食堂の扉をくぐった瞬間、視線が刺さるのを感じた。
石造りの天井に、高い窓から差し込む明かり。
ずらりと並んだ長テーブルに、椅子、椅子、椅子。
騎士団の団員たちが思い思いに座り、がつがつと大皿を平らげている。
完全に、男所帯の空間だった。
「――うし、ここでいいだろ」
ノクスがずんずん進み、まさかの食堂のど真ん中の椅子に腰を下ろす。
「いやいやいや、キミ新入りだから! 空いてるんだから端っこ座ろうぜ、端っこ!」
レオンがすぐさまツッコミを入れて、ノクスの腕を引っ張る。
「うるせえな。座れりゃどこでも――」
「ダメ。移動するよ」
私も強く言った。
さすがにこれは目立ちすぎる。
べレトも「お、お願いだから……」と弱々しく懇願し、結局全員で端の席へ移動する羽目に。
「ふう……」
席に着くなり、私は小さくため息をついた。
「ったく、あの位置のほうが料理取りやすいのに」
ノクスは納得いかない様子でまだぶつぶつ言っている。
「いやー焦った。空気読めない系なんだなー、ノクスって」
「ほんと……すみません、本当に」
ツッコミと諦めが交錯する中、私たちは食事を取りに立った。
バイキング形式。
焼いた肉、煮た野菜、揚げた根菜、スープ、パン、ミルク。
品数は豊富だし、量もたっぷり。
さすが国家お抱えのの騎士団。
「……さて。問題は」
どのくらい取るか。
女の子量では浮く。
かといって男の子量にしたら食べきれない。
見られてないようで、周囲の目線は意外と鋭い。
これくらい……?
いや、もうちょっと?
あ、やっぱ減らす?
頭の中が軽くパニックになっていると、不意に肩をぽんと叩かれた。
「おう新入りぃ! ――って、そんだけかよ!? 小鳥のエサかぁ!?」
ガタイのいい先輩団員が、にやにや笑いながら声をかけてきた。
反射的にびくっとする。
「こ、これは、その……」
言い訳を探して口ごもる私。
「やめとけよ、からかうと泣いちゃうぞー」
さらに別の団員がケタケタ笑いながら茶々を入れてくる。
「おいおい、新人いじめか?」
その後ろから別の先輩が現れて、軽く肩をどつく。
「こいつら、今回の試験で上位だったって話だぜ。
いきなり蹴飛ばされたくなけりゃ、飯くらい黙って食わせてやれって」
「はーん、そうなのか。見た目ひよっこだけどなあ」
「能あるタカは……何とかってやつだな!」
ざわざわと湧きつつも、悪意のない笑い声。
どうやら、からかわれただけのようで、私はほっと息をつく。
何とか中途半端な量を皿に盛って、自席に戻る。
まだ誰も戻ってきていない。
見回すと、レオンは他の団員たちの輪に入って食事を始めており、ベレトは中々列に入って行けずぴょこぴょこ背伸びしている。
ノクスは……。
「――人気者だったな、お前」
背後から、ノクスが山盛りの皿を持って戻ってきた。
「うえぇ!? そっちこそ、何その量……」
私の三倍はある。
「そんなに食べて大丈夫なの?」
「ああ? ……強い奴は燃料が要るんだよ」
もぐもぐと当たり前のように平らげながら、至極当然のような顔をしていた。
「僕は、野菜中心で」
帰ってきたべレトが、そっとサラダ皿をテーブルに置いて腰を下ろす。
「あ、それ正解。あんまり重いのは明日に響くかも」
私は苦笑しながら、べレトに小さく頷いた。
「――……けぷ」
おっと、はしたない。
食べ過ぎてつい、出ちゃった。
でもようやく全部食べ切ることができた。
結構控えめにしたつもりだったんだけどな。
「――はいはい、腹が満ちたら風呂だぞ、風呂~!」
レオンが楽しげに席に戻って来て言った。
私の心臓は、ひゅっと縮んだ。
「――お風呂!?」
「おっ、おう……どうした? そんな風呂好きなのか?」
無理。無理無理無理無理!!
脳内に警報が鳴り響く。
そんなの、入った瞬間、終わる!
どうやって誤魔化す!?
ああああもう、わかってたはずなのに、今を取り繕うのに必死で何も考えてなかった!
倒れてしまいたい……!
「実はな! この時間帯が一番空いてるんだって! ほら、早く行こうぜ!」
レオンが私の肩をぽんぽんと叩く。
気軽に。
もちろん悪気などはなく。
でも、その無邪気さが今はとてつもなく恐ろしい。
「……あー、悪い、レオン。ちょっとこいつに用があってな」
隣から、ノクスのだるそうな声。
「え?」
レオンとべレト、それに私も同時に声を上げる。
「あ、いや、その、そう。話したいことがあるんだったね。二人でね!」
意図に気づき、無理やり便乗してしまった。
声のトーンがちょっと裏返ってたかも。
「……ふぅ~ん? そうかそうか! じゃあお前たち、遅くならないうちにちゃんと風呂には入るんだぞ!」
「う……ボク一人か……。でも、二人で話したい、んですもんね。うう、楽しんで……」
レオンがにっこにこの笑顔で、ベレトの首根っこを掴んで引っ張っていった。
「とりあえず、部屋戻るか」
ノクスが私の袖を引く。
私は食堂を出るなり、すぐさまノクスの後ろに隠れるようにして深く息を吐いた。
「……助かった」
「どうすんだと思ってたが、まさか何も考えてなかったとはな」
「う……ごめん、ありがとう」
心臓がまだドキドキしてる。
ノクスがいなかったらと思うと、寒気すらする。
「オレは後で一人で行くけど、お前は明日の早朝、誰も来ない時間に風呂入っとけ」
「うん、そうする。ほんとに……ほんとにありがとう」
素直にお礼を言うと、ノクスは「ふん」と鼻を鳴らした。
「オレ様がいなきゃ生きていけねーな、お前」
「それは言いすぎ!」
でもその言葉に、ちょっとだけ心がほぐれるのを感じた。
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「――何でもあるぞ! カードに、人形に、おはじきに!」
レオンが段ボールの隙間から、玩具たちを引っ張り出しながら言った。
「騎士団員とは思えない私物のラインナップだな」
ノクスが呆れたようにぼそり。
「え、でもいいじゃん! 前の部屋だと皆でやってたぜ? ほら、今日くらい肩の力抜いていこうよ~!」
べレトが「まくら投げ……未体験です」と真顔で悩んでいた。
「わ……じゃない、お、オレは寝るわ」
レオンの「ぶー」という声を背で浴びながら、私はベッドにそっと入る。
今日はもう、限界だった。
目を閉じると、暗闇の中でいろんな音が交差していく。
誰かが服を脱ぐ音、紙袋がこすれる音、ベッドが軋む音。
誰かの笑い声、くしゃみ、独り言。
やがて明かりが消え、静寂が訪れる。
これが、ここでの生活なんだ。
プライバシーなんて無いようなもの。
私はそっと、肩を引き寄せるように体を丸めた。
秘密はまだ守れてるけど、いつまで……。
急に心細くなって、ぎゅっと毛布を握った。
こてん、と首を横に倒した瞬間、何か、柔らかいものに触れた。
――モフ。
鼻先にふわふわの毛。
心地よい体温と、かすかな……男の人の匂い。
ノクス。
胸の中で名前を呼んで、無意識のまま私はその毛に顔を埋める。
「……よく頑張ったな」
かすかに聞こえた、低く、優しい声。
それが夢か現かもわからぬまま、私はそのまま眠りに落ちていった。