入団手続きは、思ったよりあっさり終わった。
名前と生年月日、出身地……と言っても、私が答えたのは全部、嘘の情報だったけれど。
それでも騎士団の事務官たちは特に疑う様子もなく、形式的な記録を済ませていく。
そのあとは、施設の案内。
訓練場、食堂、大浴場、医務室。
見ているだけで疲れそうな場所ばかりで、正直あまり頭に入らなかった。
というか、騎士団って、こんなにちゃんとしてるんだ。
「おい、顔がまぬけだぞ」
「はっ……じゃない、失礼すぎるでしょ!」
ぷりぷりと怒りつつ、ノクスの声で我に返る。
私は慌てて顔を引き締めた。
これから騎士になるんだから、ぼやけた顔はしていられない。
ひと通りの案内が終わると、私たちは宿舎棟へと向かった。
「ここがお前たちの部屋だ。基本的には四人一部屋で、年齢の近いメンバーで固めるんだが……お前たちは三人とも若いから丁度いいな。もう一人はすぐ戻ってくるだろう」
案内の騎士が言い、部屋の扉横にあるネームプレートを指さす。
確かに、そこには私とノクス、べレトの名前……そして『レオン・マリステア』という名前。
ということはつまり。
「先輩と同室……!?」
思わず声に出してしまった。
ノクスはまだしも……事情を知らないベレトを警戒しないといけないのに、先輩まで。
怖い人だったらどうしよう。
「生活のことはそいつに聞け。では、今から自由時間とする。部屋で荷ほどきでもしておけ。ただし、勝手に外をうろつくな」
そう言い残して、騎士は去っていった。
私はおそるおそる扉を開ける。
中は想像よりもずっと、きれいだった。
白い壁、窓から差し込む光。
部屋の両サイドに二段ベッドが一つずつ。
中央には共用の机と椅子が二つ、小さな本棚とロッカー。
共同生活という言葉が、そのまま形になったような空間だった。
「……悪くねぇな」
ノクスが靴を脱ぐことすらなく、下段のベッドに倒れ込む。
「せめてベッドくらい敬意を払ってから使って……」
べレトはおそるおそるベッドに近づき、ネームプレートを確認して青ざめた。
「え、先輩の上段……!? やだなあ……先輩って怖い人だったらどうしよう……」
「どこで寝ても同じだろ、寝てるときは意識ねーんだから」
ノクスが寝返りを打ちながらぼやき、ベレトがあわあわと唇を震わせている。
私はというと、頭の中が完全に混乱していた。
男の人と同室……完全に逃げ場がない。
着替えの時とかどうしよう。
だ、大丈夫……かな。
内心でぐるぐる考えていると、不意に――
どんっ!
「おわっ!」
「き――っ!」
きゃあと叫びそうになって、思わず手で口をふさぐ。
背中に何かがぶつかってきた。
というより、押しのけられた。
振り返ると、視界を埋め尽くす巨大なダンボールの山。
「ごめーん! 前見えなくってさー!」
その声に聞き覚えがあった。
ダンボールをどさどさと床に下ろしたその人物は、試験で私と戦ったあの明るい青年だった。
変わらない人懐っこい笑顔で、彼は手を差し出してくる。
「いやー、あらためてよろしく! オレはレオン・マリステア! 歳はたぶん君らと同じくらい!」
にやりと笑って、親指を自分に向ける。
「今日から君たちの世話係、任されました!」
ポカンとする私たちに、レオンはまったく気にした様子もない。
「んじゃ、ちょっと荷ほどき手伝ってくれると嬉しいな~」と軽快に続けた。
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「いやー、悪いね、荷ほどき手伝ってもらっちゃって!
先輩も急に『今日からお前、新人の世話係だから。夕方までに引っ越しな』なんて言うんだもんな~!」
そう言いながらレオンは、自分のベッド周りに散乱した空の段ボールを見渡し、頭をかきながら笑った。
衣服、本、武器や手入れ用品、それに調味料? ……とにかく物が多い。
そして、収納する気がない。
「え……先輩たちの部屋も、ここと同じ広さだったんですよね?
よくこんなに物をため込めましたね……」
べレトが苦笑まじりにぽつりと漏らす。
おや、意外と毒吐くタイプ?
「いや、引っ越し慣れてなくてさ! 箱に詰めるのってセンスいるよな~。なあ?」
「答えになってねーぞ」
ノクスがすぐさま塩対応で返した。
だが顔は呆れたというより、このテンションに巻き込まれたくない、という抵抗をにじませている。
私たちが片付けていたベッド周りはそこそこ整っていたのに、レオンのスペースだけ、戦場跡みたいな有様だった。
靴下が棚に入っていて、飲みかけの瓶が机の上。
なぜかハンガーが枕の下にあったりする。
「……片付け、苦手なんですか?」
「うん、苦手! でも大丈夫、これでベストだから!」
「何に対してベストなんだ」
即座にツッコミを入れるノクス。
「うひひ」と笑うレオンに、べレトがやんわりと救いの手を差し出す。
「あの、ボクのスペースも使っていいので。あまり荷物もありませんから」
「マジ!? キミ……べレトくん! 良い奴すぎるだろ! ありがとー!」
「いえ、あの、できればちゃんと片付けてくれたほうが……ありがたくはあるんですけど」
「うん、心に刻んどく!」
たぶん刻まないな、この人。
べレトの表情がどこか遠い。
だけど、なんだろう。
レオンのペースはどこまでもゆるいけれど、その分、後輩のはずの私たちがあまり緊張せず接することができている。
「んじゃ、ご飯行こうか!」
レオンは手をパンッと叩いて振り返った。
「初日は体力回復が最優先!」
その顔が、心底楽しそうで。
優しい人で良かった、と。
心の中で、そっと息を吐いた。