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第11話 リシェルの騎士団生活

 騎士団に入って一ヶ月が経った。

 男装で潜り込んだこの“赤の騎士団”での生活は、最初こそ息をするだけで気を張り詰めていた。

 けれど今では、朝の喧騒すら日常になりつつある。


「……うう、寒っ。窓開けたまま寝たの誰……?」


 私は上半身を起こしながら、隣のベッドを睨んだ。

 上段、ぐっすり眠るノクス。

 毛布をかぶってぴくりとも動かない。

 いつもこれだ。

 ギリギリまで寝てて、訓練中もあくびしまくり。

 なのに成績はすこぶる優秀とくるから、なんだかズルい。


「おはよう。……ああ、ごめんね。窓、ボクだ」


 ベレトが申し訳なさそうに言ってきた。

 彼は既に紅茶を淹れ、蒸気の立つカップを手に読書中。

 寝癖もなく、整った所作で本をめくる姿は相変わらずどこか貴族的だ。


「ううん、大丈夫。ていうかベレト凄いね、いつも早起きだなあ」


「習慣なんだ。静かな時間の方が、本に集中できるからね」


「ふーん……」


 私は固まった肩を回しつつ、ふと隣を見る。

 レオン先輩のベッドは、今日も散らかっていた。

 上着、手袋、靴下、それに昨日の訓練で使ったタオルまで。

 彼は優しく明るく、実力もあり、先輩としては最高と言っていいけれど、片付けに関しては初戦敗退だ。

 その瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。


「よーし、全員起きてるか! 今日も張り切っていこうぜ!」


 元気いっぱいに飛び込んできたのは、言うまでもなくレオン先輩だった。


「……どの口が言うんですか。自分のベッドの惨状、見ました?」


「んーーーーー見えない!」


 朝からテンション高めな彼に、私は少しだけ笑ってしまった。

 なんだかんだで、こういう毎日も嫌いじゃない。




------




「次ッ! 構えを崩すな!」


 ガシャン、と木剣と木剣が打ち合う音が、訓練場に響き渡る。

 午前の訓練は、体力と反射神経を鍛える基本的なものが中心だ。

 正直、私はこのメニューが一番きつい。

 令嬢時代にはダンスを習っていたし、小さい頃から騎士団に憧れていたのもあって、同世代の女の子たちの中では体力に自信があった方だけど、ここにいるのは国内でもトップクラスの身体能力オバケたち。

 ただの男装女子が敵うはずもない。


「……っ、はっ……!」


 それでも日々、必死にくらいついている。

 膝が笑いそうになるたびに、拳を握り締める。

 動きを止めたら終わりだ。

 弱い奴って、誰にも思われたくない。

 遠くで、賑やかな声が聞こえた。


「さあ、次お願いします!」


「ちょ……こ、交代! 飛ばしすぎだよ!」


 振り返ると、レオン先輩が元気いっぱい吠えていた。

 相手の先輩団員は膝に手をついて、完全にバテバテ。

 周囲も若干引いている。


「お前、最近強くなったなあ。何かあったか?」


 団員の一人がレオン先輩に問う。

 先輩は一瞬だけこちらに目線をやって、すぐまた団員の方を向いて覇気溢れる笑顔を作った。


「後輩たちに負けてられませんから! はい! 次は誰ですか!?」


 本当にすごい。

 あんなに動いて、まだ余力があるの?

