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第9話 噂の出所



 両親は薄々エリザがフィルと手紙のやりとりをして付き合いを続けていることに気付いていたようだが何も言わなかった。


だが成人を迎えた時にはっきりと、『フィルとはもう会わないほうがいい』と釘を刺されてしまう。




 彼が養子先を出て士官学校に通いたいと言い出した時も、親に相談できるはずもなくフィルと話し合って学費を援助すると二人だけで決めてしまった。


だから今も両親はエリザが給金のほとんどをフィルに渡している事実を知らない。




 こうなってしまって思うのは、エリザはどこで選択を間違えたのかということだ。




 エリックが言うには、エリザがフィルのことをクズに育ててしまったらしいが、誓ってそんなつもりはなかった。


 確かに表面上の事実だけを述べれば、言われるがまま金を渡して彼に好き放題させたのだからそう見えるのかもしれない。


でも彼が士官を目指す理由やそれから努力し続けている姿を知っていたから、信頼しきっていた。




 どこから間違ってしまったのか。


ある頃から唐突にフィルが変わってしまったとしか、言いようがない。




 ただの金蔓だからと言い放ち、汚いものを振り払うかのように突き飛ばしたフィルの姿が忘れられない。


 あれだけのことをされてもなお、彼が変わってしまったのは何かやむにやまれぬ事情があったのではないかと心のどこかで擁護してしまう自分がいる。




 怒りも悲しみもある。


エリザこそ、あんな目に遭わされたのだからもう二度とフィルの顔も見たくないが、どうしても彼と過ごしてきた日々を思い出してしまう。




 吹っ切るにはまだ相当時間がかかりそうだ、と未練がましい自分に呆れながらエリザは早々に眠りについた。






 ***






 翌日、起きてダイニングに向かうとそこにはすでに簡単な朝食が用意されて男が待っていた。


 おはよう、と声をかけると男は少し躊躇ったあと、エリザに謝罪してきた。




「昨日は……すみません。少し無神経だったと思いまして」




 言い過ぎましたと殊勝な態度で謝る男にエリザは少々驚く。


なぜならこの男は出会った時からずっと無神経だったのだから、謝られても今更……と笑ってしまう。




「気にしていないわ。あなたはそう思ったってだけの話だし」




 何も知らないくせに、と腹を立てたのは事実だ。だが少し冷静になってみれば赤の他人なのだから知らなくて当然で、事実を並べて客観的に見ればそう思われても仕方がない。


 なんだかんだ言ってこの男を連れ帰ったのは、他人からの意見で冷静になれたからというのが大きい。




「おお、それは良かった。怒らせてしまって、早速追い出されたらまた家無しになってしまうのでひとまず謝っておいて正解でした」




「本当に余計なことを言うのね。ひとまず謝るとか誠意の欠片もないじゃない」




「そりゃあ住むところを失いたくないですからね。僕はね、保身のためなら全然悪いと思っていなくとも土下座だってする男ですよ」




「要らないわそんな情報……」




「でもね、謝罪はいつも言うと軽くなるから、土下座はここぞと言う場面でしか使わないんだ。これヒモの豆知識ね」




ニコニコしながら語る男に軽蔑の目を向ける。




「パフォーマンスの謝罪なんて意味ないでしょう」




「いえいえ。人は案外、土下座までされたら許してしまうものなんですよ。人前でやれば特に、男がここまでしているのに許さないなんて酷いと周囲が味方してくれたりするので、特に効果的ですね」




「使い方が最低」




「クズの処世術ですよ。エリザさんも安易に土下座して相手をコントロールしようとする男に気を付けてくださいね」




 お前が言うなと思ったが、男の意見に納得がいく点があったのでとりあえず頷いておいた。


 職業柄、犯罪者は嘘をつくものだと知っている。


罪を逃れるために謝罪と恫喝を駆使する犯罪者を何人も見てきた。


この男がこれまでにどんな生活を送ってきたのは分からないが、最下層で犯罪が日常的に行われる場所で暮らしていたか……身近で犯罪者を見ていたかのどちらかに思える。




「アドバイスありがとう。いってきます」




 エリザの心のこもらないお礼に男はひらひらと手を振って応えた。




 ***




 出勤するとすでに師団のメンバーが揃って昨日の証拠品の検証を進めていた。




「エリザ、来たか。昨日の調査報告を皆にしてくれ」




 現場で昏倒していた団員もすでに全員回復していて、彼らの報告とエリザの調査内容を擦り合わせる。




「昏倒した我々は数時間後には回復しましたが、犯人たちの中には未だに正気に戻らない者もいます。商品にされていた女性のなかにも様子がおかしい者がいるので、恐らく何か違法な薬物が日常的に使われていたのではないでしょうか」




