「前へ、歩け!」
兵士の号令とともに、私たち一同は受付会場から移動を始めた。
向かった先は王宮の裏手。
赤の騎士団が訓練に使っているという、広大な屋外の訓練場。
白い石畳が敷かれ、いくつもの木製の人形や演習設備が並ぶ。
そこにずらりと並ぶ受験者。
そして前に立つ、重厚な鎧に身を包んだ騎士たち。
かつて父に連れられて王宮に来た時、窓から必死に訓練の様子を覗こうとしたことがあった。
その場所に今、私は立っている。
入団の資格をかけて。
「よーし、全員止まれ! この場所で試験を実施する!」
声が腹の底に響く。
「試験内容は至ってシンプル。現役の騎士団員との、一対一の模擬戦だ!」
その言葉に、会場からどよめきが起こる。
驚いている者、恐れを抱いた者、苦虫を嚙みつぶしたような顔をするもの。
「ムリだ」と、私は素直にそう思った。
赤の騎士団はこの国の最高戦力。
構成する一人一人が、通常の軍隊の一個師団相当の実力を持つと言われている。
生まれながら才能を持つ者が、死に物狂いの努力をして、やっと到達できる極地。
そんな彼らとの模擬線? さすがに、勝てっこない。
きっとここにいる参加者も皆、そう思っただろう。
私の横で「くああ」と大あくびする、若干一名を除いて。
「……案ずるな。勝つことが合格の条件ではない。
戦い方、判断力、意志、才能。全てを見て、我々が合否を判断する」
勝たなくてもいいというのはありがたい。
だけど結局、何を見られているのか分からないってことだ。
その曖昧さに、会場のあちこちで硬い表情が浮かぶ。
「三人ずつ、順番に呼ぶ」
訓練場を最大限に使って、同時に三組の試験が進むらしい。
そのぶん、進みも速い。
最初に呼ばれた三人が戦場に出る。
次いで、模擬戦の相手となる三人の騎士団員が登場。
だが、戦いになる暇もなかった。
「……う、うわあっ!」
「ひいいっ!」
「ぐぎゃっ……!」
開始の合図から数十秒。
受験者たちはあっけなく、地面に叩き伏せられていた。
強い、などという言葉では足りない。
ここに集まった者たちは、それなりに腕に覚えのある者ばかりだろうが、それでもまるで実力が違う。
次の三人、その次の三人、またその次の……。
あっという間に撃破されていく。
そして受験者が変わるたび、騎士団員も引っ込んで交代している。
恐らく、後半の者が動きを覚えて有利にならないようにするための配慮だろう。
順番が近づくにつれて、胃がきりきりと痛くなる。
そして。
「次! そこの黒髪の男と、紫色の髪の少年!」
ノクスと私の番が回って来た。
同時に呼ばれたということは、やはりノクスからのサポートは受けられない。
……いや。
私は隣で、あっという間に敗北し、地面を殴って悔し涙を流す青年の姿を見ていた。
違う。
そんな、ずるをして勝っても意味がない。
ここにいる誰もが、本気で来ているのだ。
夢を追う者、人生を変えたいと思う者。
私だって、そうだったはず。
パンパンと両手で頬を叩く。
「よし、やるわよ!」
震える足を何とか動かし、訓練場の中央へ。
「それでは、位置に!」
ノクスと私は、隣り合ったスペースに立った。
私の相手は、柔らかい赤毛に笑顔を浮かべた青年。
年は私より少し上、二十代前半くらいか。
「おや、すごく若い子だ。リラックスしていこうね。こっちは手加減するからさ」
優しげに声をかけてくれるけど、全身から滲み出る強者の風格が隠しきれていない。
ざわ……っと、周囲の観戦者たちがささやく。
「絶対むりだろ、アイツ」
「ちっさ……マジで騎士団受けに来たのかよ」
「となりのヤツも、顔はいいけど弱そうだな……あのタイプ、最初に折れるぜ」
全部、聞こえてる。
向けられた言葉と視線の刃が、嫌になるほどよく刺さる。
「はじめ!」
鋭い声と同時に、体がこわばりかけた、その瞬間――
――ドゴォン!
爆音。
驚いて音の方を振り向くと、土煙が舞っている。
その煙が晴れた先で、ノクスが騎士団員を片足で踏みつけていた。
訓練場が、しんと静まり返る。
誰もが言葉を失った、その沈黙のあと。
「……っ、あれ、騎士団員だよ……な?」
「な、何者だあの受験者!?」
ざわざわざわ……と、栓を抜いたように騒ぎ出す人々。
「……ま、オレ様の相手じゃねーな」
騒ぎの中心で、首をこきこきならしながら、飄々とノクスは言った。
ポケットに両手を突っ込んで。
私は思わず、くすっと笑っていた。
やれやれ。
あんなのが隣にいたら、緊張なんてしていられない。
私は強く地を蹴った。
相手の青年がまだノクスの方を見ている、その一瞬を狙って。
「――っ!」
全速力で突っ込む。
青年が気配に気づき、急いで剣を構えた。
その瞬間。
「『ノクタウェイト』」
ぼそっと呟いて、重力を操る闇魔法を発動。
わずかに前のめりになった彼の体勢が、こちらに引き寄せられてがくんと傾いた。
ガードが甘くなる。
私は跳ねるように踏み込み、勢いを乗せて拳を振り上げる。
ただの拳じゃない。
直撃の瞬間、拳の前に重力を圧縮させる。
屋敷から逃げる時、鉄格子を破壊したあの力。
その一撃は、爆発のような衝撃とともに、青年の顎を跳ね上げた。
「んぐぃっ……!?」
青年は、ばたりと倒れる。
私は急いでその体をまたぎ、上から拳を振りかぶる。
完全に止めを刺せる体勢。
そこで、止まる。
数秒の沈黙。
そして。
「うおおおおおおっ!!!」
「なんだ今の!?」
「さっきの奴に続いてこっちも……何なんだよ一体!?」
爆発的な歓声が、訓練場を揺らした。