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第15話 レオン・マリステアの苦悩

※※※※※ 今回の話は、リシェルではなくレオン視点で進みます ※※※※※


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 あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。


 王国直属の赤の騎士団。

 全147名の精鋭で構成されるその組織において、毎年行われる入団試験は一大行事である。

 対戦する参加者を評価し、その中から正規団員候補を選び抜く。

 その責任ある任務に、先輩の代打とはいえ騎士歴数年の自分ひよっこが抜擢されたことに、内心緊張しっぱなしだった。


 試験が始まると、予想通りと言うべきか参加者たちは騎士団員の壁に次々と散っていった。

 彼らが国家の最高戦力の役を担うのは、まだまだ早い。

 そう思わせる展開が続く。


 全体の半分ほどが済んだころ、少し緊張も和らいできたレオンの前に、一人の少年が立った。

 小柄でやせ型。立ち姿にも覇気はなく、一見して“ハズレ”な風貌。 

 力の入れ方を誤ると、大怪我させてしまいかねない。

 そんな相手を見て、どう手加減するかを考えていた。


 その時だった。


 隣の試験エリアから、大きな打撃音が響いた。

 驚いて視線を向けると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 地面に這いつくばるホーテン部隊長。

 そして、その頭を容赦なく踏みつける一人の青年。

 しかもその青年は、両手をポケットに入れたままというあまりに無防備な姿勢。

 争った形跡も無ければ、戦闘の構えすらない。

 にもかかわらず、自分より遥かに強い部隊長の生殺与奪の権は、完全にその青年にあった。


 油断だろうか? 気を抜いていた?

 だがホーテン部隊長に限って、そんなミスは考えにくい。

 困惑する間もなく、前方から刺すような殺気を感じた。

 慌てて視線を戻すと、自分がなめきっていた少年が、既に眼前に迫ってきていた。


 ――マズい。


 構える間もなく、視界が大きく傾いた。

 顎から頭まで鈍い衝撃が走って、体が倒れ込む。

 意識が霞む中、真上から鋭い眼差しで射抜かれた。


 小柄な体に似合わぬ圧倒的な気迫。

 参加者の中でもひときわ弱そうだったその少年が、自分――レオン・マリステアという若手のホープを、完全に圧倒していた。


 あのとき何を思ったかなんて、言葉にはできない。


 ただ、殴られた以上の衝撃が体を突き抜けたのを覚えている。


 その感覚に名前はまだ無い。


 しかしこの瞬間を境に、レオンは世界が色鮮やかに見えるようになった。




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 それからというもの、ふとした瞬間に視線が吸い寄せられる。

 食堂でベレトと楽しそうに話していると、なんだか胸がモヤモヤする。

 ノクスとふざけ合っていると、「ちょっと距離近くないか?」などと思ってしまう。

 訓練で息を切らせながらも食らいつく姿を見ると、強く胸が締め付けられる。


 笑っていると、見とれてしまう。

 怒ってると、気を引きたくなる。

 落ち込んでいると、胸がざわつく。


「ああああああっ、もう!」


 誰もいない訓練場で、意味不明な叫びをあげてしまった。

 なんだ、この感覚は。

 落ち着かないが、嫌いとか不快とか、そういうわけじゃない。


「……ううう」


 うなり声をあげながら壁を睨みつけている自分が一番怖い。

 最近は、この気持ちをごまかすみたいに訓練に打ち込んでいる。

 しかし迷いは晴れるどころか、日に日に増していく始末だ。


「ここにいたか。マリステア、団長がお呼びだ」


 ふいに背後から声をかけられ、心臓が飛び出そうになる。

 振り返ると、そこには先輩団員の一人が立っていた。 

 さっきの情けない姿を見られてしまっただろうか、いや、そんなことより――


「――がっ、ガリンダ団長!? え、なんかしました俺!?」


「知らん。言伝だ」


 ああ、終わった。

 死んだ。

 何もしてないけど死んだ。


「じゃ、確かに伝えたからな。生きて帰って来いよ」


 先輩はそう言うと、顔の前で手を合わせてレオンに祈りを捧げてくる。

 レオンは内心で「余計怖くなるからやめてください」と懇願するのであった。




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 ノックして、返事を聞いてから扉を開ける。

 団長は相変わらず無骨な背中を向けたまま、書類を読んでいた。


「失礼します、レオン・マリステア、参上しま――」


「座れ」


 ビクリとレオンの肩が跳ね、恐る恐る席に着く。

 怒られる。必ず怒られる。

 あの件だろうか、それともあっちの件だろうか。

 レオンの頭の中に、心当たりがいくつも浮かんでは消えていく。

 しかし団長の口から発された言葉は、完全に想定外のものだった。


「最近、頑張っているそうだな」


 まさかの“褒め”。


「へっ!? あ、あの、それは、えっと、恐縮ですッ!!」


 大声で返事して、声のボリュームを間違えたと自分で驚く。

 団長は椅子を回転させこちらへ向き、じっと目を見て口を開く。


「確かに、以前とは変わって見える。後輩ができて、何か心境の変化でもあったか?」


 その問いに、しばらく黙ってしまった。

 心境の変化?

