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第19話 リーザ、息子を奪われる。

「ご機嫌よう。スモア伯爵。あなたにお話があるのよ」

私が行政部に戻って荷物を整理にして帰ろうとすると、エレナ・アーデンが現れた。


行政部の人間が彼女を見ては、挨拶しサッサと退散する。

人払いしろとは一言も発してないのに、彼女の目が周りの人間に去るように伝えているのだ。


「ダンテと外交に出かけたのではないのですか?」

私は思わず、彼女に尋ねた。


「彼だけで十分だと判断したから私は戻ってきたのよ」

彼女はそう言うが、外交の経験などないダンテが困るのは目に見えている。


「ダンテは外交などしたことがありません。人とコミュニケーションをとるのも苦手です」

私は気がついたら、不安を口にしていた。


「コミュニケーションが苦手なのはあなたでしょ。ダンテに海に漂流したらどうするか質問したわ。彼はまず海から陸への距離、近くにいる船、海の深さ、時間帯、気温、ボートの他の漂流物を聞いてきたわ」


彼女の言葉に私は最終面接でダンテとレオと海に漂流したら3人で順番に泳ぐと答えたのを思い出した。

その時、彼女は陸まで600キロあるから残念と意地悪を言ってきたのだ。


彼女の言うダンテの言葉はいかにもダンテらしかった。

彼はすぐに疑問に思ったことを相手に質問しまくる。


「気がついたかしら。あなたといるとダンテもレオも死んでしまうのよ。だから、レオはアーデン侯爵家の養子にすることにしたから」

彼女が冷たい声で言ってくる。


子供たちが死んでしまうというのが才能を殺してしまうという意味で言っていたとしても、彼女の言葉は強すぎてナイフのように心臓に突き刺さる。


「待ってください。親である私の断りなしにそんな勝手に決めないでください!」

私は慌ててしまった。

つい昨日彼女にダンテを取られてしまったばかりなのに、今度はレオまで取られてしまう。


「あなたが親でいたいが為に、ダンテとレオに子供でいることを強いているのよ。ここにいる誰より優秀な2人が子供の演技をし続けている、あなただけの為に。手放しなさい、あなたにできるのはそれだけよ」


