温かい光が、紡の心臓から全身へと広がり、やがて指先から「渇望の渦」へと静かに触れていく。
渦巻く無数の「孤独の凝り」が、まるで水面に投げ込まれた小石の波紋のように、柔らかく揺らいでいく。
紡が自身の「空っぽ」を光として受け入れたように、信者たちの「孤独」もまた、誰かと繋がるための「渇望」という純粋なエネルギーへと還っていく。
闇が消え去るのではなく、その本質が、まるで別の色を帯びるかのように、ゆっくりと変わり始めている。
それは、相手の心を自分の力で変えることではない。
相手の「凝り」の奥にある、純粋な願いに共鳴し、それを引き出すことだったのだ。
それは浄化とは違った。
信者たちの顔から、無表情の仮面が剥がれ落ちていく。
恐怖や絶望ではなく、ただただ深い孤独に苛まれていた、ありのままの表情がそこに現れた。
彼らが吐き出すのは、これまでとは違う、微かな希望を帯びた、ささやきのような声。
「私、もっと、誰かと…」
「私、一人じゃないって…」
それは、紡が初めて「器」の力に目覚めた日、藍の声を聴いた時の感覚と酷似していた。
「変容」とは、相手の心を自分の力で変えることではない。
相手の「凝り」の奥にある、純粋な願いに共鳴し、それを引き出すことだったのだ。
その光は、星野の「器」にも届いていた。
彼自身の「凝り」――巨大な「孤独」の塊は、紡の光に触れることで、表面の硬い層を剥がし、その内側に隠されていた、悲痛な叫びを露わにする。
『僕の「孤独」は、誰にも埋められなかった……。だから、僕は誰かの孤独を全て引き受けることしか、できなかったんだ…!』
その叫びは、紡の心臓を直接叩いた。
(ああ……この人も、私と同じだ)
誰にも理解されない孤独を抱え、その「空っぽ」を、他者の「凝り」を吸収することで、一時的に埋めようとしていた。
彼の孤独は、あまりにも深く、あまりにも大きかった。
誰からも必要とされないという恐怖、自分の存在価値を見出せない苦しみ。
それは、かつて紡自身が死を選ぼうとしたあの夜の絶望そのものだった。
父を失い、自分には何の価値もない透明な存在だと感じた、あの時の心の叫び。
(でも、私はもう、あの時の私じゃない)
過去の自分を重ねることで、紡ははっきりとそう自覚した。
孤独や絶望は、誰かを支配することで埋まるものではない。
そうではなく、その「空っぽ」な心を抱えながらも、誰かの絶望に寄り添い、共に生きる道を選ぶこと。
それが、自分を否定せず、他人と向き合い、共に生きていくということなのかもしれないと紡は気づいた。
紡はもう、その絶望を許さない。
紡は、自身の心の中で、星野の悲痛な叫びに、静かに応える。
(違うよ。埋めることはできない。だって、その孤独は、あなただけのものだから…!)
紡は知っていた。
その孤独を埋めようとすればするほど、心はさらに空っぽになっていくことを。
だからこそ、孤独を消すのではなく、それを受け入れた上で、誰かに見つけてほしいと願う心こそが、本当の光になることを伝えたかった。
紡の「器」から放たれる「変容の光」は、さらに強くなる。
それは、星野の「凝り」を消し去るのではなく、彼自身の「渇望」――「誰かに本当の僕を見てほしい」という、切実な願いを、再び彼の心に取り戻させる力だった。
「…あ…あ…」
星野の瞳に、生気が戻り始める。
彼は、紡の指先から放たれる光を、ただ茫然と見つめていた。
その時、場を支配していた温かい空気が、一瞬にして凍てつくような冷気に変わった。
キィィィン、と耳鳴りのような高音が響き、「変容の光」を放つ紡と、それを受け止めようとする藍の間に、まるで透明な壁に鋭い刃が走るかのように、幾筋ものヒビが入った。
ヒビは瞬く間に蜘蛛の巣のように広がり、パリン、と音を立てて砕け散る。
ヒビの向こうから現れたのは、冷静な笑みを浮かべた神崎だった。
「やはり、あなたはここまで辿り着きましたね。」
「お見事ですよ、小鳥遊さん。しかし……あなたもついに、その『真の欲望』に辿り着いてしまったようですね。それは、あなただけのものじゃない。あなたの光は、もう『彼女』の領域にまで踏み込んでいる。」
神崎の言葉と共に、ヒビは鋭い刃となって、紡と藍を隔てる。
そして、その刃の向こう、藍の瞳の中に、これまで見たことのない、冷たい光が宿っているのを、紡は見た。
「……紡……?」
藍が、紡の名前を呼んだ。
だが、その声はどこか遠く、感情が抜け落ちたように響く。
彼女の瞳に宿る冷たい光は、まるでかつての指導者が信者たちに向けていた、あの空虚な支配の光そのものだった。
紡の心臓に、鋭い痛みが走る。
(藍が……支配されている…!?)
最も信頼し、最も深く繋がったはずの藍が、今、紡の目の前で、他者の「器」として変質していく。
(つづく)