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第10話 騎士に囲まれる生活

 食堂の扉をくぐった瞬間、視線が刺さるのを感じた。

 石造りの天井に、高い窓から差し込む明かり。

 ずらりと並んだ長テーブルに、椅子、椅子、椅子。

 騎士団の団員たちが思い思いに座り、がつがつと大皿を平らげている。

 完全に、男所帯の空間だった。


「――うし、ここでいいだろ」


 ノクスがずんずん進み、まさかの食堂のど真ん中の椅子に腰を下ろす。


「いやいやいや、キミ新入りだから! 空いてるんだから端っこ座ろうぜ、端っこ!」


 レオンがすぐさまツッコミを入れて、ノクスの腕を引っ張る。


「うるせえな。座れりゃどこでも――」


「ダメ。移動するよ」


 私も強く言った。

 さすがにこれは目立ちすぎる。

 べレトも「お、お願いだから……」と弱々しく懇願し、結局全員で端の席へ移動する羽目に。


「ふう……」


 席に着くなり、私は小さくため息をついた。


「ったく、あの位置のほうが料理取りやすいのに」


 ノクスは納得いかない様子でまだぶつぶつ言っている。


「いやー焦った。空気読めない系なんだなー、ノクスって」


「ほんと……すみません、本当に」


 ツッコミと諦めが交錯する中、私たちは食事を取りに立った。

 バイキング形式。

 焼いた肉、煮た野菜、揚げた根菜、スープ、パン、ミルク。

 品数は豊富だし、量もたっぷり。

 さすが国家お抱えのの騎士団。


「……さて。問題は」


 どのくらい取るか。

 女の子量では浮く。

 かといって男の子量にしたら食べきれない。

 見られてないようで、周囲の目線は意外と鋭い。


 これくらい……? 

 いや、もうちょっと? 

 あ、やっぱ減らす?


 頭の中が軽くパニックになっていると、不意に肩をぽんと叩かれた。


「おう新入りぃ! ――って、そんだけかよ!? 小鳥のエサかぁ!?」


 ガタイのいい先輩団員が、にやにや笑いながら声をかけてきた。

 反射的にびくっとする。


「こ、これは、その……」


 言い訳を探して口ごもる私。


「やめとけよ、からかうと泣いちゃうぞー」


 さらに別の団員がケタケタ笑いながら茶々を入れてくる。


「おいおい、新人いじめか?」


 その後ろから別の先輩が現れて、軽く肩をどつく。


「こいつら、今回の試験で上位だったって話だぜ。

 いきなり蹴飛ばされたくなけりゃ、飯くらい黙って食わせてやれって」


「はーん、そうなのか。見た目ひよっこだけどなあ」


「能あるタカは……何とかってやつだな!」


 ざわざわと湧きつつも、悪意のない笑い声。

 どうやら、からかわれただけのようで、私はほっと息をつく。

 何とか中途半端な量を皿に盛って、自席に戻る。

 まだ誰も戻ってきていない。

 見回すと、レオンは他の団員たちの輪に入って食事を始めており、ベレトは中々列に入って行けずぴょこぴょこ背伸びしている。

 ノクスは……。


「――人気者だったな、お前」


 背後から、ノクスが山盛りの皿を持って戻ってきた。


「うえぇ!? そっちこそ、何その量……」


 私の三倍はある。


「そんなに食べて大丈夫なの?」


「ああ? ……強い奴は燃料が要るんだよ」


 もぐもぐと当たり前のように平らげながら、至極当然のような顔をしていた。


「僕は、野菜中心で」


 帰ってきたべレトが、そっとサラダ皿をテーブルに置いて腰を下ろす。


「あ、それ正解。あんまり重いのは明日に響くかも」


 私は苦笑しながら、べレトに小さく頷いた。


「――……けぷ」


 おっと、はしたない。

 食べ過ぎてつい、出ちゃった。

 でもようやく全部食べ切ることができた。

 結構控えめにしたつもりだったんだけどな。


「――はいはい、腹が満ちたら風呂だぞ、風呂~!」


 レオンが楽しげに席に戻って来て言った。

 私の心臓は、ひゅっと縮んだ。


「――お風呂!?」


「おっ、おう……どうした? そんな風呂好きなのか?」


 無理。無理無理無理無理!!