彼女が突き放すような口調で言ってくる。


「今日、レオはアカデミーを卒業してアーデン侯爵邸にくることになっている。明日の建国祭ではうちの家紋の礼服を着て出席するのよ。彼は将来帝国一の貴族になるわ」


彼女の言葉に私は怒りが込み上げてきた、建国祭の準備だってなんの説明もなく任せてきて、子供まで取り上げるなんて酷すぎる。


「アーデン侯爵令嬢、建国祭の準備の件も私は何もかも初めてなのになんの説明もしてくださりませんでしたよね」

私はとにかく彼女に文句を言ってやりたかった。


「私たち臣下がお心を察しなければならないのは皇帝陛下だけよ。初めてだから説明が欲しいなんて知ったことではないわ」

彼女は冷たく言ってきた、なんだか私に怒っている感じさえする。


「ダンテを置いてきたのだって、建国祭で他の貴族令嬢が皇帝陛下と踊るのが嫌だったからじゃないですか?貴族令嬢の足の骨を全員折っておくのを忘れただけでしょ」

私は彼女がダンテのことも自分の都合で置き去りにしてきたようで許せなくて抗議した。


「他の令嬢のことなんて気にしたこともないわ。まあ、皇帝陛下の優雅さを限界まで引き出せるのは私だけだけどね」

彼女が私を見下ろすように言ってくる、身長差が20センチはあるので威圧感がある。


「レオが待っているので、これで失礼します」

私は家に早く帰ろうと思った。

彼女の言葉に寄れば、レオはアカデミーを卒業後アーデン侯爵邸に行くということだから家にはいない。


でも、レオが私に黙って去ってしまうことなどないと信じていた。

彼はいつだって私を求めていたことに気がついたばかりだ。


私は彼の気持ちに応えてあげられていなかったけれど、これからやり直したいと思っているのだ。


♢♢♢


ついこないだダンテとレオと3人で生活をはじめたスモア伯爵邸の前にはアーデン侯爵家の馬車が止まっていた。

中には王子様のようなアーデン侯爵が乗っているように見えたが、私はそれを横目に見て邸宅の中へと急いだ。


「レオ!」

私が邸宅の中に入るなり呼びかけると、レオは水色の寂しそうな瞳をして私を見つめてきた。

彼がこんな寂しそうな瞳をしていたことに今気がついた。


いつもダンテの横にいる時は、こんな寂しそうな瞳をしていなかった気がする。


レオの周りにはいつもたくさんの人がいた。

でも、みんな彼が将来の幹部候補だから下心あって近づいてきているだけだった。

みんなに囲まれていた時のレオの表情が思い出せない。


真夜中にダンテの部屋でレオはお喋りをしていたようだった。

レオがダンテの部屋を深夜に洗脳教育をする家庭教師が帰った後に毎晩訪れていた。

一体何を話していたのだろう。


私はレオとまともに会話をしたことがない。

彼に興味がなかったわけじゃない、彼が何を考えているか分からなくて何を話せば良いか分からなかったのだ。


ダンテは好き嫌いも多かったから彼が何を好きか知っているのに、レオは何でも食べてくれるから食の好みさえ分からない。


「今、何を考えているの? なんの食べ物が好き?」、そんな簡単なことさえ彼に聞いたことがない。

今、彼がここにいるのはおそらく私に断りもせずアーデン侯爵邸に行くのは良くないと思った彼の優しさだ。


「レオはアーデン侯爵家の養子になるの?」

私は気がつけば震える声で彼に尋ねていた。


「断ります。僕は母上と兄上との夢の豪邸生活ははじまったばかりですから」

レオが微笑みながら言ってくる。


ダンテはこれから外交が中心になり、あまり邸宅に寄り付かなくなる。

おそらく本当はダンテしか好きではないレオが、ここでの私と2人きりの生活を望んでいるのだろうか。


アーデン侯爵も侯爵夫人も立派な人たちだった。


レオのような天才少年の才能を私といたら潰してしまうのかも知れない。

ムカつくけれどエレナ・アーデンの言う通りだ。


今の私では明らかに成熟した精神を持つ彼に子供の演技を強いてしまっている。

だけど、私の本音はレオとちゃんとした親子関係をやり直したい。


どうして、いつも私を求め続けた彼から目を背けていたのか。


私は西の方のカーテンに駆け寄り、思いっきりカーテンを開いた。

アーデン侯爵夫人のように西日の力を借りて、可愛さを消し、レオを初めて叱ろうと思ったのだ。

でも、外は日が落ちて真っ暗だった。


西にはリース子爵領がある。

エドワード様、私に力をお貸しください。


私の為に完璧な子供でいようとしてくれた息子レオの背を押すために、私は今からレオを初めて叱ります。


早くお喋りができるようになって欲しいと願ったら、舌ったらずながら必死に話そうとしてくれた。

すぐに大人のように話せるようになり、レオは天才だとマラス元子爵は大騒ぎした。

私の子爵邸での立場は格段に良くなった。


2歳でエスパルの学校にレオが入学するまでは地獄のような毎日だった。

ダンテのことで学校に呼び出され、保護者に総攻撃を受け、教師からも冷たくされた。

レオが入学して、あっという間に私の環境は改善された。


突出した能力を学校で示してしまったことで、レオは夕飯後は深夜までエスパル政府から派遣された家庭教師に幹部候補として洗脳教育を毎日受けなければならなかった。

レオのおかげで楽になった生活にばかり目を向けて、彼が生まれてからずっと私に尽くしてきてくれたことに気が付かなかった。


レオが窓際に移動した私を見つめている。


「レオ、あなたはどうしたいの? 外では侯爵様があなたを待っているわ。どちらも選ぶなんて出来ないのよ。誰にどう思われるかじゃなくて、自分のしたいことを自分で決められるようになりなさい。アーデン侯爵家に行って侯爵の後を継げば、あなたの才能を十分活かせるわ。それともここで明日からも私のために食事の準備でもしたいの? ダンテはほとんど帰って来ないわよ」


私は目に力を込めてレオに言った。

彼のためにはアーデン侯爵家に行くのが良いと分かっているが、心では私を選んで挽回のチャンスを与えて欲しいと唱え続けた。


「僕はアーデン侯爵家の養子になって自分の力を試したいと思っています」

この時のレオの言葉は、忘れっぽい私でも永遠に忘れることはないだろう。

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