目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 あなたも一緒に参加するの!?

 筋骨隆々の、まさに歴戦の猛者と言わんばかりの男たちが、周囲を埋め尽くしていた。

 その誰もが、明らかに鍛え上げられた身体に、思い思いの武器を携えている。

 肌には傷。

 目には自信。

 歩き方一つとっても、場慣れしている感じがする。


 その中で、私――男のふりをした令嬢崩れは、ひっそりと息をひそめて立っていた。

 男装はできた。

 髪も短くなった。

 けれど、それでも、場違い感がすごい。


「……はぁ、大丈夫かな」


 ため息をつく。


「不安がる必要ないぞ。もし落ちたら、オレ様が食べ残しをめぐんでやるからな。チキンの骨とか、魚の骨とか」


「骨ばっかじゃない……て、ツッコむ元気もでないわ」


 ……この男。

 確かにね、不安よ。

 自分がちゃんとやれるかどうか、手も足も震えてるくらいには緊張してるわ。


 でもね、ノクス。

 今この溜め息の半分は、確実にあなたのせいなのよ。


 だって痛いんだもの。

 刺さってしょうがないの。

 視線が。


 試験会場に集まった屈強な男たちのなかで、彼だけ明らかに浮いている。


 黒髪、銀の瞳、長身痩躯。

 すらりとした身体に、どこか気怠げな雰囲気。

 顔はもう、整ってるとかいう次元を軽く飛び越えてて、神様が人の姿を借りて降臨しているみたいな美。

 ――や、精霊様なんだから、その通りなのかもしれないけど。

 わかってるけど! 

 でもそれでも!!


「お前、緊張してんのか? 顔こわばってんぞ」


「誰のせいだと思ってるのよ……」


 それでもノクスはいつもの調子で、腕を組んだまま退屈そうにあくびを噛み殺している。

 本人はいたって自然体。

 でも、その余裕こそが一番目立つ。


 ……ねえ、お願いだから、ちょっとだけでも地味にしてくれない?

 でないと、わたしまで目立っちゃうんだけど。

 私、男装してるのよ?

 素性を隠したいの。


 で、何でこんなことになっているのかというと――




------




「――じっとしてろ。動くなよ、今、前髪切ってっから」


「だからって、そんな顔近づけないでよ……っ!」


「文句あるなら自分でやれ」


「……ないです」


 ノクスの指が、私の髪をするりと撫でた。

 錆びたハサミがじょぎじょぎと音を立てるたび、胸が跳ねる。

 だって顔が近い、近すぎる。


 なにこの距離。

 息、かかってるんですけど。

 しかもこの顔、ずるい、ずるすぎる。

 いくら精霊でも、イケメンすぎるにもほどがある。

 それで何でふわっといい香りするのよ。


「うう……むりかも」


 視線をどこにもやれず、私は半泣きになりかけたそのとき。


「うし、こんなもんだろ」


 ぱちん、と最後の音を鳴らし、ノクスがハサミを下ろした。


「見てみろ」


 そっと差し出された鏡の中に映った私は、少年だった。

 いや、正しくは少年っぽく見える女の子だけど。

 違和感は想像してたよりずっと少ない。


「……あ……意外と、普通……かも」


 ぽつりと呟くと、ノクスが片眉を上げた。


「強くは見えねーけど、それは実力で証明すりゃいいだろ」


「……うん、そうね」


「……ん?」


「……え?」


「いや、ツッコミ待ちだったんだが。『私が実力でぇ!? むりむり!』ってな」


 ノクスは顔の前で手を大げさに振る。


「確かに私は強くないけど……でも、初めて魔法を使ったあの時みたいにノクスが陰でサポートしてくれれば、可能性は上がるわ」


「は?」


「え?」


 微妙な空気が流れる。

 沈黙。


 ノクスがごく自然に言った。


「オレ、サポートできないぞ」


「え? なんで?」


「だってオレも試験中だし」


「はい!?」


 完全に声が裏返った。

 自分でもびっくりするくらいの音量だった。


「ちょっ……ちょっと待って!? 聞いてないんだけど!? ノクスも入団試験受けるの!?」


 私が問うと、ノクスは「当たり前じゃん」みたいな顔でこくんと頷いた。

 頷きやがった。


「だからお前には、自力で受かってもらう。うっし、闇魔法のレッスン始めるぞ」


「え、ちょ、まっ……どういうことよ!」




------




 ――という流れが、つい昨日の話である。


 私は深いため息をついた。

 ノクスは相変わらず隣でだるそうな顔のまま、周囲の注目を受け流していた。

 お前は本当に、自由だな。


「――よくぞ集まった!」


 突如、試験場の中央に威厳ある声が響いた。

 一瞬でざわついていた空気が引き締まる。

 前に出てきたのは、がっしりした体格の中年の騎士。

 赤の騎士団の紋章が入ったマントを背に、鋭い目つきでこちらを見渡す。


「これより、赤の騎士団・入団試験を開始する!」


 その一言で、場の空気が一変した。

 重い足音、ざわめき、緊張。

 誰もが、いまこの瞬間から“選ばれる者”になろうとしている。


 私の中でも、心臓がひとつ、大きく跳ねた。

 いよいよ始まる。

 騎士団という、あの窓の向こうで、ずっと夢見てきた場所への挑戦が。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?