歓声が鳴り響いていた。
でも私はまだ拳を振りかぶったまま、青年をまたいだ体勢で固まっていた。
鼓動がうるさい。
握った拳がびりびりする。
でも、それ以上に、何が起きたのか自分でもまだ理解しきれていなかった。
「――ま、参った参った! いやぁ、やるなあ!」
下に倒れた青年が、ひらひらと手を上げて降参のポーズを取る。
その言葉に、ようやく力が抜けた。
ふぅと息を吐くと、すぐに試験監督の騎士が鋭く声を上げた。
「そこまで! 戦闘終了、次!」
次の三人の名前が読み上げられ、別の参加者たちが戦場へ向かっていく。
私はふらふらとその場を下がり、ノクスと合流する。
と、私とノクスの周りに男たちがわっと群がった。
はしゃぎ気味な声、興奮した顔、好奇の目。
「おいおい、マジかよ! お前、何者だよ!」
「拳で騎士団員をぶっ飛ばすとか、見たことねぇって!」
「アンタただもんじゃねえな! 動き見えなかったぞ!」
……近い。
距離が近い。
「うっとーしい。黙れ」
ノクスがぼそりと一言。
その瞬間、周囲の空気がびりっと静まった。
……流石というか、怖いというか。
「私語を慎め!」
試験監督の一喝が飛び、全員が背筋を伸ばす。
その後も滞りなく試験は進み、戦闘が一周したころ。
「――全員終了したな。それでは選考に移る。この場で待機しておけ」
それだけ言い残し、騎士団員たちは一斉に奥の控え室へ消えていった。
場に残るのは受験者たちと、見張りの騎士が数名。
私はほっと息をつきながら、ノクスの横に腰を下ろす。
「何とか、無事終えられたわ」
「おう。まあ、オレ様が鍛えたおかげだな。感謝しやがれ」
「……ふふ。ほんと、ありがとう」
思わず素直に言葉が出た。
振り返ると、ノクスの眉がぴくりと動く。
「……ん?」
「え?」
「いや……いや、なんでも。なんか今、変な気分になっただけだ」
「なにそれ。変なの」
そのやり取りの最中。
「す、凄かったですね……お二人とも」
柔らかく、けれど少し息の上ずった声が背後からかかった。
振り返ると、そこに立っていたのは、涼しげな青髪に眼鏡をかけた細身の青年。
服装も姿勢も整っているのに、どこかおどおどした雰囲気がある。
騎士団というよりは、学者か書記官のよう。
「さっきの試合、見てたんです。同じ参加者として……その、すごく、感動して……」
言葉を探しながら、それでも真っ直ぐにこちらを見つめてくるその目は、とても真剣だった。
「えっと、自己紹介……僕はべレト・ブラウレンっていいます。よろしく……お願いします」
緊張しているのが、伝わってくる。
でもそれはたぶん、私も同じだ。
彼の立ち方、しゃべり方、空気の読み方。
どちらかというと、その他の参加者よりも、
そんな不思議な安心感がある人だった。
「…………おう」
隣でノクスが、じろじろとべレトを観察したあと、あっさりとそっぽを向く。
あまりにもそっけなさすぎて、べレトがちょっとだけたじろいだ。
私はというと、正直返しに困っていた。
えっと、どうすべきか。
こういう時、男の子だったら。
「あ、ああ……どうも……」
ぎこちないながらも、低めの声を意識して返す。
口調は合ってると思う、多分。
でも明らかに不自然すぎた。
自分で分かるくらい。
べレトが、ぱちぱちと瞬きをした。
気まずい空気が流れる。
そして、なぜか――
「あはは……ごめんね、変な空気にしちゃって」
謝ったのは、彼の方だった。
こちらが対応に戸惑っていただけなのに、気を遣わせてしまった。
その気まずい空気を断ち切るように、訓練場の奥から重たい足音が響いた。
戻ってきた、騎士団員たち。
「それでは、合格者を発表する!」
先頭に立つ一人が鋭く場を見渡し、腹の底から響くような声で言い放った。
一瞬で、訓練場がしんと静まり返る。
誰もが息を飲んだ。
私も例外じゃない。
鼓動が早くなる。
手のひらにじっとりと汗が滲む。
「今回、ここに集まった受験者は四十七名。そのうち合格者は、三名」
ざわっ、と。
声なき動揺が会場を駆け抜けた。
合格者は、たったの三人。
それはつまり、ここにいる大半が落ちるということ。
誰かが小さく息を呑み、誰かが肩を落とし、誰かが拳を握りしめていた。
重たい沈黙の中で、騎士団員がゆっくりと視線を動かす。
「まずは……と。おお、固まっているな。そこの三名、君たちだ」
指さされたのは、ノクス。そして、べレト。
そして――
「……私?」
小さく呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
確かに、私に向けられていた。
隣にいたノクスが小さく鼻を鳴らし、べレトが目を丸くする。
胸が大きく跳ねた。
嬉しいとか、安心とか、誇らしいとか。
そんな言葉じゃ足りなかった。
私は、夢を叶えることができたんだ。