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第37話:孤独とは?無価値とは?

集会所を後にして、紡は藍と神崎の三人で帰路についていた。


夕暮れが迫る空は、どこか重く、紡の心の内を表しているかのようだった。足取りは重く、脳裏には指導者の甘い声と、自身の過去の痛みが何度も反響する。


「紡、大丈夫?まだ顔色が悪いよ……」


藍が心配そうに紡の顔を覗き込む。その声には、先ほどの集会所の異様な空気への動揺と、紡への純粋な気遣いが滲んでいた。


「うん……少し、疲れただけ。」


紡は曖昧に答える。胸の奥にざわめく不快感を抑えようと、必死に意識を集中させた。かろうじて現実との繋がりを保っているような気がした。


横を歩く神崎は、いつもと変わらぬ冷静な面持ちで、前を見据えている。その視線の奥には、今日の出来事に対する深い思索がうかがえた。


紡は、ふと、彼の横顔にあの駅前のカフェで見かけた男の冷徹な視線が重なるような錯覚を覚えた。あの時、確かに紡の光る招待状を、彼は静かに見つめていたはずだ。


「小鳥遊さん。先ほどの彼の『凝り』は、非常に厄介なものでしたね。あなたの『器』の特性を理解し、直接語りかけてくるような性質を持っていた。」


神崎の言葉は、紡の混乱を整理する助けになった。


「浄化するだけでは、真の解決にはならないかもしれない……そう、感じました。」


紡が呟くと、神崎はわずかに目を見開いた。


「ほう。そこまで見抜きましたか。」


神崎は足を止め、紡と藍に向き合った。その瞳は、何かを試すかのように紡をじっと見つめる。


「あなたの『器』は、単に『凝り』を浄化するだけでなく、その根源にある『渇望』の本質までを看破し始めた。これは、新たな可能性を示唆すると同時に、より深い危険を伴います。」


神崎の言葉は、まるで未来を予言するかのようだった。


浄化だけではない「新たな道」――それは一体、何を意味するのだろう。この言葉は、一体どこまでが真実なのだろうか。



活動拠点に戻ると、疲労と同時に、ある種の焦燥感が紡を襲った。あの指導者の言葉が、いまだ心の奥底でざわめいている。


『汝の「空っぽ」は、我らが満たしてやろう。』


あの甘い誘惑は、一度心に触れると、簡単には消えてくれない。それは、紡自身が長年抱えてきた「空っぽ」の苦しみを知っているからこそ、危険なほどに魅力的に響くのだ。


「私、どうすればいいんだろう……」


簡易ベッドに横たわり、天井を見つめる。

脳裏に浮かぶのは、あの集会所の信者たちの虚ろな瞳。彼らが求めていたのは、まさしく「承認」と「繋がり」だったはずだ。それがなぜ、あのような「歪み」となったのか。

そして、自分自身の「空っぽ」の根源にある、「孤独」と「無価値」。


孤独とは、何だろう。

無価値とは、何だろう。


紡は、目を閉じて、自らの心に深く問いかけた。


これまでにも感じてきた、胸の奥を締め付けるようなあの感覚。

誰にも届かない叫び、自分という存在が、誰の心にも残らないという、あの底知れない絶望。

それが、この二つの言葉に集約されている気がした。

過去の痛みが、今、問いの形で、その核心を露わにする。


これまでは目を背けてきた、自分の最も深い傷。

あの指導者の「凝り」は、その傷を抉り出した。それは、かつて自分も同じ痛みを抱えていたことの証明でもあった。


その時、紡の「器」に、直接響く声があった。


『孤独とは、真の繋がりを求める魂の叫び。

無価値とは、自己の内なる輝きを見失った結果。

汝の「渇望」の根源は、貴女が恐れる「孤独」と「無価値」の先にこそ存在する。


それは終点ではない。

「孤独」を乗り越える道は、「共鳴」の中にあり。

「無価値」を越える術は、「自己受容」に始まる。

「孤独」を乗り越える道は、他者との間に生まれる「確かな絆」の中にあり。

それは、互いの「心を映し出す鏡」であり、他者の内に「己を見出す」経験。


真実の探求は、時に最も親しい「信頼」を、そして「自己」さえも疑わせる。

覚悟せよ。』


その「声」は、紡の心に突き刺さった。まるで、問いかけた答えが、そのまま返ってきたかのようだった。


「孤独は、真の繋がりを求める魂の叫び」――藍との絆が、その意味を語っている。

「無価値は、自己の内なる輝きを見失った結果」――自分自身を認め、愛することから始まるのか。


今、隣室にいる藍、そして自分の導き手であるはずの神崎、さらには紡自身の感情や認識までもが、疑いの対象となる可能性を示唆していた。それでも、この「声」が示すヒントは、かつてないほど明確だった。


(私自身の「空っぽ」が、これまでの絶望とは違う、新たな解決の道へと導こうとしている……?)


夜の闇が、活動拠点の窓を深く覆い隠していく。

紡は、目を閉じて、その運命の重みにじっと耐えるしかなかった。


その闇の中で、紡の心は既に、新たな問いの答えを求めて蠢き始めていた。

孤独や無価値と真正面から向き合うことが、第一歩なのだ。


「真の渇望」の根源、そして「信頼」の仮面の先に何があるのか。


紡は、もはや立ち止まることを許されない。

この「器」は、未知の解決へと、否応なく導かれようとしていた。


(つづく)


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