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第13話 光の王子と闇の精霊

「――っ!」


 次の瞬間、視界が回った。

 気づけば地面に仰向けで転がっている。


「……ふむ? 期待の新人と聞いていたが、今日は調子が悪いのかな」


 やんわりとした声と慰めるような物言いが、逆に胸に刺さる。

 悔しい。

 でも、身体が震えてうまく動かなかったのも事実。 

 いずれこの国を背負って立つお方。

 国に仕える身としては、圧倒的上位の立場にあたるお方。

 そして、幼い頃から密かに憧れていたお方。

 本気で戦えないのも当たり前だ。

 私はまだ、夢の中にいたのだから。


「――オレも新人だ。相手してくれよ」


 不意に間に割って入った声。

 ノクスが、倒れた私を庇うように立っていた。

 片手で木剣を肩に担ぎ、堂々と王子に向き合っている。


「ふっ、活きの良いのがいるじゃないか」


 そう言って、王子も構えを取り直す。

 その瞬間、空気がきりりと張りつめた。


 ――カァン!


 木剣と木剣が激しくぶつかり合い、空気が震える。

 金属のような硬質音が、訓練場に響き渡った。

 最初の一撃は試すような強さ。

 けれど、そこからの展開が早い。

 二撃目、三撃目。

 踏み込みと同時に王子が斬り上げ、それをノクスが力強く弾く。

 続けざまに袈裟斬り、足払い、腹部への突き。

 すべてが無駄なく繋がっていた。

 速く、重く、そして正確。


「へえ、これも効かないのか。中々やるじゃないか。名は何という?」


「俺たちのボスなんだろ? 部下の名簿くらい見てから来いよ」


 ノクスは涼しい顔で木剣を返しながら、さらりと毒を吐いた。

 私は間近で行われるやり取りを見ながら、唖然とする。

 どこからどうツッコめばいいのか分からない。

 不敬すぎる発言はとりあえず棚上げにするとしても、剣が、剣が。

 打ち合いの音が、普通じゃなかった。

 木と木のぶつかる音じゃない。

 質量と殺気のある、まるで真剣同士のような交錯。

 なぜそんな速度での剣技を、会話しながらこなせるのか。

 周囲の団員たちも、その異常さに気づいたようで、どよめきが広がる。


「あの新人、王子と互角にやりあってんのか……」


「ノクスって言ったか? 生意気なヤツだと思ってたが、言うだけあるなあ」


 皆、ノクスの剣捌きに驚いている。

 けれど、私は違った。

 殿下の動きが、ノクスの剣を確かに見切っている。

 ノクスは精霊だ。

 反応速度も筋力も、人間のそれを遥かに超えているはずなのに。

 それなのに王子の剣は、当たり前のようにその速度についてきていた。

 一つでもミスをすれば、即座に致命となる、ぎりぎりの攻防。


「楽しくなってきたぞ……どうした! その程度か!」


 王子が一歩踏み込み、縦一文字に振り下ろす。

 重さと速さを兼ねた一撃。

 ノクスが片手で受け止め、訓練場の地面が揺れる。


「加減してやってんだよコラ!」


 受け止めた勢いのまま、ノクスが肘を突き出す。

 殿下が紙一重で後退し、距離を取る。

 だがすぐに詰める。

 殿下は下がりながら上段からフェイントをかけて、下段への変則斬り。

 ノクスがそれを読み切って、逆に斜め下からのカウンターを放つ。

 交錯、跳ねる、跳ぶ、回る。

 まるで舞のように、あるいは死合のように。

 二人は刃を交わし続ける。


「ちっせえ頃から手厚くご指導されて来たんだろ? それが限界か、王子サマ?」


「ハッ……! ならば、もう一段階いくか!」


 それ以上の激突を、誰もが息を呑んで見守っていた。

 ……が。


 バシッ!


 爆ぜるような音が、すべてを断ち切った。


「――貴様ら」


 音を立てて凍りつく空気の中、低く響く声が訓練場に落ちる。


「この場で殺し合いでも始める気か」


 訓練場の誰もが背筋を伸ばした。

 ガリンダ団長だ。

 団長は二人の剣の間に入り、手でつかんで受け止めていた。


 ……手でつかんで受け止めていた?


 ノクスも殿下も強くて凄いと思っていたけど、一番の化け物は団長かもしれない。

 鋼の視線に、王子とノクスも無言で一歩引く。


「申し訳ない。つい、熱くなってしまったよ」


「チッ……あと少しだったんだがね」


 剣を収める二人。

 訓練場に、ようやく呼吸が戻ってきた。

 ガリンダは小さく息を吐くと「お戯れも大概に」と一言だけ諫め、殿下を連れて訓練場を後にした。

 空気が解けたのは、その数秒後だった。




------




 夜。

 風呂に行ったふたりを見送って、私は部屋に戻る。

 ベッドには、すでにモフモフのノクスが横たわっていた。

 最近、この姿でいることが増えた気がする。


「……王子、すごかったね」


「――あぁん?」


「ノクスとあんなに渡り合えるなんて、ほんとびっくりしたよ」


「……おう、そういう意味か。あんなの全然本気じゃねぇよ」


 ノクスは尻尾をバサリとこっちに向けて、寝返りを打つ。


「今日、ニヤけてたぞ。お前」


「べ、別にそんなこと……!」


「まあいいけどな。勝手にキラキラしてろよ、王子様に」


「……子供か」


 拗ねたような言い方に、私は思わずくすりと笑みをこぼす。

 そしてそっと、押しつけられた尻尾をなでた。

 そのとき、ドアが開く。


「ただいまーっ!」


「今日は王様ゲームやりませんからね、レオン先輩」


 ベレトとレオンが風呂上がりで戻ってくる。

 レオンは上半身タオルをかぶったまま「王子ヤッバくなかった!?」とテンション高め。


「確かに、神々しさがありましたね。“光”という言葉をそのまま体現したような」


「うん……」


 私は頷きながら、さっきまでの心のざわめきを思い出していた。

 私なんかとは違う、あの人は遠い光。

 でも、ほんの少しだけ。

 その光に触れてみたいって思ってしまった。

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