 人身売買の組織だったが、商品の女を従順にさせるために薬物が使われていたのではないかと、ずっと潜入捜査をしていた団員は証言した。




「分析班が昨日回収された薬物と思われるものを解析した結果、以前に貴族の夜会で出回っていた薬物と同じものである可能性が高いとの報告を受けた」




 団長が言っていたとおり、昨日皆を昏倒させたのは以前から一部の貴族の間で秘密裏に流通していた薬物だったようだ。


毒物兵器ではなかったことに少しほっとしつつ、被害を受けた団員の後遺症が心配になる。




「貴族の間では、お香として部屋に焚き込めて使ったり、酒に混ぜて飲んだりして使っていたらしい。皆が昏倒した原因は薬物が燃えた煙を吸い込んだことが原因だろう」




「人身売買の罪で捕らえた犯人たちは、その薬物を流通させている組織の末端だったということですね。意識がある者は全員自白魔法を使って情報を全て吐かせています。組織を支援しているのは、貴族である可能性が高いです」




 銀縁眼鏡をクイと押し上げながら、クロスト補佐官が自白した犯人たちの供述内容を説明する。




 捕らえられたのは下っ端の人間らしく大した情報はもっていなかったが、とある夜会に商品を運んだという証言が一人の口から語られた。


 証言者はただの運び屋で、貴族の名前も知らなかったが、大体の場所から一人の貴族の名前が挙げられた。




「その貴族は以前から地下組織とのつながりを疑われていた人物だ。捜査妨害を受けて師団は表向き調査を打ち切ったとことになっているが、この件に関しては王命を受けて師団の特殊工作部隊が動いている」




「工作部隊……『赤狗』ですか?」




 驚いた師団員のひとりがうっかり通称を口走る。




 特殊工作部隊、通称『赤狗』




 魔法師団の中には、王家から勅命を受けて動く専従部隊が存在すると言われていた。内部不正の調査をする場合もあるため、彼らの存在はほとんど知らされず、師団員のエリザも噂程度にしか聞いたことがない。


 赤狗の存在は秘匿されており、同じ魔法師団所属でも部隊員の顔すら知らない。赤狗という通称は、その部隊が暗殺や敵の殲滅などの血なまぐさい任務をおこなっているという噂があり、血にまみれた王家の狗……という意味で生まれたとも言われている。




「そうだ。だから我々は薬の流通経路を調べていく。今日はこれから、もうひとつのアジトへ強制捜査に向かう」




 現場に向かうメンバーには、またエリザも加えられていた。昨日の現場を見ているからという理由らしいが、危険の多い現場に女が先陣を切っていくことをよく思わない他の団員からはやや不満の声が聞こえてくる。


 皆が皆、女がでしゃばるなとか言っているわけではなく、ただフィジカルで男よりも劣る女性を危険な現場に出すのをよく思わないだけなのだ。


 とはいえ、いつも色々言われるのはあまりいい気がしない。




「気にすんな。男の中に一人だから目立つのは仕方がない。俺はお前を性別関係なく評価している」




 アジトへ向かう道中、師団長が声をかけてくれた。


 彼はエリザに魔法の才能を見出し、半ば強制的に入団させた張本人なので、こうして何かと気にかけてくれるが、そのせいで他部署からは愛人疑惑をかけられていて大変迷惑をしている。




「評価してくださるのは嬉しいですけど、だったらもっと愛人疑惑を否定して回ってくださいよ。書記官とか文官のなかで、私が体を使って上役に取り入っているとか言われてるの知ってます?」




 男性ばかりのところに女が一人いれば、下世話な想像をされるのは仕方がないことかもしれない。


だが関わりの薄い事務方にまでも噂が出回っているようで、知らない人からネチネチ言われたりしてうんざりしているのだ。




「あー、知ってる知ってる。その噂、しばらく泳がせていたけど、もう出所つかんで潰したからもう気にしなくていい」




「え? そうなんですか?」




 潰した、と言われたことにも驚いたが、『体を使って』というくだらない噂も把握していたことに驚いた。




「噂の広がり方が不自然だったし、他部署にも女性はいるのに、色仕掛けとか一番縁遠いお前がなんで噂の標的になるのか分からなくてな。気になって出所を調べたんだ」




「出所……? どこだったんですか?」




「士官学校だったよ。そこの学生たちが研修に来た際に、その噂を魔法師団とはかかわりの薄い部署で積極的にしゃべっていたらしい」




 ガン、と頭を殴られたような感覚がした。







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