなんとか紡ぎ出すと、溢れ出しそうな涙が止められなそうだった。


帝国貴族は人前で涙を見せないらしいから、もう私はここを立ち去らねばならない。

彼に会釈をして私は、建国祭の準備に戻った。


戻ってみると建国祭の準備は終わっていた。

「伯爵様、準備も終わりましたので、解散しようと思いますが宜しいでしょうか?」

アーデン侯爵夫人が柔らかな笑みを浮かべながら言ってくる。


「はい、本日はありがとうございました。」

私が彼女に言うと、彼女は夫人たちを解散させた。


「サマンサ様、少しお話ししましょうか」

アーデン侯爵夫人が1人の夫人に声を掛けた。


サマンサ・ロベル、昨日爵位を失ったロベル侯爵の正妻だ。

流石に離婚するのだろうが、みるからに30代後半。


30代後半で貴族令嬢という立場にに戻るということだろうか、それは辛い。

サマンサ様の顔をみると今でも泣き出しそうな顔をしている。

面倒見の良さそうなアーデン侯爵夫人のことだ、慰めの言葉をかけるのだろう。


「あの、私も相談に乗れるかも知れないのでお話に加わらせてください。

私は自分も離婚を考えていることと、アーデン侯爵夫人がどのように人望を獲得しているのかが気になった。


その場に私たち3人しかいなくなると、突然アーデン侯爵夫人は自分の後ろのカーテンを開いた。


「西日が眩しっ」

私は小さく思わず呟いた。


「サマンサ様。その顔はなんです。帝国貴族たるもの、いついかなる時も表情を管理し堂々としていなくてはなりません!」

西日を背にしたアーデン侯爵夫人は、まさかの叱責をはじめた。

同じ年くらいの夫人に叱責されるなんて、さぞや堪えるだろうと私はサマンサ様を見た。


なぜだか、先程まで泣きそうだったサマンサ様の顔は静観としていた。


「ミリア様、私としたことがみっともない姿をお見せして申し訳ございません」

しっかりとした声でサマンサ様が言った。

そういえば、アーデン侯爵夫人の名前はミリア・アーデンだった。


「サマンサ様、あなたはどうしたいのです。ロベル侯爵領は今皇家に帰属しています。能力を示せばあなたが治めることも可能です。事業をはじめたいのなら力を貸します。下を向くのだけはおやめなさい!」

アーデン侯爵夫人は西日を背にして強い声で言った。


西日を背にすることで親しみやすさは消え、カリスマ性が増している。

自然現象まで利用して自分の印象を変えるとはできる女だ。


そして、面倒見がめちゃくちゃ良い。

これから誰が見ても落ちていくしかないサマンサ様の手を引き導こうとしている。


帝国一裕福な夫と帝国一の女の地位を得る娘を持つ女が、これほど弱者に寄り添える女だとは驚きだ。


アーデン侯爵夫人にとって、今のサマンサ様に寄り添うことはなんの得もないはずだ。

でも帝国全体を考え、人材を殺さない皇帝陛下の理想には沿っている。


私なら貴族令嬢や貴族夫人がやっているファッションや宝飾品の事業がやってみたい。

帝国一裕福なアーデン侯爵家の夫人が力を貸してくれるとは羨ましい。


「私は、今から後継者のアカデミーに通いたいと思っています。旧ロベル侯爵領には愛着もあります。私は領主としてロベル侯爵領に戻ってきたいです」


サマンサ様は手を胸に当てながら力強く宣言した。

後継者のアカデミーとは主に12歳から15歳の男子が通っているアカデミーのことだ。


レオと同級生になると言うことか。

そこに通うなんて、まさかの茨の道を選択。


「わかりました。手続きは私に任せてください。。最高の成績をおさめなければ旧ロベル侯爵領の領主にはなれないでしょう。私もアカデミーの卒業生として、できる限りの手助けをします。後はサマンサ様の頑張り次第ですわ」


アーデン侯爵夫人の力強い言葉にサマンサ様は力を完全に取り戻したようだった。








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