 脳内に警報が鳴り響く。


 そんなの、入った瞬間、終わる!

 どうやって誤魔化す!?

 ああああもう、わかってたはずなのに、今を取り繕うのに必死で何も考えてなかった!

 倒れてしまいたい……!


「実はな! この時間帯が一番空いてるんだって! ほら、早く行こうぜ!」


 レオンが私の肩をぽんぽんと叩く。

 気軽に。

 もちろん悪気などはなく。

 でも、その無邪気さが今はとてつもなく恐ろしい。


「……あー、悪い、レオン。ちょっとこいつに用があってな」


 隣から、ノクスのだるそうな声。


「え?」


 レオンとべレト、それに私も同時に声を上げる。


「あ、いや、その、そう。話したいことがあるんだったね。二人でね!」


 意図に気づき、無理やり便乗してしまった。

 声のトーンがちょっと裏返ってたかも。


「……ふぅ~ん? そうかそうか! じゃあお前たち、遅くならないうちにちゃんと風呂には入るんだぞ!」


「う……ボク一人か……。でも、二人で話したい、んですもんね。うう、楽しんで……」


 レオンがにっこにこの笑顔で、ベレトの首根っこを掴んで引っ張っていった。


「とりあえず、部屋戻るか」


 ノクスが私の袖を引く。

 私は食堂を出るなり、すぐさまノクスの後ろに隠れるようにして深く息を吐いた。


「……助かった」


「どうすんだと思ってたが、まさか何も考えてなかったとはな」


「う……ごめん、ありがとう」


 心臓がまだドキドキしてる。

 ノクスがいなかったらと思うと、寒気すらする。


「オレは後で一人で行くけど、お前は明日の早朝、誰も来ない時間に風呂入っとけ」


「うん、そうする。ほんとに……ほんとにありがとう」


 素直にお礼を言うと、ノクスは「ふん」と鼻を鳴らした。


「オレ様がいなきゃ生きていけねーな、お前」


「それは言いすぎ!」


 でもその言葉に、ちょっとだけ心がほぐれるのを感じた。




------




「――何でもあるぞ! カードに、人形に、おはじきに!」


 レオンが段ボールの隙間から、玩具たちを引っ張り出しながら言った。


「騎士団員とは思えない私物のラインナップだな」


 ノクスが呆れたようにぼそり。


「え、でもいいじゃん! 前の部屋だと皆でやってたぜ? ほら、今日くらい肩の力抜いていこうよ~!」


 べレトが「まくら投げ……未体験です」と真顔で悩んでいた。


「わ……じゃない、お、オレは寝るわ」


 レオンの「ぶー」という声を背で浴びながら、私はベッドにそっと入る。

 今日はもう、限界だった。


 目を閉じると、暗闇の中でいろんな音が交差していく。

 誰かが服を脱ぐ音、紙袋がこすれる音、ベッドが軋む音。

 誰かの笑い声、くしゃみ、独り言。

 やがて明かりが消え、静寂が訪れる。


 これが、ここでの生活なんだ。


 プライバシーなんて無いようなもの。

 私はそっと、肩を引き寄せるように体を丸めた。

 秘密はまだ守れてるけど、いつまで……。


 急に心細くなって、ぎゅっと毛布を握った。

 こてん、と首を横に倒した瞬間、何か、柔らかいものに触れた。


 ――モフ。


 鼻先にふわふわの毛。

 心地よい体温と、かすかな……男の人の匂い。


 ノクス。


 胸の中で名前を呼んで、無意識のまま私はその毛に顔を埋める。


「……よく頑張ったな」


 かすかに聞こえた、低く、優しい声。

 それが夢か現かもわからぬまま、私はそのまま眠りに落ちていった。

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