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第9話 宿舎は四人一部屋でした

 入団手続きは、思ったよりあっさり終わった。

 名前と生年月日、出身地……と言っても、私が答えたのは全部、嘘の情報だったけれど。

 それでも騎士団の事務官たちは特に疑う様子もなく、形式的な記録を済ませていく。


 そのあとは、施設の案内。

 訓練場、食堂、大浴場、医務室。

 見ているだけで疲れそうな場所ばかりで、正直あまり頭に入らなかった。

 というか、騎士団って、こんなにちゃんとしてるんだ。


「おい、顔がまぬけだぞ」


「はっ……じゃない、失礼すぎるでしょ!」


 ぷりぷりと怒りつつ、ノクスの声で我に返る。

 私は慌てて顔を引き締めた。

 これから騎士になるんだから、ぼやけた顔はしていられない。

 ひと通りの案内が終わると、私たちは宿舎棟へと向かった。


「ここがお前たちの部屋だ。基本的には四人一部屋で、年齢の近いメンバーで固めるんだが……お前たちは三人とも若いから丁度いいな。もう一人はすぐ戻ってくるだろう」


 案内の騎士が言い、部屋の扉横にあるネームプレートを指さす。

 確かに、そこには私とノクス、べレトの名前……そして『レオン・マリステア』という名前。

 ということはつまり。


「先輩と同室……!?」


 思わず声に出してしまった。

 ノクスはまだしも……事情を知らないベレトを警戒しないといけないのに、先輩まで。

 怖い人だったらどうしよう。


「生活のことはそいつに聞け。では、今から自由時間とする。部屋で荷ほどきでもしておけ。ただし、勝手に外をうろつくな」


 そう言い残して、騎士は去っていった。

 私はおそるおそる扉を開ける。

 中は想像よりもずっと、きれいだった。


 白い壁、窓から差し込む光。

 部屋の両サイドに二段ベッドが一つずつ。

 中央には共用の机と椅子が二つ、小さな本棚とロッカー。

 共同生活という言葉が、そのまま形になったような空間だった。


「……悪くねぇな」


 ノクスが靴を脱ぐことすらなく、下段のベッドに倒れ込む。


「せめてベッドくらい敬意を払ってから使って……」


 べレトはおそるおそるベッドに近づき、ネームプレートを確認して青ざめた。


「え、先輩の上段……!? やだなあ……先輩って怖い人だったらどうしよう……」


「どこで寝ても同じだろ、寝てるときは意識ねーんだから」


 ノクスが寝返りを打ちながらぼやき、ベレトがあわあわと唇を震わせている。

 私はというと、頭の中が完全に混乱していた。

 男の人と同室……完全に逃げ場がない。

 着替えの時とかどうしよう。

 だ、大丈夫……かな。


 内心でぐるぐる考えていると、不意に――


 どんっ!


「おわっ!」


「き――っ!」


 きゃあと叫びそうになって、思わず手で口をふさぐ。

 背中に何かがぶつかってきた。

 というより、押しのけられた。

 振り返ると、視界を埋め尽くす巨大なダンボールの山。


「ごめーん! 前見えなくってさー!」


 その声に聞き覚えがあった。

 ダンボールをどさどさと床に下ろしたその人物は、試験で私と戦ったあの明るい青年だった。

 変わらない人懐っこい笑顔で、彼は手を差し出してくる。


「いやー、あらためてよろしく! オレはレオン・マリステア! 歳はたぶん君らと同じくらい!」


 にやりと笑って、親指を自分に向ける。


「今日から君たちの世話係、任されました!」


 ポカンとする私たちに、レオンはまったく気にした様子もない。

 「んじゃ、ちょっと荷ほどき手伝ってくれると嬉しいな~」と軽快に続けた。




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「いやー、悪いね、荷ほどき手伝ってもらっちゃって!

 先輩も急に『今日からお前、新人の世話係だから。夕方までに引っ越しな』なんて言うんだもんな~!」


 そう言いながらレオンは、自分のベッド周りに散乱した空の段ボールを見渡し、頭をかきながら笑った。

 衣服、本、武器や手入れ用品、それに調味料? ……とにかく物が多い。

 そして、収納する気がない。


「え……先輩たちの部屋も、ここと同じ広さだったんですよね?

 よくこんなに物をため込めましたね……」


 べレトが苦笑まじりにぽつりと漏らす。

 おや、意外と毒吐くタイプ?


「いや、引っ越し慣れてなくてさ! 箱に詰めるのってセンスいるよな~。なあ?」


「答えになってねーぞ」


 ノクスがすぐさま塩対応で返した。

 だが顔は呆れたというより、このテンションに巻き込まれたくない、という抵抗をにじませている。

 私たちが片付けていたベッド周りはそこそこ整っていたのに、レオンのスペースだけ、戦場跡みたいな有様だった。

 靴下が棚に入っていて、飲みかけの瓶が机の上。

 なぜかハンガーが枕の下にあったりする。


「……片付け、苦手なんですか?」


「うん、苦手! でも大丈夫、これでベストだから!」


「何に対してベストなんだ」


 即座にツッコミを入れるノクス。

 「うひひ」と笑うレオンに、べレトがやんわりと救いの手を差し出す。


「あの、ボクのスペースも使っていいので。あまり荷物もありませんから」


「マジ!? キミ……べレトくん! 良い奴すぎるだろ! ありがとー!」


「いえ、あの、できればちゃんと片付けてくれたほうが……ありがたくはあるんですけど」


「うん、心に刻んどく!」


 たぶん刻まないな、この人。

 べレトの表情がどこか遠い。

 だけど、なんだろう。

 レオンのペースはどこまでもゆるいけれど、その分、後輩のはずの私たちがあまり緊張せず接することができている。


「んじゃ、ご飯行こうか!」


 レオンは手をパンッと叩いて振り返った。


「初日は体力回復が最優先!」


 その顔が、心底楽しそうで。

 優しい人で良かった、と。

 心の中で、そっと息を吐いた。

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