 心当たりはあるな、と思った。

 団長の言う通り「後輩に負けないように」「先輩としての自覚が」は無論ある。

 ある、が、それより明確な変化が一つあった。


「……実は、最近“とある人物”のことを考えると、変に気持ちが落ち着かなくて」


「ぶぼっ!?」


「団長!? だ、大丈夫ですか!?」


「ぬ……か、構わん。続けろ」


 団長は飲んでいたコーヒーを噴出してしまった。

 何か自分が変なことを言ってしまったのだろうか、と思いつつも、言われた通りに続きを話す。


「その子が笑うとオレも嬉しくなりますし、頑張ってると応援したくなったり、他の人と喋っていると……少し気分が暗くなったりします」


「……そ、それはお前……アレだろう……!」


「え? アレって何ですか?」


「いやその……ほら……そういう……その……!」


 珍しくガリンダ団長が言い淀んでいる。


「……ま、まあいい。何にしろ、はお前の成長に繋がる……だろう。多分、きっとな」


 ようやく落ち着いたあと、団長が咳払いして話題を切り替えた。


「そういえば、後輩たちの様子はどうだ?」


 ふいに問われて、レオンの背筋が自然と伸びる。

 かつては自分が団内最年少だった。

 その自分の下に、今年は三人の後輩がついた。

 ノクス、ベレト、リシェド。

 彼らの面倒を見ること。

 それが、今の自分に託された役目。

 ここで頼りない姿を見せるわけにはいかない。

 そう思い、レオンは一度深く息を吸い込み、心を整えてから言葉を選んだ。


「はい。三人とも、それぞれ全く違うタイプです。

 しかし真面目で、良い騎士になると感じています」


「ノクスはどうだ」


 最も評価が難しい男の名に、レオンは一瞬だけ言葉を探した。


「戦闘能力に関しては、文句なしです。団の中でも、既に上位に入るかと。

 ただ……何を考えているのか分からないことも多くて。正直、俺ですら時々怖いと思うくらいで」


 そこまで言って、少し苦笑した。


「それでも、いざというときに頼れる男です。信頼は、できます」


「ベレトは?」


 今度は自然に言葉が出た。

 彼ほど長所と短所がハッキリしている者も珍しい。


「頭が切れます。特に戦術面では圧倒的で、今日の訓練でも群を抜いてました。

 体力こそまだ未熟ですが、知力を問われる場面では無類の強さを発揮します。

 戦術だけで言えば、既に団内トップといってもいいかもしれません」


「……ふむ。ではリシェドは?」


 その名が出た瞬間、レオンの喉がわずかに鳴った。

 少しだけ、答えるまでに間が空く。


「あいつは……強いです」


 ガリンダの眉がわずかに動く。


「強い?」


「はい。肉体も、知恵も、まだまだ足りないところばかりです。

 でも訓練の後に自主練を続けたり、書庫で指南書を読み漁ったり、誰よりも地道に努力してる。

 見てて、分かるんです。あいつには、騎士団という場所に懸けている想いがある」


 それが、どんな理由からかまでは分からない。

 けれど。


「最終的に一番伸びるのは、きっとリシェドです。自分はそう信じています」


 ガリンダはそれをじっと聞いていた。

 そして短く「分かった」とだけ言って、視線を戻した。


「下がっていい」




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 廊下に出て、ようやく深く息を吐く。


「……なんだったんだ、今のは」


 質問の意図も、それに自分が応えられたのかもよくわからない。

 少し誇らしいような、くすぐったいような気持ちで解放され、レオンは廊下を歩いている。

 ふと、窓の外に視線をやる。


 裏庭。

 夕日を受けた芝の上で、リシェドとベレトが並んで座っていた。

 二人とも、楽しそうに笑っていた。


「……」


 胸が、きゅっとなる。


「なんなんだよ、これ」


 そんな自分に舌打ちしながら、レオンは前を向いた。

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