 先輩は早朝も一人で体力トレーニングをしているはず。

 なのに汗すら感じさせない笑顔で、次の相手はどこだと問いかける。

 まるで太陽みたいだった。


「――ッ!」


 そのとき、訓練場に重たい空気が流れ込んだ。

 その場にいる全員が、声を出さずに身を震わせる。

 直感で分かった。

 これは、“あの人”が来た空気だ。


 地面がきしむほどの足音。

 空気が張りつめる。

 私はそっと顔を上げて、視線の先を見た。

 そこにいたのは、赤い外套に身を包んだ、鋼のような体を持つ壮年の男性。


 赤の騎士団、団長。

 ガリンダ・アーマードさんだった。


「……そこ、足が止まっている。戦場でもそうするのか」


 静かに、けれど明確に放たれたその声に、周囲の空気が一段と引き締まった。

 誰もがその威圧感に呑まれながらも、反射的に姿勢を正す。

 怖い。

 でもそれ以上に、誰もが信じて従っている。

 この人が騎士団の柱。

 そう感じさせる、絶対的な本物の気配。


「ガリンダ団長……!」


 ぽつりとレオン先輩が呟く。

 その目は、少年みたいにきらきらしていた。




------




 夕食後、片付け当番だった私とレオン先輩は、誰もいなくなった食堂に二人で残っていた。

 手に持ったお盆に皿を積み重ねながら、私は先輩に話しかける。


「レオン先輩は、団長に憧れているんですか?」


「んー?」


「今日の訓練の時、ていうかいつもですけど、団長のことよく見てますよね」


 それを聞くと、先輩は少し恥ずかしそうに「あはは」と笑った。


「……ああいう人になりたいんだよ、俺」


 普段の先輩とは違う、落ち着いた笑み。


「まずは何より、強いだろ?

 俺、入団前に一度だけ、ガリンダ団長が戦うの見たことあるんだけど、鳥肌立っちゃってさ」


「そうなんですか、入団前に?」


「うん、俺の地元は黄の国との国境付近でね。小さな村だったんだけど、ある日戦争に巻き込まれたんだ。

 このままだと、家族も友達も、全員死ぬ……ってところに騎士団が救援に来てくれて。

 その時にガリンダ団長の戦いぶりを見て、俺も騎士団に入ろうと思ったんだよ」


 先輩はどこか遠くを見るように、目を細めた。

 明るく元気ないつもの様子とのギャップに、私は思わずどきっとしてしまう。


「それだけじゃない。カリスマ性があって、格好良くて……誰より優しい。

 確かにいつも怒ってるみたいだし怖がられてるけど、あれは仲間から死人を出したくないっていう、団長の覚悟みたいなもんだと思うんだ」


「……なるほど」


「その証拠に、家族の前だとすっごいデレデレなんだぜ?

 ま、あんな奇麗な奥さんと可愛い娘さんがいたら、そうなるのもわかるけどな~」


 普段の調子を取り戻してけたけた笑うレオン先輩に、私は思わず素直な気持ちを口走る。


「――俺からしたら、レオン先輩もそうですよ」


 彼は驚いたように私を見る。


「強くて、優しくて、カッコいい……でしょ?」


「――ッ」


 言いながら、少し照れくさくなって目をそらす。

 ……なんでこんなこと言ったんだろう。

 レオン先輩は一瞬固まったあと、顔を赤くしながら笑った。


「あ、ありがと、な!」


 どこか声が裏返ってたのは、気のせいだろうか。




------




 片付け後、そのままお風呂へ向かったレオン先輩と別れ、部屋に戻る。

 四人一組の自室には、ノクスだけがベッドにいた。

 モフモフの姿で、私の枕元にうずくまっている。

 ベレトはお風呂だろうか。 


「またそのモフモフモードで、誰か来たらどうすんの?」


「……うるせぇ。お前かそうじゃないかくらいわかるっつの」


 膨れた声を返すノクスに、私は思わず吹き出した。

 彼はしばらく黙った後、ぽつりと呟きを落とす。


「最近、楽しそうじゃねーか」


「楽しそう? うーん、確かにそうかも。

 訓練は大変だけど、憧れだった世界に自分の居場所があることって、とっても幸せね」


「…………ふーん」


 ノクスはそう言いながら、器用に背中を向け、私の手元に自分の尻尾を押しつけてくる。


「ありがと」


 私はそのふわふわにそっと手を置いた。

 そのとき、勢いよくドアが開く。


「ただいまー!」


「はあ……今日のお風呂は混んでましたね」


 戻ってきたレオンとベレト。

 ノクスはひょいっと飛び上がり、さっさと上段ベッドに人型の姿で寝転がる。


「さて、今日は何する? トランプ? それとも王様ゲーム?」


「やめてください。それは危険すぎます」


 苦笑するベレトと、はしゃぐレオン。

 私はその光景を見ながら、小さく笑った。


 あの日、すべてを捨てて逃げ出した自分が、まさかこんなふうに笑える日がくるなんて。


 きっと明日も大変で、疲れて、くたくたで。


 でもとっても、楽しみだ。

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